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六日目

家族連れや学生グループなど大勢の人の話し声が聞こえる。ここは九十九里浜から程近い民宿旅館である。夏シーズンは海水浴を楽しみたい人達が訪れるので書き入れ時なのだろう。この民宿でも浮き輪やシュノーケルなどを借りる事が出来るようだ。そんな賑やかな旅館の玄関先にアウフ・ライズンのメンバー三名が集まっていた。


「おはよう」

そう言ってお互いに挨拶を済ませると、吉岡が続ける。

「天気も良いので海水浴を楽しみたい気分だけど、今日は福島県に向かいます」

「知ってるぜ、猪苗代湖(いなわしろこ)だろ?一度は行ってみたかった湖なんだよなぁ。ここからどれくらいの時間が掛かるんだろう?」

橋本がテンションの上がった声で問いかける。

「旅のしおりにはここから約四時間半って書いてあるわよ」

手に持ったしおりを見ながら瀬戸が応える。

橋本も自分のカバンからしおりを出しながら吉岡に話しかける。

「この“旅のしおり”はよく出来てるよなぁ。俺たちが辿るルートが一目瞭然(いちもくりょうぜん)だぜ。ヒロト、このしおりの写真を真鍋警部にも送っておいたらどうだ?」

「それは名案!早速、真鍋警部の携帯に送っとくぜ」

吉岡はお手製の旅のしおりを写真に撮って送信した。


「じゃあ、猪苗代湖に向けて出発しよう!」

そう言って三人は旅館近くのバス停へと向かったのである。


九十九里浜から猪苗代湖の最寄駅である猪苗代駅まではバスと電車を乗り継ぐ必要があり、一行はまず路線バスで千葉駅に向けて出発した。


「昨日と逆のルートで駅に向かうんだよな?という事は昨日と同じように一時時間くらいは掛かりそうだな」

そう話す橋本に吉岡も頷く。

「まぁ、今日の昼ご飯の事を考えていたら一時間なんてあっという間に過ぎるけどな」

「食べ物の事を考えてる橋本君は本当に幸せそうな顔をしてるね」

そんな笑い声の絶えない会話をしているうちに千葉駅に着いたのだった。


「早速JR線で東京駅に向かおう。東京で東北新幹線に乗り換えたら福島県の郡山(こおりやま)駅まで一気に行けるぞ」

吉岡の説明に瀬戸が反応した。

「私、東北新幹線に乗るのは初めて!楽しみだわ」


千葉駅から東京駅まで約四十分、東京駅で昼食の駅弁を買い込んだ後、更に東北新幹線で約一時間二十分掛けて一行は郡山駅に着いたのだった。


「やっと郡山駅まで来たな。ここからはまたJR線に乗って湖の近くにある猪苗代駅まで行こう」


しおりを見ながら吉岡がそう言った時、丁度猪苗代へ向かう電車がホームに滑り込んで来たのである。電車に乗ること約四十分。一行は最寄駅である猪苗代駅に到着した。


「猪苗代駅に着いたー。ヒロト、さっきこの駅は最寄駅って言ってたよな。湖まで歩いてすぐに着く感じか?」

橋本の疑問に吉岡が答える。

「タクヤ、残念だけど...ここからまたバスに乗るんだ...」

「マジか?!もう湖が見えるのかと思っていたぜ。でも、なかなか辿りつけない感じがまたいいんだよなぁ。バスの車窓(しゃそう)から湖が見えた時は感動しそう」

橋本の感想にみんな頷いて同意を示す。


バスで約十五分程走った時、あの有名な猪苗代湖が見え始めた。


「おー!見えてきたぞ!まだバスの中から見ただけなのになんか感動してきた」

橋本のテンションが最高潮に達していた。

「そんなに喜んでくれると、この場所を選んだ甲斐があったよ」

吉岡も嬉しそうである。


バスを降りた一行は湖畔へとやってきた。


「夏だというのに少し肌寒い感じもするわね」

「そうだよなぁ、オレもそう思ってたんだ」

橋本も瀬戸と同じ感想だったようだ。

「おっ、貸ボートもあるみたいだぜ。ボートを借りて湖の(おき)の方へ行ってみないか?」

吉岡の意見に賛成したメンバー達が貸ボート屋さんに近づく。


「いらっしゃい!貸ボート一艘(いっそう)だね。今日はちょっと変わった天気で少し寒いし、もしかしたら霧が出るかもしれないから気をつけてね」

そう言う店員さんに吉岡が尋ねる。

「霧が出るんですか?」

「猪苗代湖は気嵐(けあらし)って呼ばれる霧が出る事があるんだけど、普通は秋口の冷え込んだ朝に見られるんだけどねぇ。さっきニュースで珍しく夏の昼間に出るかもって言ってたんですよ。もしも見ることが出来たらお客さん達はラッキーだよ」

「それはタイミングがいいですね。では一時間のレンタルでお願いします」


一行はボートに乗り込んで沖へと進んでいった。五分程度漕いだあたりで霧が出始める。


「うひょー、本当に霧が出始めたぞ!三メートルくらい前までしか見えなくなってきた!」

橋本のテンションがMAXを超えている。


「ドサッ!」


その時、何かが倒れる音がした。しかし携帯で霧景色の写真を撮る事に夢中でその音に気がついた人はいない。


「少し霧が晴れてきたな」

そう吉岡が言った時、橋本の硬直した顔が見えた。

「どうしたんだ?そんな顔して」


「アカネちゃん!」

橋本が瀬戸を揺すりながら叫ぶ。二人の前にボートの中に倒れ込んだ瀬戸がハッキリと見え始めた。


「ちょっと待て!アカネちゃんの首元に何か刺さってるぞ?!これは...針だ!誰かが吹き矢でアカネちゃんを...」

吉岡の顔も硬直している。


それから一時間が過ぎようとしている頃、岸辺には救急隊員と警察官それに大勢の人集り。救急車とパトカーのパトライトが慌ただしく点滅している。これが湖畔を彩るイルミネーションだったらどれ程良かったか...


「君達が言った通りに京都府警にも連絡を入れておいたし、京都府警の担当刑事さんから吉岡さんの携帯に直接連絡すると言っていたよ」

福島県警の警察官に話しかけられた吉岡が力無く応える。

「分かりました...ありがとうございます」


その時、吉岡の携帯から着信音が鳴り響く。

「もしもし、吉岡です」

「吉岡君!福島県警から話は聞いたよ。橋本君も大丈夫かい?」

「僕達は怪我もなく大丈夫です...」

「それは良かった。我々は今九十九里浜に来ているんだが、どうやっているか分からないが犯人は君達を先回りしているみたいだ。それと、福島県警から聞いたんだが、瀬戸さん殺害に使われた吹き矢の針にも毒が付着していたそうだ。我々は君達と同じルートを辿りながら証拠を探るので、君達は明日以降も気をつけて行動するように」

「分かりました...僕達は郡山駅まで戻って今日はもうホテルで静かにしています」

そう言って電話を切った吉岡だが、何やら考え込んでいるようだ。


それを察した橋本が問いかける。

「どうしたんだヒロト。何か気になる事でもあるのか?」

「いや... 犯人はどうやって俺達を先回り出来るんだろうと思って... だっておかしいだろ?旅の旅程は俺達しか知らない訳だし...」


二人はこの疑問を考察しながらホテルへと向かったが、明確な答えに辿り着く事なく六日目が終わりを告げた...

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