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74話

「魔石が壊されていませんから、死ぬことは無いと思いますが——」


 ツキは落ち着いた声音でそう言った。魔族は魔石が全てだ。魔石を壊されなければ簡単に死ぬことはない。それを物語るように、魔王はツキに声を掛けた。


 それに応じるように、魔王はツキに問いかけた。


「敵の姿は——?」


 ツキは小さく首を振った。


「今の出来事があまりにも早く、敵の正体を掴むことは出来ませんでした。ただ——おそらく、あの光の矢を撃った者と同一人物でしょう。姿を見せずに攻撃している点が同じですから」

「……心眼魔法で見ても、特に誰かが隠れている様子はない」


 魔王は胴体が上下二つに分かれているというのに、冷静沈着に辺りを見渡した。


「仕方がない」


 魔王はぽつりとそう呟き、転移魔法を発動した。眩い光と共に、私たちはどこかへと再び転移したのだった。


「ここは、どこじゃ……」


 先ほどまでぐったりとしていたアメリアがゆっくりと身を起こした。ポーションが効いたのだろう。顔色はまだ悪いが、意識ははっきりしていた。そして龍の姿ではなく、人間の姿になっている。


 私は薄暗い部屋を見渡す。魔王城程、天井が高いわけでも、部屋が広いわけでもない。この部屋に収めるためには、擬態させないといけないといったところだ。


「私が擬態魔法を掛けました。少し間違っているかもしれませんが、そこは勘弁してほしい。それと——ここは、ダイヤモンド帝国の城です」


 私の予想通り、魔王の魔法による物だった。魔王は立ち上がると、慣れた手つきで、部屋全体を明るく照らす。


「……上下二つに分かれていたと思うんだけど?」


 私は皮肉めいた口調で呟いた。すると魔王は一瞬だけ視線を落とし、ゆっくりと答えた。


「回復魔法で、何とか元に戻すことが出来ました。ただし、私が使えるのは、自分に対してのものだけ。残念ながら——他人を治すことは不可能です」


 魔王は私の腕の中で依然力尽きているフウを見て言った。矢が胸に突き刺さったまま、びくともしない。


 私は、部屋の全体がどうなっているか知るために、辺りを見渡していると、ベッドが置かれていることに気付いた。そのベッドには女の子が横たわり、黒い靄が全体に掛かっていることに気付いた。カホの症状と全く同じである。


「彼女が——ソルフィです。十七年間、ずっと眠り続けているのです」

「ご飯とかは、どうしているわけ?」


 私の問いに、魔王は少しだけ目を伏せた。誰もが沈黙し、この部屋全体にソルフィの寝息だけが、かすかに聞こえた。


「それが、不思議なんです。ソルフィは水も食も口にしていません。それでも死ぬことなく、時折、声を上げたり、手を動かすのです」


 魔王の声は淡々としていた。しかし、その奥には長い年月に磨耗した諦念の気配があった。


「古代魔法は、術者を殺すか、術を壊すかで解除できるはずだろ?」


 ハルトの声は乾いていた。その視線は眠る少女ではなく、どこか遠くにあるように思えた。ハルトだって前世のパーティーメンバーがこんな姿になっているとは思わなかったのだろう。


「——それが、何度やっても、あの魔法を解除することは出来ませんでした」


 魔王はベッドで眠るソルフィの頭を撫でた。


「図書館の別室で、初めてソルフィに掛けられた魔法と酷似したものを見つけたとき、他の人間に同じ魔法を施し、どうすれば解除できるか試しました。しかし、魔法を書いた場所を切っても、壊しても、術者が死んでも……この魔法を解くことは出来なかった」


 その説明は淡々としているのに、内容だけが酷く冷たく、残酷だった。他の人間に同じ魔法を施したのが勇者だとして、術者が死んでも魔法が解かれなかったということは、勇者の死因は——魔法を解除するために自死を選んだと。


 奇しくも、最後は私と同じように他人のために自分を犠牲にするタイプだったとは、皮肉みたいなものだ。


「ユーカ、今の魔王……なんて言ってたか分かるか?」


 ショウゴがこちらへ歩み寄ってきた。肩がわずかに震えていて、彼の心がまだ現実を拒んでいることが痛いほど伝わってくる。目の前にカホと同じような症状の女が居れば、不安にもなるだろう。


 ショウゴはこの世界の言葉が分からない。それでも、雰囲気で察していたのだろう。ショウゴが魔王に会った時は、ハルトを渡せばカホが助かると言われた。


 それを完全には信じていなかったが、わずかな希望として心のどこかに置いていたのだと思う。ただ、今の魔王の発言で、それは嘘だったと分かる。


 私は、魔王の言葉をそのまま告げるしかなかった。


「カホに掛けられてる魔法は、術者が死んでも、術を壊しても、解けないって」


 ほんの一瞬、ショウゴの動きが止まった。


「——俺が会ったときは、解くことが出来るって言ってたけどな」

「嘘だろうね」

「そうだよな……、そんなうまい話、あると思っていなかったよ。でも、ハルトと魔王?の因縁が解決したみたいでよかったよ。——失ったものは、多いけど」


 その言葉に、笑みはなかった。ただ、ショウゴの胸の奥で何かが静かに、確実に崩れていくことだけは感じ取れた。ショウゴは、誰にでも優しくて、こんな私にも、毎朝挨拶してくれた。だれがこんな顔を見ることになると想像していただろうか?


 ここへ来るまでの道中、私たちはあまりにも多くのことを一度に経験しすぎた。ガーネット王国の病院襲撃、直接見てはいないとはいえ、ガーネット王国の崩壊。結局、王女たちを除いて、ガーネットの民は全員死亡したとも聞く。


 沈黙の中、ショウゴはゆっくりと口を開いた。


「俺、魔王に会ったって言っただろ。その時——ガーネット王国の王女らしき人も殺したって言ってて……。俺らをダイヤモンド帝国に引き入れるために、生かしていたんじゃないかって思ったんだ。だって、応援要請する暇もなく、ガーネット王国は魔族に襲撃されたんだろ? それなら、王女が生きてるのはおかしい」

「それは——私も思っていた。あの王女が何故生き延びれたのか。側近に転移魔法が使える奴がいるとも考えたけど……もしそうなら、歩いてアメシスト王国にわざわざ向かう必要なんて無いから」


 自分で言っていても、何か違和感が残る。ただ、アメシストの王女の反応からも、ガーネットの王女は本物だろうし、私たちをこの世界に呼び出した理由も語っていた。


 平和を司る者、そんな資格、今の私には向いていない。魔王の時は、私が力を持っていたから出来たことで、今となっては、かつての配下の後ろでうずくまっていることしか出来ないのだから。


「二人とも、何を話しているんですか?」


 魔王がこちらへ歩み寄ってきた。日本語で話していたため、魔王にはこの話は通じていなかった。それは良い事なのか、悪い事なのかは分からない。


 魔王の足取りはゆっくりだった。しかし、その姿が影のように迫ってくる気配に、ショウゴは反射的に身構えた。無理もない。病院襲撃さえなければ、カホは今頃笑っていたかもしれないのだから。


 私は、逃げても仕方ないと判断し、直接問いかけることにした。


「聞いてもいいか? ガーネット王国を赤龍で襲撃した意図を知りたい」


 問いを投げた瞬間、魔王がわずかに目を見開いた。その反応は意外なほど素直で、作り物めいた気配もなかった。


「赤龍で襲撃?……何の話ですか?私は確かに病院で女の子に魔法を掛けました。それは、赤魔導士がガーネットにいると聞いてのことです。もし、赤魔導士がソルフィに魔法を掛けたのなら、その仲間を襲撃して、解除できるのか試したかったからです」

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