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70話

「何故、ユーカ様のご友人に魔法が掛けられたのか、理解しました。悪魔くん、今から言うことをよく聞いてください」


 ホワイトドラゴンはゆっくりと立ち上がり、俺と吸血鬼の方へ歩み寄った。


「なんだよ」

「今の魔王様は——勇者です」


 そして少しの間を置いて、ホワイトドラゴンははっきり言った。


「正確には、元勇者というのが正しいでしょう」

「……は?」

「それを知られたが為に、今の魔王様は私を殺そうとしたのです。表向きに四天王である私を殺してしまえば、反感を買いかねない。それ故、私の不手際ということで解雇し、ダンジョンに閉じ込め、冒険者に殺させようとしたのでしょう。ですが、結果的には失敗。直接手を下す方が早いと、そう判断したのだと思います」


 吸血鬼は、静かに頷いた。同情も驚きもなく、ただ淡々と聞いていた。


「そんな話、聞いたことが無い……おい、吸血鬼。お前、何か知ってるだろ?さっきの態度と言い……たとえば、歴代の魔王は皆、勇者だったとか」


 怒りが先に立ち、思考が追いつかなかった。俺は、反射的に吸血鬼の胸倉を掴む。


「それは、あなたがずっと抱いていたことではありませんか?」


 吸血鬼は俺を宥めるように言った。


「あなたが、あそこまでユーカ様にも魔王様にも心酔なさっていた理由、まだ分からないのですか?今の魔王の正体は勇者。自ずと答えは出ると思いますけど。それとも——その現実から目を背けたいだけの、腰抜けですか?」

「吸血鬼、少し言いすぎですよ」


 ホワイトドラゴンが制する。いつの間にか俺の手からは力が抜け、吸血鬼を下ろしていた。現実から目を背けたい。面と向かって言われてしまうと返す言葉は無かった。


「悪魔くん。無理はありません。魔王様が元勇者だなんて話は——」

「魔王様の前世がセネトだったって言いたいのかよ……!」


 ホワイトドラゴンの言葉を遮るように、俺は吸血鬼に向かって言い放った。


 ホワイトドラゴンは、俺とセネトの関係を知らない。だから俺の前世が誰で、セネトにどんな想いを抱えていたのかも知らない。


 だが吸血鬼は確実に知っているような言い方だ。知っていて、あんな言葉を投げつけてきたのだ。まるで、俺の中の一番弱い部分を、わざと踏みつけるように。


 初めてユーカを見た時、なぜかセネトに似ていると思った。思い返せば、俺が仕えた魔王様はあの頃のセネトと同じような雰囲気だった。誰かを責めることもなく、争いを嫌って、細かいところまで気配りができる。


 気づけば、どれもセネトの面影に重なっていた。その事実から、目を背けたかったというのはあながち間違いではない。ずっと心の中で感じていたあの気持ち。フウの記憶が無くても、抱いていた淡い憧れと尊敬——そして、一緒に居たいという気持ち。


 ああ、そうだ。人間の世界ではこれを——『恋』と呼ぶんだっけ。

 俺は人知れず、涙を流した。俺が待っていた人は、ずっと傍にいたんだ。俺が一緒に居たいと思っていた人はずっと、一緒に居てくれたんだ。



「確かに、これが知れ渡ったら、魔族の統率は取れなくなる。勇者に恨みを持っている奴も多いからな。だからずっと黙っていたんだろう?」

「いえ、私も気づいたのは、今の魔王様が君臨された時です。なので、ユーカ様が勇者であったかは分かりませんが——」


 ホワイトドラゴンは淡々と答えた。


「それを前提として、悪魔はユーカ様を助けに行くと言うと思いますが、ホワイトドラゴン、あなたはどうされますか?勝ち目のない戦いを仕掛けるのと同じですが」

「愚問ですよ。吸血鬼」


 その声には、揺るぎがなかった。


「私はユーカ様に仕えています。ユーカ様の危機に駆け付けるのが、臣下としての務めでしょう。もう十七年前のように後悔をするつもりはありません。吸血鬼は、ユーカ様のご友人を安全な場所に確保してください。おそらく、ダイヤモンド帝国の皇帝もグルでしょうから」

「分かりました。では先にあなた方をユーカ様の場所に転移させます。紫龍が一緒に居るのなら、紫龍の場所に飛ばせばいいだけですからね」


 吸血鬼はそう言うと、俺とホワイトドラゴンに魔法を掛けた。周囲に光が溢れ、眩しさに思わず目を細める。次の瞬間、俺たちは森の中にいた。——先ほどの桃色の花を付けた木はない。どうやら魔族領のどこからしい。


「……ここは」

「新しい魔王城の近くですね」


 ホワイトドラゴンが淡々と答えた。ユーカが魔王城の中に居るというのだろうか?もし魔王城にいるとしたら、相当危険な状況であることは間違いない。今のユーカは魔法が使えないのだから。


「門番としてホワイトドラゴンが居るようですね」

「……あれ、お前の弟分とかだろ。何とかできないのかよ」

「何とかと言われましても、ご存じの通りホワイトドラゴンは土属性と光属性を持つ魔族。心眼魔法も使えますから、隠密魔法で中に入るのは難しいですね」


 俺の横に居るこいつが特殊なだけで、普通のホワイトドラゴンは魔法が得意な魔族だ。心眼魔法なんてお手の物だろう。


「ここは堂々と正面突破するのが一番でしょう」

「おい、マジかよ……」


 冗談のように聞こえたのに、ホワイトドラゴンは本気だった。マジックバッグからすかさず剣を取り出し、そのまま馬鹿正直に正面を歩き出す。その背中を、俺は思わず追っていた。シンプルではあるが、これが一番早いのは確かである。


「……死んだと思っていたんですが、生きていたんですね。ツキさん」


 門番の声に、思わず、ホワイトドラゴン——ツキの足が止まる。


「私は、どのように死んだと言われたのですか?」

「冒険者に殺されたとか。まさかツキさんが冒険者に殺されるなんて思っていませんでしたけど。その後ろの人は?」

「彼は大切なお客人です。丁重に扱ってくださいね。中に入っても大丈夫ですか?」

「幾らツキさんでも、中には入れられないです」


 門番はそう言って、わずかに目を光らせた。


「大事な話し合いだとかで、中に誰も入れないようにと命じられていますから」


 ツキを慕う気持ちは本物のようだ。だが、魔王の命令には逆らえない。そういう顔をしている。危害を加えるつもりはなさそうだ。


 あの扉の向こうにユーカがいる。そう思うだけで、胸の奥が締め付けられる。


「そうですか。それでは力づくで中に入るとしましょうか」


 そう言ってツキは剣を振った。空が切れる音がする。まともに食らえば、骨まで断ち切られそうな轟音である。


「まさか、本気でやるつもりじゃないでしょうね?これは魔王様への反逆行為と言っても過言ではありませんよ」


 門番は焦りながら言った。勝負をしなくても分かるほど、実力差ははっきりとしているということか。


「そうでしょうか?」

 ツキは淡々と答える。


「魔王様が必要とするのは、強い者のはずです。ここであなたが私に敗れたら、私の方が強いという証明になるでしょう?」

「ツキさんに勝てるわけないでしょう……」


 門番は目を伏せ、短く息を吐いた。


「分かりました。何やら事情があるみたいなので、見なかったことにします。くれぐれも変な態度を取らないでくださいね」

「分かってますよ」


 ツキは静かに笑った。

 やっぱり、こいつを敵にしたらダメだ。心の底からそう思った。

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