69話
俺が声の主の方を振り向くと、そこには吸血鬼が立っていた。吸血鬼はこちらを真剣に見つめていた。
「お久しぶりです、悪魔。お元気そうでなによりです」
吸血鬼はゆっくりと頭を下げた。その所作は昔と変わらない。そして再び俺と目が合う。
「へ、変な質問をするが、いいか?」
自分でも声が震えているのがわかった。目の前の存在が本当に吸血鬼なのか、それともまた別の何かなのか、ここで見極めるしかない。
「変なことを聞きますね。何か聞きたいことでも?」
吸血鬼と俺だけが知る話。他の誰に聞いても分からない話。俺は、頭の中を駆け巡らせた。
もしも、先ほど行動を共にした吸血鬼を騙る何者かだとしたら、あの隠し部屋に居た時、奴は光属性の転移魔法を使っていた。つまり、光属性の魔法にある、念話といった思考を読み取る魔法が使えるわけだ。ただ、念話という魔法は一度体に触れないと効果は発揮しな。奴が近づく前に、質問を考えるんだ。
「俺がダイとして冒険者をしていた時、お前はなんて名前で冒険者をしていた?」
「アールです」
「それじゃあ、俺とアールが登録したギルドは?」
「ペリドット北方ギルドです」
俺は小さく息を吐いた。
「……本物か」
吸血鬼は目を細めた。実に十七年振りに会うというのに、急にこんな質問をされてしまえば驚くだろうし、俺のこの行動を不審に思っても無理はない。
「まるで偽物がいたみたいな話ですね」
「そうなんだよ。さっき、お前の偽物がいて……」
俺は先ほどまで一緒に居た偽物について話した。吸血鬼は黙って聞いていたが、やがてゆっくりと視線を落とした。
「なるほど、そういうことでしたか。先ほど、ホワイトドラゴンの治療をしていたのです。それで、大抵のことは彼から聞きました。魔王様が転生されたことや、紫龍が今は魔王様と一緒に行動していることなど」
「治療?アイツ、また怪我したのか?」
俺は思わず眉をひそめた。翼の傷程度なら俺が渡したポーションで癒えているはずだ。
「ええ。ここに来る道中で、攻撃を受けたみたいですよ。魔道具があったので死には至っていませんし、幸いにも落ちた場所が安全な地だったので、それ以上の追撃を受けずに休めたというわけですが」
淡々、ホワイトドラゴンの現状について吸血鬼は説明した。攻撃を受けるとしたら魔族領内だろうが、ホワイトドラゴンが躱せないほどの魔法を使える者なんて魔王くらいしかいない。
「……それで、なんで俺がここに来るって分かったんだよ」
「あなたの近くに転移しただけですよ。早く合流しなくてはと思いまして」
ああ、そうだった。こいつは光属性の転移魔法でいつだって俺の近くまで転移できるんだった。
「光属性の転移魔法って……本当、気持ち悪いな」
俺は吐き捨てるように言った。ただ、この魔法を使えば、ユーカがどこに行ったのかも分かるし、これ以上俺が出来ること何てたかが知れている。今は吸血鬼の魔法に縋るしかない。
「ところで、お前の魔法なら、魔王様の所まで転移できるよな?魔王様——今はユーカと言った方がいいか。ユーカが部屋に居なかったんだ。もしかしたら、何かに巻き込まれたんじゃないかって」
「転移させることは可能ですが、あなたは魔王様に正体を告げていないのでしょう?その姿で転移したところで、フウという冒険者がそこまでして一人間を庇うのですか?」
低く、静かな声だった。
俺は、吸血鬼のその言葉を受けて、自分の手を見つめていた。今の俺は、人間の見た目をしている。確かに仲が良かったというわけでもない一人間を救うのはおかしい話かもしれない。
「フウとして向かうのなら、せめてこの髪色どうにかしませんか?元はもう少しアクアマリンに隣接する広い海のような色でしょう?」
吸血鬼は、何故かフウという冒険者のことを知っていた。十七年前に俺が吸血鬼と最後に会った時だ。俺がまだ上手くフウの記憶を辿れていなくて、ただ、ありのままに思い出した記憶を話した。その後、吸血鬼はこう言った。
『——その記憶の持ち主はフウという名前ですか?』
何故だかは分からない。
でも俺の中に眠る記憶、フウの名前を知っていた。草原のような色をした髪と瞳を持つ、セネトがフウを擬態魔法で擬態させていたことも、海のように綺麗な青色の髪を靡かせる本来のフウも知っているかのような。そんな不気味さを感じる。
「この髪色が気に入っているんだよ。俺の記憶の片隅にはいつも、綺麗な草原があった。そしてセネトもこの髪色を気に入っていたから」
言葉を吐き出すたび、胸の奥に何かが沈んでいく。セネトの笑い声。それは、俺が目覚めた時もフウの記憶の中にも色濃く残っている。
「フウとしての記憶を思い出したというのに……あなたは、本当に残念な人ですね。今のユーカ様は前世が魔王で、今世は人間。なら、前世が人間で今世が魔族、そんな存在がいても、不思議ではないでしょう?」
「つまり……俺の前世はフウだと言いたいのか?」
思わず息を呑む。
「それは、何度も考えた。こんなにも色濃くフウの記憶が俺の脳裏に浮かぶのは……俺自身がフウだったとしか言いようがない。でもそれなら、どうして急にこんな記憶が」
「それは、魔王様が死んだからでしょう」
吸血鬼の声が、冷たい刃のように胸を刺した。
「深い悲しみが、あなたの記憶を開けたんです。本来、フウのような魔法の才では記憶を思い出すことは無い。ですが、最愛の人の死という、あまりに強い衝撃によって、記憶の扉が開いてしまったのでしょうね」
「……何を言っているんだ、お前は」
声が震えた。俺には、理解ができなかった。最愛の人の死なら、セネトが死んだ時に思い出せたはずだろう。だが、吸血鬼の話を統合してみれば、本来、フウの記憶は思い出すことができないみたいな話だ。記憶の持ち主——つまり、前世での魔法の才が関係しているのか?
吸血鬼が言っていることは、ただの推測でしかない。だが、まるで、すべてを知っているかのような、そんな言い方だった。
そして気づけば、無意識のうちに指先が震えていた。
「前から気になっていたんだが、なんでフウの事知ってるんだよ。確かにフウは勇者パーティーに一時期入っていた。魔王城に居ればそういう情報が入ってきてもおかしくはない。でも、フウは正直魔法の才があったとは思えない。そんな奴の事まで調べていたのなら話は変わるけど」
「そうですね。勇者パーティーのことを調べるのは、魔族として当然の事でしょう?ですから、フウのことを知っていてもおかしくはない。それより今は、ユーカ様を探すのが先でしょう?」
それはそうだ。特に吸血鬼は事務などを担当していたというし、情報収集も仕事というのは納得が出来る。
吸血鬼は俺に手をかざした。次の瞬間、視界が白い光に飲まれた。目を開けると、そこは楽園と表現するのが相応しい場所だった。魔族領全域を知っているわけではないが、三分の一くらいは踏破している俺でも、このような場所は見たことが無かった。
一本の大木が、空に向かって枝を伸ばしている。そして桃色の花びらが沢山付いていた。人間の地ではまず見たことのない木である。そして風が吹くたびにその花びらがひらひらと舞い散った。その木を背にして、男が一人、座っていた。
「ホワイトドラゴン……!良かった!」
俺がホワイトドラゴンの方へと駆け寄る。
「悪魔くん。心配を掛けてしまって申し訳ないです」
ホワイトドラゴンは、いつもの静かな声で言った。
「吸血鬼、ユーカ様のご友人の件ですが……」
「実際に見てみないと判断は出来ませんね」
「いや、あれはおそらく古代魔法だと思う」
俺は吸血鬼に強く言った。
「少なくとも俺はあんな魔法は見たことが無い。加えてダイヤモンド帝国の城内に……勇者パーティーの女が、同じ魔法に掛けられているのか、隠し部屋に寝かされていた。その魔法が単なる魔法ではないことを物語っていると思う」
ホワイトドラゴンの眉が僅かに動いた。
「勇者パーティーの女……十七年前のパーティーの方ですか?」
「ああ。間違いない」
「なるほど」
彼は目を閉じ、小さく息を吐いた。その仕草は、何か決定的なことを悟っているようだった。




