三日目
旅館の玄関先に集合した五人の目に映ったのは、まるで昨夜の出来事を悲しんでいるかのような冷たい雨だった。早朝からシトシトと降り始めた雨は緑の葉を沢山つけた街路樹を濡らしていた。アウフ・ライズンの一行は小雨の降る中、新岩国駅へと向かう。
「今日の目的地は兵庫県の姫路。ご存知の通り、姫路城は世界遺産に指定されたお城で、別名で白鷺城って呼ばれてるらしいぜ!」
吉岡の解説に桜井も応える。
「外観が白くて、青空に映えるその姿が水辺から飛び立つシラサギに例えられているそうよ」
「青空に映える白い城かぁ...ここは雨が降っているけど姫路は晴れてるといいなぁ…」
みんなの意見を代弁したように橋本がつぶやいた。
新岩国駅から姫路駅まで新幹線で約一時間半、姫路駅からバスで十分ほど走った頃、メンバーの目の前に大きなシラサギが見えて来た。彼らの期待通りにその日の姫路は晴天で、青空をバックに壮大な姫路城が聳え立っている。
「噂通りの真っ白なお城でキレイ!」
志村が声を弾ませてそう言うと、すかさず吉岡が解説を入れる。
「白いのは壁だけじゃないらしいぜ。屋根瓦の継ぎ目にも白い建材が使われているから、他のお城よりも白さが際立っているらしい」
「なるほど、さすが世界遺産ね。もっと近くに行ってみましょうよ」
瀬戸が手招きしながらみんなを先導する。
城の中央に向かいながら、かつては八十を超える門が存在した事、今はその内の二十一だけが残っている事、敵の侵入を防ぐために城に向かうまでの道も曲がりくねっている所や狭くなっている所がある事など、色々と事前調査をしてきた吉岡の解説に耳を傾けながら一行は本丸へとたどり着いたのである。
「やっぱり近くで見上げると迫力があるなぁ」
そう感心している橋本の横で吉岡が続ける。
「じゃあ、今から天守閣にあがろうぜ。日本のお城の中でも指折りの高さを誇るらしいし、さぞかし良い眺めだろう」
そう言ってみんなを城の中に誘導した。
姫路城の天守閣から望む景色は絶景である。天守閣からは東西南北の全ての方向が眺められるようになっていて、瀬戸内海まで見渡せる見晴らしの良さ。メンバーも夢中で写真を撮っている。
今回のガイドである吉岡がここで一言。
「天守閣からの眺めも最高だけど、魅力はそれだけじゃないんだよなぁ」
「えっ?!この絶景だけじゃないの?」
興味津々で志村が食いつく。
「そうなんだよ。実は窓から見える手元も面白いんだぜ。屋根や瓦も間近に見えるだろ?シャチホコも見られるし、瓦には家紋もはっきりと見える」
「確かに!こんな近くでシャチホコや家紋が見られるのは凄いわね。近くと遠くの両方が楽しめるわ」
そう言って桜井も満足げな顔をして熱心に眺めていた。他のメンバーもそれぞれ近くの窓で景色を楽しんでいる。まさにその時、桜井の声が天守閣内に響いた。
「きゃっ!」
慌てて桜井の元に他のメンバーが駆け寄る。その時には桜井は床に座り込んでいた。
「カオリちゃん、大丈夫?どうしたの急に?」
心配そうに志村が問いかける。
「窓から少し身を乗り出して家紋を見てたんだけど、不意に誰かとぶつかっちゃって... 落ちるかと思って思わず叫んじゃった...」
まだ心臓がどきどきしている様子で座り込む桜井がそう説明した。
「ぶつかっておいて声もかけずに立ち去った奴は誰だよ!」
そう言って吉岡が辺りを見渡すが、周りには天守閣からの眺めに夢中になっている幾つかのグループがいるだけで、それらしい人は見当たらない。
「少し休憩したら下に降りましょう」
そう言って桜井のそばにしゃがんで瀬戸が声をかける。
「ありがとう。アカネちゃん。大分落ち着いて来たよ」
そう言って瀬戸の手を借りながら桜井が立ち上がる。
気を取り直した一行は元来た階段を降りて天守閣の下にまで戻って来た。
「下から眺める天守閣もいいけど、やっぱり上からの景色は最高だったよな」
そんな吉岡の感想に他の全員が一斉に頷く。まさにみんなの気持ちを代弁しているのだろう。
一行は姫路城を一望できる広い広場まで戻って来た。この広場は”三の丸広場”と呼ばれており周囲に桜の木が植えられた広大な広場で、今は夏なので桜は咲いていないが、季節ごとにさまざまなイベントが行われたりするとても賑わった場所である。メンバー一行も周りのお土産物屋さんを見物したりと姫路城周辺も含めて十分に堪能し、帰りは徒歩で姫路駅へと向かったのであった。
姫路駅まで戻って来たところで食いしん坊の橋本が提案する。
「いっぱい歩いたし、甘いものでも食べない?ここに有名な和菓子を売ってる店があるんだ。御座候って聞いたことあるかい?中にあんこが詰まったいわゆる回転焼きなんだけど、”私が焼いた回転焼きで御座います”という気構えと”お買い上げ賜り、ありがたく御座候”という感謝の気持ちから、店も商品も御座候っていう名前になったらしいぜ」
そう言って橋本が真っ直ぐ店に走って行ったかと思えば、人数分の御座候を買って戻って来た。
「タクヤ、有り難いんだけど、俺、あんこが苦手なんだよなぁ」
そう言う吉岡に笑みを返しながら橋本が答える。
「ああ、ちゃんと知ってるぜ。何年一緒にいると思ってるんだよ。白あんなら大丈夫なこともお見通しだぜ。ほら、ヒロトには白あんの御座候!」
「さすがタクヤ!」
些細もない会話からも仲の良さが伺える。御座候を頬張りながら、一行は今晩の宿に向かったのであった。こうして何事もなく、姫路での一日が終わりを告げた。