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68話

「図書館の時と同じだ……吸血鬼に知らせないと」


 転移魔法を発動しようとした、その刹那、低い唸り声が、部屋の奥から響いた。まるで何かが、息を潜めてこちらを見ているような、そんな感じである。だが、肝心のその声は、何か意味がある物とは到底思えない、ただの潰れた音が響くだけだった。


 俺は身構えながら周囲を見渡す。薄暗い部屋。灯るランプは一つだけで、その光さえも何やら靄が掛かっているようで、意味を成していない。


 俺は意を決し、奥の方へと歩を進めた。


「……人か?」


 靄は濃いが、その中心に、女が横たわっていることが分かった。黒い靄が、彼女の体から絶えず溢れ出し、まとわりついているのだ。そして横たわった女は辛そうな顔をしている。


 俺は息を飲んだ。この女の顔に見覚えがあった。


「まさか……勇者パーティーにいた女……?」


 勇者パーティーが活動していたのは、魔王が討伐されるまで。その後は俺が人間の地で冒険者をしていたが、勇者パーティーが冒険を続けていたという話は聞かなかった。


 俺は心のどこかで、どうせ、魔王討伐で相当な報奨金を貰ったのだろうから、もう冒険などしなくても暮らせるのだろうとばかり思っていた。


 そして四カ月前、再び魔王が現れたという話が出た時に、勇者の話が出てこなかったことから、十七年前の勇者パーティーの面々はもう死んだんだと。


 だが、この女はまだ息をしている。勇者パーティーの活動時期からも、俺との対戦後に対峙した魔族に掛けられたという線が濃厚だ。


 俺と剣を交えた時には、まだ生き生きとしていた女が、いまはこうして黒い靄に包まれ、時折苦しそうにうめき声を出している。こんな隠し部屋のようなところでずっと寝かせられているのを見ると少し可哀想にも感じる。


 古代魔法なら、術者を殺すか術を壊すか。それ以外に救える方法が無いとしたら、そう簡単に行かないのも事実だ。


 しかし、妙な話だ。ホワイトドラゴンも、魔王ですらこの魔法の詳細を知らなかった。——そうでなければ、吸血鬼のもとへ向かう理由など、そもそもない。古代魔法であるのなら、回復魔法なんて意味が無いのだから。


 ならば、一体どこで、この女はこの術に掛かったというのだろう。勇者パーティーが他の魔族に遭ったということも考えられる。だが、魔王様は他の魔族を勇者パーティーから遠ざけていたし、誰かが衝突すれば、必ず気付くはずだ。


 人間が英雄たちに掛けるわけないしな……。


「悪魔、急にいなくなるので驚きましたよ」

「悪い。あの絵に触れたら、転移してしまったんだ」


 俺は転移魔法を発動し、再び元の部屋へと戻った。吸血鬼はユーカの連れの女の傍らに立ち、黒い靄を眺めていた。


 勇者パーティーの女が、同じ魔法を掛けられていたことを伝えるべきだろうか?だが、俺たちに彼女を救うメリットはない。勇者パーティーは魔王を倒すという職務を全うした。それは事実だし、今更それに対してケチを言うつもりは無い。正々堂々戦って、負けたのだから。


 でも、きっとユーカなら彼女を助けると思う。幾ら敵であっても。

 俺の中で判断が揺れていた。


「絵自体に、特定の場所へ転移するよう術が組み込まれていたのでしょう。……悪魔がどこかへ行っている間に、彼女に対して一応回復魔法を施してみましたが、効果はありませんでした」

「そうか」


 やはり、普通の回復魔法では治すことが出来ない。


「まずは、この魔法を知らなければな」


 俺は静かに息を吐いた。


「実は、あの図書館には隠し部屋があったんだ。壁に掛けられた絵に触れると、その部屋に転移できる。そこにある本に何か手がかりがあるかもしれない」

「興味深いですね。では、次はその隠し部屋を探りに行くとしましょうか」


 俺は転移魔法で、不気味な本がずらりと並ぶ隠し部屋へと転移した。一度訪れた場所なら、光属性の魔法よりも風属性の魔法の方が早く転移できる。まぁその誤差はほんの少しではあるが。


 それにしても、この部屋を作った者は、自身の転移手段を持っていなかったのだろうか。ご丁寧に絵を触れると転移が出来るギミックなんて作っている。だが、肝心の中から外に出る装置は無かった。


 あるいは、俺が気付かなかっただけで、内部から出るための鍵のようなものが、どこかに仕掛けられているのかもしれないが。


「ここだ」

「……古代魔法の書物に、詠唱魔法の書物。どれも同じ筆跡ですね」

「そうなんだよ。つまり、ここにある本は同じ奴が原書から書き写したか、それとも同じ奴が生み出した魔法か」

「この膨大な本の中から、例の魔法を探すんですか?」

「当たり前だ。もしかしたら、他の解除方法が記されているかもしれないだろ」


 吐き気を覚えながら、俺は一冊ずつ確認していった。どの本も、悪趣味な魔法ばかりである。見たこともない魔法を見れば、試したくなる気持ちが出るのは不思議なことではない。だが、ここに書かれている魔法に限ってはそんな気さえ起きない魔法ばかりだった。


 この魔法を作り出した奴は、間違いなく正気ではない。

 吸血鬼もまた黙々と書を手に取り、静かな仕草でページをめくっている。


「この果てしない量から探すとなると……骨が折れますね」


 俺は一冊の異様な本を手にした。他の本と違い、魔法の記述は一切なかった。さらに整った文字ではなく、荒れ狂うように書き殴られた文字列である。それは、書き手が狂気の淵にいたことを如実に示しているようだった。


『私の名前はディア。私の名前はディア。私の名前は——ディア』


「ディア。これが、この本を書いた奴の名前か」

「気味の悪い文ですね。何度も、何度も……まるで、自分の存在を確かめるように」

「お前は、ディアって名前に聞き覚えはあるか?」

「いいえ。そもそも、人間の名など、魔族が触れる機会はそう多くありませんから」

「……おそらく、このディアってやつは、ダイヤモンド帝国の城を建てた張本人だ。だが、もう死んでいるだろう。話を聞くのは難しいな」

「建築の才があったのなら、土属性の適性を持っていた可能性が高いですね」

「そうだな。だが、これは俺の推測だが——このディアは相当な魔法の才を持っていたはずだ」


 俺は周囲の棚に目を走らせた。


「ここに並ぶ魔法は、どれも見たことのないものばかり。つまり、これはディア自身が創り上げた魔法……そう考えるのが自然だ」


 そして広げられた本の魔法を指さした。


「古代魔法は適性がなくても使えると言われている。だが、この本は詠唱魔法の記述だ。つまり、少なくともディアはこの詠唱魔法が使えたってことになる」

「ですが、一人間にここまでの魔法を作れるでしょうか?魔王でもこのような魔法は使っていませんでしたよね」

「それは——例えば、勇者だったとか。アハハ」


 俺の乾いた笑いが部屋をこだました。


 でも実際、ディアの魔法の才が一般人のそれではないことくらい、誰だって気づくだろう。全属性を自由自在に操れる者でなければ、こんな魔法は作ることが出来ない。適当に目についた魔法の一つだって、いくつかの属性が織り交ぜられて作られている。


 俺だって同時に発動できる魔法は数個である。だが、この魔法は複雑に入り組み二十個近くの魔法を一つに圧縮しているのだ。正直言って、こんな芸当は見たことが無い。魔法は一つ一つ独立しているものではなかったのだろうか。魔法の根底が覆る話である。


 そんな常人では到底扱えぬはずのそれらを作り上げた者が、人間の中に居た。


 だが、その魔法の才をこんな歪んだ魔法を生み出すことに使っていたとしたら、悪趣味どころの話ではない。何があって、こんな魔法を書き留めていたのか、何を思ってこんな魔法を作り上げたのか。俺には分からなかった。


「ここら辺の本は見ていないかもしれないな」


 俺は呟きながら本棚の奥に手を伸ばした。


「そこの本は大体見ましたよ。特に、これといって黒い靄が掛かった魔法はありませんでしたが」

「そうか。二人ならすぐ見つけられると思ったんだが、簡単にはいかないな……」


 時計も窓もないこの部屋では、時間の流れすら曖昧だ。


「今は何時だ?この部屋、窓がねえから今何時なのかも分からねえ」

「一度、外を見てきますね」

「頼む」


 壁に備え付けられたランプが揺らめいた。よく見れば、このランプはどこか、ダイヤモンド帝国の城の廊下にあったランプのデザインに酷似している。まぁ、図書館に繋がっている空間なのだから、当然この部屋もダイヤモンド帝国の所有物であろうし、特段おかしな点は無いのだが。


 吸血鬼がいなくなると同時に、張り詰めていた緊張の糸が途切れるように、俺はリラックスした気持ちになりながら、高い位置にある本を取ろうと背伸びした。


 吸血鬼は何を考えているかよく分からない。


 指先が背表紙に触れた瞬間、わずかに体勢が崩れた。次の瞬間、鈍い音とともに視界が揺らぐ。


「……っ!」


 床に叩きつけられた衝撃と共に、何冊もの本が棚から滑り落ちた。分厚い本の角が床にぶつかり、乾いた音が反響する。


 俺は痛む尻を押さえながら辺りを見渡した。床には数冊の本が無造作に開かれたまま散らばっている。


「いたたた……」


 壊れてしまったらどうしようと、慌てて本を手に取る。幸い、破れや傷痕は見当たらなかったが、本が好きな吸血鬼がこの状況を見たら絶対に怒るだろう。もっと丁寧に扱いなさいとか、そういった言葉が今にも聞こえそうだ。


 俺はそれらの本を急いで元に戻していると、何時まで経っても吸血鬼が戻ってこないことに違和感を抱いた。外を見るだけならすぐに終わるというのに、吸血鬼が戻ってくる気配はない。


「何だよ、アイツなら俺の近くに転移することだって可能だろ」


 俺はそう思いながら床に落ちた本の一冊のページをめくった。しかし幾らページをめくっても肝心の内容が頭に入ってこない。それほど吸血鬼が帰ってこないことが気になって仕方がなかった。


 何故だろう。吸血鬼とは少しの間冒険者として一緒に冒険していた経験がある。だから、別に奴に対して苦手意識があるわけではない。なのに、吸血鬼が居なくなった後、俺は何だか緊張がほどけた。


 自分でも分からない。けれど、何かがずっと引っかかっているのは確かだった。それが俺の心を勝手に縛っていたのだ。


 俺は転移魔法を発動し、外に出た。眩しい朝の光を浴びながら、俺は辺りを見渡す。やはり吸血鬼の姿はどこにもない。


「もう朝か……」


 かなり長い時間あの空間に居たと思うとぞっとするが、結局手掛かりは掴めず、回復魔法も意味が無いときた。唯一の収穫と言えば、勇者パーティーに居た女が何故か同じような魔法に掛かっているということくらいだが。


「とりあえず、ヘスが他の事を思い出しているといいが」


 あの図書館の管理人は魔族だったなんて馬鹿正直に言えるはずないが、少なくとも図書館でヘスが何者かに襲われた可能性はなくなった。そもそも精神干渉系の魔法は闇属性の魔法であり、吸血鬼には扱えないからだ。


 となると、ヘスは一体どこで操り人形と化したのだろう?図書館以外に寄った場所が分かればいいのだが。


 俺は図書館の建物を背に、ギルドの方向へと体を向け、歩を進めた。


 吸血鬼は一体どこに行ってしまったのだろう。何かを思い出したとか?それともホワイトドラゴンの所に転移してホワイトドラゴンをここに連れてくるとか?


 とにかく、ヘスの一件と吸血鬼の件は無関係だろう。偶然にも吸血鬼外合わせてしまっただけだ。全く、面倒な事させるなよ……。


 吸血鬼はあの図書館に三百年も前から通っていた、冗談のように聞こえるが、アイツは魔導書を読むのが好きだとか、魔導書を書き写すのが好きとか、変な趣味を持っていたし、今更それに疑問は抱か——。


 俺が四天王になる前から、すでに吸血鬼は魔王城にいた。アイツだけがユーカの前の魔王に仕えていた。そしてアイツの部屋の壁一面に並んでいた本は、全て魔導書を書き写したものであると聞いたことがある。


 それならば、もっと前から図書館に通っていてもいいんじゃないか?俺なんかが生まれるよりもずっと前から通っていた方が辻褄は合う。今更年齢を隠す必要は無い。


 先ほどまで横に居た吸血鬼に対する疑惑がどんどん膨れていく。よく考えてみれば、アイツは俺がした今までの説明に対して何か突っ込むことも無かった。


「今まで横に居た奴は……ッ」


 言葉の途中で喉が詰まる。嫌な予感が、一気に全身を駆け巡った。


 ——もしも、あの本探しが時間稼ぎだったとしたら。

 ——もしも、俺があの隠し部屋にいる間に、ユーカの身に何か起きていたら。


 最悪の想像が、俺の頭を支配した。


 俺は考えるより先に、ユーカの部屋まで転移していた。窓から中に入ると、そこには人影一つ無かった。


「いない……どこにも……いない」


 声が震えた。


「いや、ただ朝食を食べているだけだ。この時間は、まだ朝食と言ってもおかしくはない……」


 俺は震えながらも、自分を誤魔化そうと気丈に振舞う。

 だが、その期待は崩れていく。


 俺はドアノブに手を掛け、ドアを開けようとするが、びくともしなかった。何度やっても、押したり引いたりしても、そのドアは微動だにしない。


「開かない……。外から鍵が掛かっている?いや、内側から開ける手段が無ければ、部屋の中にいるとき、どうやって外に出るんだよ」


 まるで意図的に閉じ込めるためだけに作った部屋と言っても過言ではない。嫌な汗が首筋を伝うのが分かる。


 俺はゆっくりとドアにもたれかかった。硬い木の感触が背中に重くのしかかった。

 俺は、あの時図書館で出会った吸血鬼のことを、一度も疑わなかった。


 今まで出会ってきた昔の仲間、紫龍やホワイトドラゴンは紛れもなく本物だったから、つい油断していたんだと思う。あいつらは過去の話や魔王様との出来事を口にしていたし、勝手に懐かしいものを感じていた。


 だが、先ほどまで一緒に居た吸血鬼は違った。どうして気付けなかったのだろう。心のどこかで仲間を疑いたくないという気持ちが先行していたからか?


「もっと早く、気付いていたら……」


 ここまで回りくどいやり方をする理由。ユーカを攫うだけなら、もっと単純な方法がいくらでもある。今のユーカは魔法が使えないのだから。なのに、奴らはここに閉じ込めて、ダンジョン攻略の時間も与えてホワイトドラゴンをユーカ側に引き入れさせたのだ。


 まるで、俺らが揃ってほしいかのように。


「何のつもりだ……」


 ダイヤモンド帝国の皇帝は、おそらく過去にホワイトドラゴンと戦っていることから勇者パーティーの一人であることは間違いない。そしてあの男は、魔族に魂を売っている。そうでなければユーカをこの部屋に招き入れる意味が無い。


 そのことを、俺はようやく理解した。おかしいと思っていたことが繋がっていく。

 あの時ダンジョン攻略に参加していたアメシストの冒険者はおそらく俺と同様に高位の擬態魔法で鑑定魔法でも人間と鑑定される擬態をした魔族だろう。そして俺らを監視していたんだ。


 血の気が引いていく。あのアメシストの依頼だっておかしな点がいっぱいあった。もしも、紫龍に合わせるためにワザとあの依頼を出していたとすれば、もうやりたいことは自ずと分かってくる。


 昔の四天王を集めて——何をしようって言うんだ。


 だが、それにしては一つ変なことがある。吸血鬼を迎えに行ったホワイトドラゴンが帰ってこない点だ。あの吸血鬼が偽物であるとするならば、既に本物の吸血鬼と合流しているはずだ。だが、その気配はない。


「くそっ……」


 拳を握る。怒りよりも、恐怖に近い感情だった。


 少し危険な道になるかもしれないが、今ここで立ち止まっていてはユーカを助けることなんて不可能だ。最初の予定通り、一日経ってもホワイトドラゴンが来なかったから、吸血鬼に会いに行く。それを俺がすればいいだけだ。


 今度こそ、ユーカを助けるって決めただろう。


 俺は転移魔法で魔族領に転移した。北部の方はあまり行ったことが無い。故にここからは、走るか飛ぶか。北部と言っても正確な場所は聞いていないし、空から探す方が早いだろうか?


「闇雲に飛んでも意味無いと思いますけどね」

「え?」


 俺は聞きなじみのある声に思わず振り返った。今度のコイツは本物か?それとも——。

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