幕開け
ここは京都にあるT大学。数ある総合大学のうちの一つで京都市の北西に位置している。京都市の北西部といえば金閣寺や仁和寺、嵐山といった観光地も多く、春は桜並木、夏は深緑、秋は紅葉そして冬は雪化粧と一年を通して色彩豊かな地域である。その分、国内外からの観光客も多く年中と言っても大袈裟では無いほど人気があり活気に満ちている。
梅雨入りを間近に控えた六月のある晴れた月曜日、そんなT大学の校内にある一番大きなカフェテリアから学生達の楽しげな会話が聞こえてくる。
「もうすぐ夏休みだなぁ、オレたちももう四年生だしみんなで過ごす最後の夏って事か…」
彼はT大学工学部の四年生で旅行サークル“アウフ・ライズン”のメンバー、吉岡ヒロト。
「そうだなぁ。大学院に進学するメンバーもいるけど、就職組もいるし、あと数ヶ月もするとみんなそれぞれ忙しくなるだろうしなぁ」
T大学カフェテリアの名物であり、彼の一番のお気に入りである“食べ過ぎハンバーグ定食”を食べながらそう答える彼は経済学部四年の橋本タクヤ。
「今では一年生からオレたち四年生まで総勢十五名のサークルにまで大きくなったけど、オレたちが最初に立ち上げた頃の夏を昨日の事のように思い出すよなぁ...」
しみじみ語る吉岡に橋本も答える。
「そうだよなぁ、今では人数も増えて移動手段や宿の手配も大変になったから年に二・三回くらいしかサークル旅行を計画してないけど、立ち上げた当初はプチ旅行も入れたら結構な頻度で出かけてたよなぁ」
「初めの頃なんか、毎週のように週末はプチ旅行してたなぁ」
笑顔の吉岡が昔を懐かしみながらブラックコーヒーを一口啜る。
「本当にあの頃が懐かしいな」
感情のこもった二人の声が重なる。
アウフ・ライズンとは、T大学の入学式でたまたま隣に座ったことが切っ掛けで知り合い、すぐに意気投合して仲良くなった吉岡と橋本の二人が発起人となって立ち上げた旅行サークルである。ドイツ語で“旅行する”という意味のAuf Reisenをそのままサークル名に使用している。
「そうだタクヤ!オレたち四年生以外のメンバーには少し申し訳ないけど、仲のいい四年生だけで最後の夏に大きな旅行を計画するってのはどうだ?昔のようにオレたち初期メンバーだけで各地を巡る感じで」
「それは名案!そうと決まれば、早速LINEで集合かけようぜー!」
食べ過ぎハンバーグ定食をペロリと平らげた橋本が携帯を素早く取り出してメッセージを送信する。
それから二ヶ月後、セミの鳴き声が激しさを増し、蒸し暑さはあるものの、はつらつとした夏の太陽が照りつける夏真っ盛りの八月上旬。京都駅の新幹線改札前にアウフ・ライズンのメンバー六人が次々と集まり始める。
こうしてアウフ・ライズンが今まで経験した事のない奇妙な旅行記の幕が開けたのである。