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73話

 アメリアは瀕死の体で、なお私たちの盾となっていた。傷を見なくてもわかる。もうアメリアに残された時間はわずかであるということを。このまま、ここでうずくまっているだけでは、アメリアが折角身を挺して守ってくれた意味が無い。


 ただ、今の私には奴を倒す方法がない。


 魔王が私たちを一気にこの場所へ転移させた時点で、すでに勝負はついていたのだ。魔王を倒す術など無いと、これまで幾度とも仕掛けてきた罠で露呈している。ガーネット王国での病院襲撃、ガーネット王国の崩壊……それらが起きても私は何もしていないのだから。


 だが、魔法で一気に私たちを狙うとは、赤魔導士だけが狙いではなく、最初から私たち全員を、ここで葬るつもりだったのだろう。


 ショウゴへのあの提案も、最初から罠だったのか?それとも、赤魔導士を素直に渡していれば、この惨状は避けられたのだろうか。どちらにせよ、答えを確かめる時間はもうなかった。


「紫龍って結構しぶといですね。流石は龍属最強といったところでしょうか」

「……はぁ、はぁ……」


 血の匂いが一層濃くなり、滴る血は水たまりのように広がり続けていた。私は何もできないまま、アメリアを失ってしまうのだろうか……。


 その時だった。扉が軋む音と共に、風が駆け巡った。私は思わず、アメリアの身体をよじ登り、魔王の方を向いた。


 そこにはツキとフウが立っていた。


 何故二人が一緒なのか分からない。ツキは剣を構え、真っすぐ魔王へ刃を向けている。ツキが魔王に剣を向けるということは、魔王の正体が勇者であると知っているからだろうか。だが、ツキはそんなことで魔王に逆らうような奴ではなかったはずだ。


 その隙にフウがこちらへ駆け寄り、手を伸ばした。


「転移させます!話はあとで!」


 そしてフウの手が触れた時だった。フウの背後で閃光が弾けた。私はあまりの眩しさに一瞬目を瞑ってしまったが、目を開けた途端、目の前に移ったのは、あまりに現実離れした光景だった。


 光を纏った矢がフウの胸を貫いていたのだ。魔王はツキの方を見ていて、フウなど眼中にも無かった。それに、この矢は空気を裂く音すら置き去りにするほど速かったのだ。ほんの一瞬、一秒にも満たない時間だった。


 そして矢に射抜かれた体からは血が溢れ出た。その血は当然、私に飛び散った。


「きゃっ!!やめて、もうやめて!」


 声が震えていた。胸が張り裂けそうなほどに、私は目の前の光景に唖然としていた。勿論、アメリアが傷ついているのも見ていてとても苦しかった。だが、この感情は何なんだろう。


 ただの冒険者で、一緒に過ごした時間は短い。それでも私は、気付いたらフウの身体を抱き寄せていた。


 私は、過去に失った誰かの温もりに重なって、息が詰まった。私の目の前で殺されたのは、あの時、勇者が見せしめに殺したブラッドウルフの赤ん坊だけなのに、どうしてだろう。私はこんなことを前にもしている気がする。


 記憶の奥で、同じように誰かの名を呼びながら泣いていた気がしてならない。それがいったい誰なのかは、思い出せないけれど。きっととても大事な人だったのを覚えている。


 ——どうして、また同じことを繰り返しているの?


「魔王……何をすれば、あなたの怒りは収まるの? 私が死ねばいいの?それとも、赤魔導士が死ねば収まるの?」

「どちらも死んでいただくのが、私としては嬉しい限りですけどね。最悪、あなたは見逃してあげますよ。あなたは元魔王というだけですから」


 魔王は吐き捨てるように言った。


「ああ、そういえば、ホワイトドラゴン。お前はルーラが死ぬところを見ていたはず。火属性の魔法で爆死した姿を。あの場に居た奴らの中で火属性の魔法が使えるのは勇者である私と赤魔導士しかいないこと、分かるでしょう?」

「俺は殺していない。ルーラを殺したのはお前だろう、勇者」


 赤魔導士の声は低く、鋭く響いた。アメリアやフウが瀕死なのは間違いないが、回復手段の無い私には何もすることが出来ない。


「俺は、ずっとお前を殺すためだけに準備してきた。お前に唯一拮抗していたのはホワイトドラゴン。奴が忠誠を誓う魔王が居れば、勝てると思った。……誤算だったのは、魔法が使えなかったことだが」

「ルーラ、それが、あの時爆死された方の名前だったんですね……」


 爆死?そんな話、私は知らない。私の前に現れた勇者パーティーは、何人だった?その中に、ルーラという名の者が居たか?


 すると私の腕の中で、フウがかすかに動いた。掠れる息を吐きながら、空を掴むように手を伸ばし、ぽっかりと開いた異空間の中から小瓶を取り出した。


 ——収納魔法である。詠唱も無しにこんな魔法を、Bランクの冒険者にできるはずがない。


 加えてフウは、風属性に適性があると言っていた。闇属性の魔法をこんなにも簡単に扱えるわけがない。


「どうして……闇属性の魔法を……」

「これは治癒草から作ったポーションです。これをアメリアにも——」

「分かった。でも、フウの方が先だ。魔王が魔法で攻撃をしていないうちに……」

「私は大丈夫です。今は少し、こうさせてください」


 フウは、私に抱き着いたまま動かなかった。治癒草で作ったポーション、上級回復魔法に相当する、人間界では希少な物のはずだ。それにあの魔法の才。私は嫌な予感が巡りながらも、受け取ったポーションをアメリアの鱗に掛けた。


 フウはその間にもどんどんと弱っていった。今にも体の温もりが消えてしまいそうで、私は強く抱きしめた。


「私が、回復魔法を使えれば……」

「ユーカ、その冒険者大丈夫なのかよ……」


 ショウゴもいつの間にか、私たちの方へと歩み寄っていた。フウは最後の力で大量のポーションを取り出すと、それらを力なく床に置いていた。


「もう動かないで……魔法を使ったら……」

「このポーションを使えば大丈夫なんじゃないのか?」


 ショウゴは知らないなりにもこのポーションが万能薬だと察したのか、ポーションをフウに渡そうとした。


「それ……アメリアさんに使ってください」


 フウは、そのポーションを受け取らずに、アメリアを指さして言った。


 ショウゴはその言葉の意味を直感的に感じ取ったのか、アメリアの傍に歩み寄り、ポーションを渡した。アメリアだってかなりの重症だ。だが、フウのポーションのおかげもあってか一部の鱗は何事もなかったかのように癒えていった。


 ただ、ポーション程度でできるのはそれまでで、内部に到達した深い傷などはどうしても難しい部分がある。私は依然、睨み合う魔王とツキに対して聞いた。


「ねぇ。勇者パーティーに何があったの?」

「それは……先ほどの話の通りです。私と戦っている間に、勇者パーティーの一人が私に近づき、爆死したんです。おそらく火属性の魔法かと」


 ツキは私の質問に答えてくれた。勇者パーティーの内部分裂みたいな感じか。それで勇者と赤魔導士は因縁の関係になってしまったと。


「そうだ。ルーラは風と土に適性があった。あの場で自爆は考えられない。そして、あの場にいた火属性の使い手は、俺と勇者だけだった!」


 ハルトがそう言ってのこのこと出てくると、魔王を指さした。


「ルーラは……俺の大事な人だった」


 ハルトが勇者——つまり今の魔王を恨む理由。それは、大事な人を殺したのが奴だと信じているからか。ツキと魔王の話を総合すると、ツキと戦った場所に居た火属性が使える奴は、勇者と赤魔導士。ならば、犯人はどちらか一方しかいないということは理解できる。


「ある伝手で聞きました。ダイヤモンド帝国の城内に、勇者パーティーにいた女が黒い靄に掛かっていると。その方にも関係がありますか?」


 魔王の目が細められる。


「ソルフィですか。ソルフィとルーラは仲が良かった。ルーラが死んだことで心に深い傷を負ってしまい……そして、私もあの時はどうかしていたのでしょう。何を思ったのか魔族の赤ん坊を連れ出して、『魔王はこういうのに弱い』と思って殺しました」


 その声音には、かすかな後悔が滲んでいた。


「ええ、そうですね。私の時なら、きっと何も思わなかったでしょう。ですが、我が主は、とても心優しい方ですから」


 ツキが静かにそう言った。


「魔王を倒した後のこと——四人で他の魔族が居ないか手分けして探していた時、ソルフィと赤魔導士はいつになっても戻ってこなかった。だから、探しに行ったんですよ。そして見つけてしまったんです。ソルフィが黒い靄に包まれているのを。赤魔導士はその横に倒れていました」

「……そ、そうだったか?あまりその辺りは覚えていないが……」


 ハルトは驚きつつも魔王の話を聞いていた。


「こいつは、ルーラだけでなく、ソルフィまで手を掛けたと思いました。そして魔王の魔石を持ちだしたことも相まって、私の中であなたは最も憎むべき相手になったんです」

「ふざけるなよ!」


 ハルトが一歩踏み出した。怒気が空気を震わせる。


「俺はルーラを殺してもいないし、ソルフィの魔法の件だって知らない。第一、ソルフィやカホに掛けられた魔法は古代魔法だ。術者が死ねば魔法は解除されるだろう?俺は一度死んでるんだ、ソルフィの魔法が解けていない理由にならない」


 すると魔王は、ハルトの胸ぐらを掴み上げた。その顔は怒りではなく、本当に誰かを想うことからくる、悲しい表情だった。


「古代魔法……を使える者が、他にいたといいたいのですか?普通の魔族はまず古代魔法というものすら知らないのですよ」

「お前がしているのは、ただ現実から目を逸らして、俺が犯人だという自分の答えを正当化したいだけの無茶苦茶な推理だ。俺ならこう考える、あの場に第三者が居たと」

「お前じゃなかったら、誰がソルフィをやるんだよ。ルーラのことで俺に怒って……。魔法の件だってお前なら何とか出来るかもしれないだろ」


 ハルトを掴んだ手が震えていた。


「——なんてことだ。私は勘違いしていたのか、ずっとお前だとばかり……それなら魔王の魔石を盗むとか変な行動しないでほしい。だが、そうなると一体誰がルーラを殺し、ソルフィに魔法を……」

「あの時は多分俺も、頭がいっぱいでお前が犯人だとばかり思っていたよ。でも、今お前の話を聞いて、それは違うんじゃないかって揺らぎ始めている。どうしてだろう。今まで、俺はお前を殺したいという気持ちで溢れていたのに」

「私も、赤魔導士を殺さないとという気持ちで溢れていた。だが、今はそんな気持ちこれっぽっちも感じない」


 魔王は顔に手を当て、自分が今までしてきたことが馬鹿馬鹿しいことだったと反省していた。もっとも、こうなる前に解決してほしかったとは思うけれど。


 私は二人の様子に対して少し疑問を持ちながらも、無事二人の仲が解決しそうでホッとした。後は吸血鬼を待って、回復してもらうだけである。


「……ちょっと聞いていい?古代魔法って、一体何なの?」

「やっぱりな。ユーカは古代魔法を知らなかったんだ。演技かと思っていたけど、吸血鬼を探していた時点で、解除方法を知らないのは明白だった。一言で表せば、古代魔法って言うのは人間が昔使っていた魔法だ。今も一応魔道具という形で残っていたりするが、日常的に使うってことはまずない」


 ハルトは私に呆れたのか、ため息をついた。


「ツキ。吸血鬼とは会ったんだよね?」

「ええ。ですが、少し用事があると……すぐに合流するものと思っていました。フウさんのこともありますし、早く来ていただけると嬉しいのですが」


 ツキは静かに剣を下ろした。おそらく、ツキも直感的に感じ取ったのだろう。この二人はどちらも嘘をついていないと。そしてこれ以上、魔王がこちらに何かしてくることは無いと。


「フウの容体は……辛うじて息があるくらいで、多分そう時間は無いんじゃないかな。すぐにでも回復魔法を掛けないと——って魔王、あなたは回復魔法が使えないの?」

「はぁ——先ほどまで睨み合っていたやつにそれを聞きますか?普通。使えないってことは無いですけど、期待されるほどの魔法は使えませんよ」


 魔王はどこからかポーションを取り出すと、私にポーションを渡した。


「そもそも、あの吸血鬼が異常なんですよ。魔族で回復魔法を得意としているのは、魔王を除き、彼くらいしか見たことがありません……それにしても、その冒険者に刺さった光の矢は一体何の魔法ですか?」

「てっきり私は魔王が魔法を放ったのかと。だってこの場で魔法を使えるのは、正直って

 魔王しかいない」


 フウが来た時には既に魔法が撃てるような状態ではなかったアメリアに、魔法の才が殆どないツキ。消去法ではあるが、今この場でこんな魔法が使えるのは、魔王しかいない。


「魔法の発動には注視していましたが、そのような魔法は確認できませんでした」

「索敵魔法をしても、他に魔族や人間が隠れているというのも感じ取れない——」


 私は自分の腕の中で眠るフウの頭を撫でた。草原のようにキレイな髪色、どこかでこの色を見たことがあるけれど、上手く思い出せない。


 どうしてだろう。記憶に靄がかかっているというわけではなく、まるでそんな記憶はなかったかのように、ぽっかりと空いてしまった穴のような感じだ。


 フウの呼吸は浅く、今にも消え入りそうである。目の前で人が死ぬなんて見たくない。それは誰しもが持っている感性であり、別に不思議なことじゃない。だが、私が抱いている感情は、それを通り越した何かだ。


 ——もう失いたくない。


 そう思うたびに、胸の奥で何かが裂ける。誰かの手を離した感触が、今も手のひらに残っている。その名も顔も思い出せないのに、確かに私の中にあった。


「っ!」


 その時だった。次の刹那、世界がほんの一瞬、音を失ったように静かになった。その静寂の中、ハルトの眼前にいた魔王の身体が、上下に裂けたのだ。


 それは、あまりにも速く、誰もが目を疑うほどだった。だが、辺りを見渡しても、それをした人物は見当たらない。


「おい、どうなってんだよ、これ……」


 焦り混じりの声を上げたのはハルトだった。目の前にいた魔王、つまりかつての仲間であった勇者の身体がいとも簡単に上下に分かれているのだから、驚くのも無理ない。


 この中で一番ハルトが、この男の強さを知っているのだから。簡単にやられるなんて思っていもいなかっただろう。

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