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僕の命をきみに捧げるまでの一週間  作者: 葉方萌生
第十話 惜しくはない
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母の想い

「えっと……中身、見たの」


「ええ、いらないノートだったら捨てようと思って確認しちゃったわ。そしたら小説らしい文章がずらっと並んでたから、びっくりしちゃって」


 いつの間にか秋真は私と母親の視界の隅の方に移動していた。父親は、新聞を読んでいる。二人とも、こちらの話を聞いているのかどうか分からない。ただ居心地の悪い空間が広がっていた。


「……勝手に見るなんてちょっとひどいよ」


 桜晴の気持ちが自然と口から溢れてきた。きっと彼は家族に小説を見られたくないはずだ。知らない間に小説を書いていることがばれてしまって、桜晴を気の毒に思った。


「そうよね、本当にごめんなさい。でも気になってしまって。桜晴は小説家になりたいの?」


 分厚い本で頭を殴られたような衝撃が走る。

 桜晴は小説家になりたいという夢を私にだけ教えてくれた。きっとまだご両親には伝えていないはずだ。隠したいと思っているかどうかは分からないけれど、よりにもよって入れ替わりの最中に聞かれたことはあまりに間が悪かった。


 しばらくの間、どう返事をすれば良いか分からなくて迷っていた。視線を彷徨わせて父親と秋真の方を見つめる。二人とも、やっぱり私たちの会話が聞こえていないふりをしているのか、私の方を見向きもしなかった。

 ごくりと生唾を飲み込む。静かに息を吸って母親に向き直った。


「うん、小説家になりたい……って言ったらどうする?」


 母親と目を合わせるのが怖くて、手元の方に視線を下げた。

 桜晴が小説家という夢を追うことを、母親は反対するだろうか。

 秋真をプロ野球選手にしたいと考える親だけど、桜晴に対しては将来について、あまり期待していないように感じられた。桜晴自身、親から期待されていないと感じていて、それを悩んでいて——。

 彼の気持ちと完全にリンクしながら母親の返事を待っている間、本当に息が詰まりそうだった。やがて目の前の母親はゆっくりと口を開いた。


「応援するに、決まってるじゃないの」


「……え?」


 予想もしなかった言葉が飛び出してきて、私は二度母親の方を見た。秋真と父親が一斉に顔を上げてこちらを見たのが分かる。二人とも驚いているのだろう。父親なんか、口をあんぐり開けて母親を凝視していた。


「小説家なんか、なれるか分からないし、きっと大変だぞ」


 飛んできた父親の言葉に、みんなが一斉に肩を振るわせる。


「どうしてそう思うの?」


 母親が父親の方を見ずに聞き返した。


「そりゃ、サラリーマンと違って毎月決まった給料が入るわけじゃないだろ。デビューするのだって狭き門だと聞いてる。俺は桜晴に苦労をかけたくないだけだ」


「父さん……」


 父親の言うことは一理ある。私だって、小説家がどんな生活を送っているのか知らないけれど、並大抵の努力では簡単になれない職業だということは分かる。桜晴本人だってそんなことぐらい重々承知しているはずだ。

 それでも彼は、小説を書いている。 

 だったら私は、彼の夢を応援しなくちゃいけない。


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