そして...
ここは函館の五稜郭公園。T大学の旅行サークルであるアウフ・ライズンが企画した日本縦断の旅の最終目的地である函館五稜郭まであと少し。メンバー六人で始めた旅行だったがこの地に辿り着いたのは吉岡と橋本の二人だけとなってしまった。公園の正面口から五稜郭へ行くには二つの橋を渡る。まずは一の橋を通って半月堡塁と呼ばれる三角形の中洲に渡り、そこから二の橋を渡れば星型の五稜郭に到着となる。
「いよいよ五稜郭まで来たな」
感慨深く橋本が呟く。
「そうだな。オレたち二人になってしまったけど、後は二つの橋を渡れば遂に五稜郭だ!」
吉岡はそう言って一の橋へ向けて歩き出した。少し後ろを橋本が続く。
夏の北海道。特に京都の夏とは少し違って蒸し暑さはあまり無くカラッとした暑さがある。天気も良いために青空も清々しくてどこか爽やかな雰囲気がある。
吉岡が一の橋を渡り終えようとした頃、ふと後ろを歩く橋本を振り返った。十五メートル程後ろの方で欄干から下の堀を眺めている橋本が見える。不意に一人の男性が橋本に近づき背中に手を伸ばした様に見えたその時、橋本の体が欄干を超え頭を下にして視界から消えた。余りにも予想外かつ突然の出来事に吉岡の表情が凍りついて身動きも取れない。謎の男性は落下する橋本には目もくれずに吉岡の方に顔を向ける。謎の男性の体は完全に吉岡の方を向いているが、黒いパーカーを目深に被り目線を隠しているので顔がよく見えない。
“タクヤがやられた!あいつはオレたちを狙っていた犯人に間違いない!“
吉岡はそう心の中で叫んだと同時に一の橋を渡り切るために謎の男に背を向けて走り出していた。一の橋を渡り終えて中洲の中程まで一気に走り抜けた。このまま二の橋に向かおうと走りながら気になる後ろを少し振り返った。しかし、先ほどの黒パーカーの男は辺りに見えない。
”ある程度は距離を離したとは思うが、あいつを見失ってしまった...“
心の中でそう呟きながら辺りをキョロキョロと見渡すが近くに黒パーカーの姿は見えない。自分を狙っているであろう犯人が見えなくなった事により逆に不安が一気に押し寄せる。救急車と真鍋警部に連絡をしなければと思い立ち携帯を探るが極度の緊張と焦りから中々ポケットから取り出せない。やっとの思いで携帯を取り出したその時、僅か数メートル先に黒パーカーの男が視界に入る。
「わぁぁ!」
思わず叫んで少し後退りする吉岡。
この距離だと相手の顔が見える。自分達を執拗に狙い殺害を繰り返してきた犯人。なんと吉岡はその犯人の顔に見覚えがある...
「お、お前は...木下...木下ショウゴなのか?!」
自分を狙っていた犯人と対峙した緊張とその犯人が顔見知りであった衝撃、二つの感情が交わり中々気持ちの整理がつかない。
「よう、久しぶりだなヒロト」
その声は紛れもなく吉岡を含めアウフ・ライズンのメンバー全員が知っている木下のものである。
「お前がなぜここに?お前は二年前にアメリカに留学して向こうのB大学で薬学を学んでいたはずだろ?」
「ああ、薬学を学ぶためにアメリカに留学して二年経つが今でもアメリカに住んでるぜ。留学する前までの一年間は一緒にアウフ・ライズンのメンバーとして色々な所に旅に行ったよなぁ」
「そんなお前がなぜここに?」
「向こうの夏休みは長くて六月から八月末まで約三ヶ月はあるんだ。今年までの二年間は忙しくて帰国出来なかったが、今年の六月に一時帰国してT大学に行った時、カフェテリアでお前とタクヤを見かけてな。凄く嬉しくて声を掛けようとしたんだが、お前たちは何か楽しそうに話をしながら席を立ってしまった。カフェテリアも混雑してたし、その後、お前たちを見失ったんだ」
淡々と話をする木下。吉岡もじっと聞いている。
「それからしばらく経ったある日、京都駅でたまたまお前たちアウフ・ライズンの四年生メンバー全員を見かけたんだよ。嬉しくて駆け寄ったんだが、タッチの差でお前たちは新幹線改札を通って行ってしまった。その時、床に落ちている旅のしおりに気が付いたんだ。お前たちの楽しそうな笑顔と旅のしおり。なんだかオレだけ仲間外れにされている気がして...お前たちを殺害しようと決めたんだ!」
そう声を荒げた木下の手には旅のしおりが握られていた。もう片方の手には瀬戸を殺害した際に使用していたであろう吹き矢が見える。
“まだ真鍋警部に連絡も出来ていないし、ショウゴは吹き矢という飛び道具を持っている...これはマズい...”
吉岡はそう思いながらジリジリと後退りする。
木下はこれ以上話をする必要はないとでも言いたげに吹き矢を口元へと運ぶ。
“もうダメだ...”
吉岡が諦めかけたその時、横から誰かが木下にタックルする様に飛び込んできたのだった。なんとそれは、全身ずぶ濡れになっている橋本だった。橋本が覆い被さるように木下と共に地面に転がり、木下の手から吹き矢が飛ばされて遠くの方へ転がっていくのが見える。
「何とか間に合ったぜ!」
吉岡の方を見ながら橋本がそう言って立ち上がり始めていた。
その直後、更に別の二人が木下に駆け寄り取り押さえていた。その二人とは京都府警の真鍋警部と立花刑事だった。
「ギリギリのところで間に合った!吉岡君に橋本君、怪我はないかい?君達が無事で本当によかった!」
ここまで全力で走ってきたのだろう、息を切らして真鍋警部が二人に問いかける。
「橋本が来てくれなかったらと思うとゾッとしますが、二人とも大丈夫です。ありがとうタクヤ!」
そう言って吉岡と橋本が握手を交わす。
連行される木下を見送る吉岡と橋本。長く奇妙なアウフ・ライズンの日本縦断の旅がこうして幕を閉じたのであった。
後日、真鍋警部から聞いた話では、アメリカの学会で新種の毒物に関する発表を行った人物を確認したところ、発表者は被害者達と同じT大学から数年前にアメリカのB大学に留学している学生である事。その学生は被害者達と同じ学年である事。また現在は日本に一時帰国している事。更に姫路城と猪苗代湖でその人物の目撃情報がある事が判明したようで、ほぼ犯人に間違いないと確信していたらしい。それを踏まえて、以前に送ってもらっていた旅のしおりを頼りに二人を保護するため、そして犯人の木下を逮捕するために函館五稜郭に急行してくれたようだった。
「...という事だと真鍋警部が教えてくれたよ」
吉岡がT大学のカフェテリアでコーヒーを飲みながら橋本に話しかける。橋本はT大学名物の“食べ過ぎハンバーグ定食”を食べながら静かに頷いている。
学生で賑わうT大学のカフェテリア。見慣れた風景に溶け込むようにテーブルに座り会話を交わす二人。こうして彼らの日常が戻ってきたのであった。
最後まで読んでくれた読者の皆様、本当に有難うございます。今は無事にこの物語を書き終えることが出来てホッとしています。
これは筆者がまだ小学生だった頃にノートに書いていた物語の復刻版ですが、オリジナルのノートは既に無くなっているために当時の記憶を辿りながら改めて書き記したものです。もちろん大人になった筆者が新たに盛り込んだ部分も多々ありますが、物語の題名、登場人物設定や訪れる場所、殺害方法などは基本的にオリジナルのままです。
当時に社会科の授業で使用していた地図帳を見ながら日本の有名な場所を選んでいたのを昨日の事のように思い出しますし、直球勝負の題名や落とし穴や吹き矢が登場するところなどは、いかにも小学生が考えそうな発想だと改めて感じます。
小学生が殺人サスペンス物語?と思う方もいるかも知れませんが、筆者は別にサイコパスでも何でもないです。当時の母親はサスペンス系のドラマを見るのが好きだったため、そんな母親を喜ばせるために書いていたのをハッキリと覚えています。当時の感想がどうだったかは覚えていませんが。
筆者にとって初めて書いた物語をここに復刻できた事を嬉しく思うと同時に、この物語を楽しんでくれた読者の方が少しでもいてくれる事を切に願っています。




