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五日目

今は八月。日本の夏といえば蒸し暑いのが一般的であるが、盆地の京都と比べてここ松本市は比較的に爽やかな気候である。夏の風物詩であるセミの鳴き声よりも小鳥のさえずりの方が雰囲気に合っているように感じられる。そんな清々(すがすが)しいホテルのロビーでアウフ・ライズンの四名が集合していた。


「おはよう、みんな」

お手製のしおりを片手に吉岡がそう呼びかけた。

「おはよう!」

橋本、瀬戸、志村の声が重なって響く。

「今日は昨日までとちょっと違って、バス移動がメインになるんだ」

そう言ってしおりに目を落としながら吉岡が今日の目的地までの旅程をメンバーに話し始めた。


松本駅前のバスターミナルからまずは長距離バスの“ギャラクシー号”に乗って東京・新宿駅前へ向かう。そこまでは約三時間半のバスの旅である。新宿からは電車で約一時間の距離にある千葉駅まで向かう。千葉駅からは路線バスに乗り換えて千葉県・白子町まで約一時間。白子町のバス停から徒歩で約十五分歩いた先が今日の目的地である有名な海岸の九十九里浜である。九十九里浜は海水浴場も備えた砂浜であり、夏のシーズンは多くの海水浴客で(にぎ)わうスポットなのである。


吉岡が旅程をメンバーに説明したところで更に補足するように追加する。

「...と今説明したように移動や乗り継ぎ時間だけで約七時間掛かるし、ゆっくりと昼食を食べるのに一時間半をみておくと、ここから目的地までざっくり八時間半くらいは掛かるんだ。今は朝の八時過ぎだから九十九里浜に着くのは夕方の四時半ごろになるし、残念ながら海水浴はできないんだよ」

「えー、折角の海なのに海水浴なしかよー」

不満げな声を上げる橋本を吉岡が(なだ)める。

「そう来ると思ったぜ。海水浴は出来ないが、実はもっと楽しめる事があるんだ」

「えっ?!なになに?」

三人の表情が驚きながらも少し笑顔になる。

「九十九里浜で見る夕焼けは絶景らしいんだ!」

みんなの表情が完全に満面の笑みに変わる。


「調べたところによると、この時期の日没は夕方の六時半くらいで、夕焼けを楽しむにはその前後三十分がいいみたいだぜ」

「じゃあ、目的地に四時半ごろに着けるなら少し浜辺を散歩できるし丁度いいわね。さすが吉岡君!」

志村も大絶賛である。


「そうと決まれば早速出発!」

吉岡の先導で長距離バスのターミナルへ向かう一行であった。


ギャラクシー号に乗り込んだ一行。夏の避暑地である長野県を後にして長距離バスは東京都・新宿区に向かい順調に進む。車内には楽しげな会話で満ちており三時間半という時間があっという間に過ぎたのであった。


「新宿に到着!そろそろ昼だし、この辺りのカフェでランチを取らないかい?」

そう提案したのは自他共に認める食いしん坊の橋本。

「賛成!ちょっと携帯で周辺の店を探してみるわね。色々ありそうだけど、みんなはどんなものが食べたい?」

そう問いかける志村の目も輝いている。


一行は志村の探してくれたカフェへと向かい、昼食時だったので三十分ほど待ったが無事にランチにありつく事が出来た。


「さあ、お腹も満たされたし千葉県に向かおうか」


吉岡の呼びかけでカフェを後にした一行は九十九里浜へ向かうべく電車に乗り込んだのである。

千葉駅へと向かう車内は夏休みという事もあり家族連れで結構混雑していた。千葉駅に着いたのは午後三時過ぎでほぼ予定通りに目的地へと向かっていた。


「えーっと、千葉駅に着いたけど次は何に乗るんだっけ?」

辺りをキョロキョロしながら橋本が(つぶや)く。

「橋本君、そんな時は旅のしおりを見ればいいのよ」

瀬戸がそう言った後、笑顔で吉岡が続ける。

「アカネちゃん、旅のしおりを活用してくれてありがとう!頑張って作った甲斐があったよ。しおりの旅程にあるように次は路線バスで白子町へ向かうんだぜ、タクヤ!」

「オッケー。あっ、あそこにバス停があるぞ」

そう言って駆け出す橋本にみんなも続く。


周辺道路の混雑で路線バスは少し遅れていたが、それでもほぼ予定通りに九十九里浜の近くにあるバス停へと到着したのである。


「ふー、やっとここまで来たなぁ。あとは少し歩いて海岸まで行くだけだな」

腕時計に目をやりながら吉岡がそう話す。時計の針は四時半を指していた。一行は潮風を感じ始めた道を九十九里浜へ向けて歩き出した。


約十五分後、遂に海岸へと到着する。砂浜を見てテンションの上がったみんなは波打ち際へと駆け出していた。


「この潮風が最高に気持ちいいな」

波打ち際で橋本が言ったコメントにみんな頷く。

「よーし、しおりにも簡単な地図とバツ印を書いておいたんだけど、九十九里浜の端っこの方が夕焼けを見るには丁度良いらしいし、浜辺を散歩しながらそこに向かおう」

そう言って歩き始めた吉岡にみんなも続く。


貝殻を拾ったり、少し波打ち際に近づいたり、各々が自由に散歩しながら端の方へと進んでいた。先頭には志村。少し離れて橋本。更に少し離れて吉岡と瀬戸が歩いている。


とその時、不意に志村の姿が消えたようにいなくなる。


「きゃー!」


志村の声が響き渡るがなぜか姿が見えない。


「今チヒロちゃんの声が聞こえなかったか?」

そう言う橋本の所に吉岡と瀬戸も追いつく。

「確かに聞こえた。おーい、チヒロちゃーん!」

辺りを見渡しながら橋本が叫ぶが志村の姿は見えない。

「チヒロちゃんはオレの少し前を歩いていたと思うし、そっちに行ってみよう!」

そう言って橋本が歩き出す。


少し歩いたところで、三人の目に大きな穴が見え始めた。


「これは... 落とし穴だ...」

橋本が呟くように言った。

「チヒロちゃんが中に落ちているわ!」

瀬戸が叫ぶ。

「ちょっと待て。よく見ると中に大きな針が仕掛けられている... 」

吉岡も絶句している。


ここは海水浴場なので直ぐに数名のライフセーバーが駆け付けて手際よく救急車の手配を行った。


事件が起こってから約三十分後、現場の警察官と共に救急車を見送る吉岡が思い出したように呟いた。

「そうだ、真鍋警部にも連絡しないと...」


「はい、京都府警の真鍋です。あー、吉岡君。どうかしたのかい?何だって?!志村さんが落とし穴に落ちて亡くなっただと!今気になる事があって君達が立ち寄っていた姫路城に来ているからそっちに直ぐに向かえないが、立ち会った警察官は近くにいないかい?居たらちょっと代わって欲しいんだが」


吉岡が携帯を現場の警察官に渡す。何やらメモを見ながら状況を説明しているようだ。


「...なるほど。では落とし穴の中には大きな剣山のような針が置かれており、ご丁寧にも毒が塗ってあったという事か。では指紋の有無が分かったら京都府警まで情報共有をお願いします。後はこちらから話をしておくので携帯の持ち主に代わって下さい」


携帯を受け取った吉岡が電話口に出る。

「もしもし真鍋警部、吉岡です」

「あー、吉岡君。これではっきりした。今までの事も全て単なる事故ではなかったんだ。山口県の錦帯橋については不審人物の足取りは掴めていないが、姫路城にある監視カメラには桜井さんとぶつかった後に天守閣から去る人影が映っていた。おそらくこの人物が松本城で桜井さんを... 今回の落とし穴を使った犯行も計画的なものだろう。君達の今後の旅程を教えておいてくれないか?」


吉岡は今後の旅程を真鍋警部に告げて電話を終えた。その後、三人は浜辺から徒歩五分ほどの距離にある今晩の宿へと向かい、激動の五日目を終えたのである。

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