表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の命をきみに捧げるまでの一週間  作者: 葉方萌生
第八話 生きたいと願うことは
49/79

どうして伝えられる?

 その事実を、どうして彼に伝えられるだろうか——。

 茫然自失状態でいつものノートを開く。

 ペンを握って、「十一月二十日」と日付を書き入れた。


「今日は……今日は、教室で来年の修学旅行の話になって……」


 一文字一文字、今日の出来事を書こうとする。でも、震える手で書いた文字はところどころ歪んでいて、汗で滲んで黒く汚れてしまう。


「違う、こんなの書けないっ」 


 薄汚れた「修学旅行」の文字をゴシゴシと消しゴムで擦って消した。でも、黒ずんだ汚れは取れなくて、何かを書いた跡だけが残ってしまった。

 結局私はこの日、一文字もノートに日記を綴ることができなかった。毎日絶対ノートで報告を書かなければならないという約束をしたわけではない。それぞれの入れ替わり生活を有意義に送るために、お互いの世界で起こった出来事は共有しておこう、とやんわり取り決めただけだ。だから、たとえ一文字も書かなくったって、彼は怒ったりしないだろう。

 ノートの新しいページは白紙のまま、パタンと表紙を閉じた。

 何も考えないようにしてお風呂に入り、部屋の中を暗くする。空っぽの胃袋がぐうと鳴ったけれど、何も食べる気になれなかった。

 布団に潜り込み、外の世界から意識を遮断するように耳を塞ぐ。でも、それが逆に色々と考えてしまうきっかけになって、何度も嗚咽を漏らして泣いた。


 このままじゃ、桜晴が死んでしまう……。

 修学旅行なんて来なければいいのに。

 桜晴が修学旅行に行かなければいいのに。

 でも……そうなったら私は、どうなるのだろうか。

 私の命は桜晴の死の上に成り立っている。彼が修学旅行に行かず、交通事故にも遭わなかったら。

 その時は私が、消えてしまうんだろうか——……。

 桜晴に死んでほしくないと思うのに、今度は自分の命が惜しいと感じてしまう。


「最低だ、私……」


 何が正解で、何が不正解なのか分からない。生きたいと願うことが、同時に誰かの死を願うことになるなんて。

 こんなに苦しい思いをするなら、桜晴のことを知らない方が良かったのかな……。

 心に思ってもいなかったことがふと頭に浮かんで、思い切り振り払う。

 私は、どうすればいいのだろう。

 このまま、桜晴との別れを知りながら、素知らぬふりをして入れ替わりを続ける?

 彼にすべてを打ち明けてしまう?

 打ち明けてどうするの? 自分が死ぬことを知って、いい気分になる人間なんていない。

 だったらやっぱり何も言わないまま、知らないふりをするべきなんだろうか……。


「分からないよ……」


 誰にも正解を求めることはできない。入れ替わりのことは桜晴と共有しているが、今回の件は桜晴にすら相談できない。

 リモコンで部屋の電気を消して、両目をぎゅっと閉じる。眠れる気はしないけれど、これ以上考えるのも無理だった。

 どれくらい覚醒していたのか分からない。

 気がつけば私の意識は溢れ出た涙と共に、枕に沈んで消えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ