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僕の命をきみに捧げるまでの一週間  作者: 葉方萌生
第二話 初めての経験
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家族

「あら、桜晴。びっくりした。今からどこか行くの?」


「え、お、おかえり」


 現れたのは、少年の母親と思われる女性だ。手には買い物袋を二つぶら下げている。スーパーに買い物に行っていたのだろう。ラフな服装をしているから、仕事帰りではなさそうだ。


「いや、ちょっと散歩に行こうかと……」


「そう。七時には夕飯できるから、それまでに帰ってきてね」


「う、うん」


 気もそぞろな状態で返事をした私は、さっと玄関から出て、ふううううっと大きく息を吐いた。


「あー心臓止まるかと思った!」


 突然母親が現れたのもそうだが、息子として上手く取り繕うのに必死で、挙動不審な態度をとってしまった。母親が怪しんでいる様子がなかったのが、不幸中の幸いだ。


「名前、おうせいって言うんだ」


 母親が彼の名前を、心の中で何度か呟いてみる。

 おうせい。

 一体どんな漢字を書くのだろうか。

 気になったけれど、今はそれどころではない。

 私は美瑛神社に向かおうと、家を出たんだった。さあ、神社へと進もう——と周りを見渡したところで、さああっと背筋が凍りつく。


「ここ……どこ?」


 どうして今の今まで気づかなかったんだろう。

 見知らぬ少年の身体に入り込んで、自宅の位置まで自分の家と同じなはずがないじゃないか。

 見たところ田舎によくあるような住宅地で、車の音はあまり聞こえない。閑静な住宅街、といった印象だった。周囲は山に囲まれているから、少し歩けば自然豊かな景色が見えそうだ。私の住んでいる北海道美瑛町も自然に囲まれた地域なので、親近感が湧いた。

 でも、ここに美瑛神社がないことはすぐに分かった。

 第一、気温が全然違う。

 五月だというのに、夏みたいに暑い。北海道では五月はまだまだ肌寒い日が続く。ここが本州であることは肌で感じることができた。


「私……一体どうしたらいいの」


 美瑛神社がないとなれば、最後の頼みの綱も切られてしまったわけで。

 私はどうすることもできず、住宅地の中をとぼとぼ歩いた。母親に散歩に出かけると言った以上、あまり早く帰るのも気が引ける。そこまで考える必要はないのかもしれないけれど、細心の注意は払いたかった。

 三十分ほど周囲を歩き回って、私は再び自宅へと舞い戻る。

 玄関扉を開けると、先ほどまでなかったコンバースが玄関のところに脱ぎ散らかされていた。

 私は自分の靴を丁寧に脱ぐと、そっとリビングの扉を開けた。


「兄ちゃんどこ行ってたの」


 ソファで寝転んでいた少年が、私の方を一瞥する。

 おうせいとは違って、黒髪の短髪で、色黒なのが特徴的だ。何か、屋外スポーツをやっているんだろう。こんがり焼けた肌が、健康的で感じが良かった。顔は、おうせいと同じく整っているけれど、彼の方がずっとおしゃれで格好良く見えるのは気のせいだろうか。

 突然現れた二人目の家族に、私は動揺を隠せない。

「兄ちゃん」と私のことを呼んだからには弟なんだろう。見知らぬ兄弟から呼びかけられるのはなんとも言えない気持ちだった。


「秋真、ちょっと配膳手伝ってちょうだい」


「はいはい」


 しゅうま、と呼ばれた弟が母親の元に手伝いに台所へ向かう。私は呆然として立ちすくんだままその場から動けなかった。


「どうしたの桜晴。突っ立ってないで、座ったら?」


 様子のおかしい自分に、母親が声をかけてくれた。


「う、ん」


 男の口調にまだ慣れない私は、ぎこちない返事をする。

 食卓に並べられたのは、カレーライスだ。父親はまだ帰ってきておらず、三人で食卓を囲む。きっと四人家族なんだろう。スパイシーなお馴染みの香りが鼻腔をくすぐった。


「いただきまーす」


 弟のしゅうまが早速スプーンでカレーをすくい、ガブガブとまるで飲み物を飲むかのように食べ始める。よっぽどお腹が空いていたんだろう。私はそんな彼に呆気にとられつつ、一口カレーを口に入れた。


「……美味しい」


 私の家のカレーとは違い、フルーティーな味がして、隠し味に何か果物が入っているのだと悟る。少し酸っぱいこの味が、私の好みにぴたりとはまった。


「あら、珍しく褒めてくれるのねえ」


 母親は嬉しそうに目を細める。普段私もお母さんが作ったごはんに、いちいち「美味しい」なんて感想を口にしない。おうせいも、同じなんだろう。私は彼の代わりに、何度も「美味しいよ」と伝えた。

 カレーの皿はみるみるうちに減っていき、お腹いっぱいになっていた。

 母親は少し遅れて食べ終わり、私たちはみんなで「ごちそうさま」と手を合わせた。


「宿題、やってくる」


 なんとなく、これ以上リビングにいるのが気まずくて、正当な理由を呟いてから二階の部屋へ上がろうとした。今は少し、心の整理をつける時間がほしい。一人になりたい一心で階段の一段目を踏み締めた時。


「あれ?」


 意識がフッと軽くなったかと思うと、私の視界はその場で真っ白になった。



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