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66話

「いてて……」


 俺は尻もちをついた。そして、俺は周囲を確認するために、辺りを見渡した。そこには本棚がいくつも並び、大量の本が仕舞われていた。整然と並べられたそれらは、この部屋が誰かの手によって整理整頓されていることを物語っていた。


「……隠し部屋、か?」


 声が吸い込まれるように小さく響く。俺は近くの棚に手を伸ばし、一冊を抜き取って、ためらいながらページをめくった。


『対象の目を永久に閉ざす失明魔法』

『術者に従属させる強制奴隷化の呪い』


 どのページも俺の知らない魔法で埋め尽くされていた。もしこんな魔法があれば、根底から覆るようなものばかりで、お世辞にも趣味がいい魔法とはいえないものばかりだった。加えて、どの書も同じ書き手が書いたのか、整った字である。そしてこれらの字は『全属性に対する対魔法耐性を持った建造物の建築』と同じ字だった。


「……何だ、これ」


 こんなものが、魔法と呼べるのか。俺は気味悪く感じ、本を元の棚に戻した。


 部屋の奥に進むと、古びた机の上に鉄製の器具が並んでいた。刃先やリング、手枷には乾ききった血がこびりついており、長い間触れられていないようだった。俺はそれを見て吐き気を催した。一目見ただけで分かる、この部屋は入ってはいけない場所だと。


 俺は慌てて部屋を出ようとした。だが、扉はどこにもない。圧迫感のある静寂の中で、俺の息遣いだけがこだまする。


「……転移魔法」


 小さく呟き、詠唱を口にする。幸いにも、魔法は封じられていなかった。俺の周囲に風が巻き起こると、再び図書館の空気が肌に触れた。


 おそらく——あの部屋の中に、連れの女に掛けられたものや特定の属性魔法を封じる古代魔法の一端があるだろう。だが、触れてはならないものだと直感的に感じてしまった。書物が存在するということは、まだ誰かが、あの魔法を再現できるということでもある。


 あの場所を魔王が知っていたら、人間の知恵など借りずにあの魔法を発動させただろうし。


「目当ての本は、見つかりましたか?」


 背後から、柔らかい声がした。振り向くと、いつの間にか管理人が立っていた。淡い笑みを浮かべているが、その目は笑っているように見えなかった。おそらく、今の俺が少し疑心暗鬼になっているだけだろう。


「あの、つかぬ事をお聞きしますが、この図書館にある古代魔法の本ってあの棚の下段に置かれているものだけですよね?」

「はい。そうです」

「ありがとうございます」


 どうやら、管理人はあの部屋の存在を知らないらしい。てっきり、あれらの書物は撤去されたか、少なくとも一般公開されていない機密文書、つまり閲覧制限のかけられたものだと思っていたのだが。


 それにしては、部屋の中は埃ひとつ積もっていなかった。まるで、最近誰かが手入れをしていたかのように。


「……あの、この本って、誰が書いたか分かります?」


 俺は咄嗟に『全属性に対する対魔法耐性を持った建造物の建築』を手に取り、管理人に見せた。


「ダイヤモンド帝国の城のことでしょうか?あの城が建ったのは、確か今から千三百年以上前だと歴史書に記されております。ですから、もしその建築に携わった方がいたとしても……すでにお亡くなりになっているかと」

「……そうですよね」


 当たり前だ。ここまで正確にデザインが書かれているということは、これを描いた人物は、おそらくダイヤモンド帝国の城を築いた者だ。とっくにこの世にはいないことくらい分かっている。


 それにしても千三百年前以上前となると、ユーカの前の魔王すらまだ君臨していない時代の可能性もあるな。ということは魔王城よりも前に建築されたものというわけか。


「ありがとうございました」


 俺が礼を言うと、管理人は軽く頭を下げ、何事もなかったように別の棚の整理を始めた。


 結局、古代魔法を調べて俺が得たものは、希望ではなく——絶望だった。これではユーカを助けるどころか、ユーカを責める結果になってしまう。


 俺が出来ることは術者を殺すことだけだ。それが最も早く、確実な方法である。だが、あの時——女に接触できたのは、ブラッドウルフだけだった。古代魔法を使える魔族などいるはずがない。いるとすれば、人間の記憶を持つ魔族か……あるいは、人間の協力者だ。


 野放しにしていたが、ダンジョン攻略の時、紫龍が傍にいながら『周囲に魔族はいない』と言い放った男。奴は魔族と何らかの関係があると見ていいはずだ。


 魔族を見逃すはずのない冒険者が、魔族を見逃した理由。それを解決の糸口にするしか、今は人間側の協力者の見当がつかない。


 まだダンジョン攻略から日が経っていない。この帝都に奴がいるはずだ。俺は図書館を後にした。

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