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63話

 俺は紫龍の元に戻ると、冗談めいた口調で言った。


「アメリアさん、冷や冷やしましたよ……ダイヤモンド皇帝に向かって」

「ムカついたから言っただけなのじゃ。それより、何を言ったのじゃ?」

「ポーション代を請求しただけですよ。私があの場で使ったのは上級回復魔法相当の治癒草から作られたポーション。一つでおよそ金貨数十枚の価値はありますから」

「そうだったのじゃな、何はともあれ、我はこれから寄るところがあるのじゃ。それでは」


 紫龍もダンジョンに掛けられていた魔法に関して気になっているのだろう。概ね、この後の紫龍の予定は、図書館に行って、あの魔法についての記述がある魔導書を探しに行くといった所か。


 ダイヤモンド帝国は人間の領地の中でも最大規模を誇る大国である。ゆえに、他国ではまずお目にかかれないような貴重な魔導書が保管されているはずだ。もしその中に、今回のダンジョンで用いられていた魔法の記述があるのなら、俺たちが無知だったという話で終わる。魔王が使っていても不思議ではない。


 俺も最初は図書館に行こうとしていたが、紫龍と被るのなら、別のアプローチを考えるのが先決だ。


 俺は、あの魔法を見た時に感じていた、セネトを拘束した魔道具と似ているという切り口から調査を進めることにした。調査と言っても、魔道具を取り扱っている店を回るくらいである。


『マジックバッグ、金貨百五十枚」


 値札を見て思わず眉をひそめる。今使っているものは、十七年前——フウとして冒険者を始めると決めた時に買ったものだ。治癒草を売って、なんとか資金を工面したのを覚えている。だが、あの頃はここまで高くなかったはずだ。まあ、こうした希少品は時期によって価格が上下するものだ。今は高騰期なのだろう。


 しかし、どの店を巡っても並んでいるのは、いわゆる量産型ばかり。セネトを拘束した、あの異様な魔道具と同じものは一つも見つからなかった。あの魔道具の製作者を突き止めれば、ダンジョンの仕組みも解けると思っていたが、どうやら、考えが甘かったらしい。


 そもそも、セネトを拘束したのはもう三百年以上前の話である。今も尚使われているならまだしも、あの魔道具をあの時以外に見たことは無かった。


 俺はそれでも諦めずに、何軒目かの魔道具屋に訪れようとしたとき、紫龍が歩いているのを遠目から見つけた。隣には百八十センチくらいの男が歩いている。顔を隠すように布を被っているが、その強者のオーラは隠せていない。


 驚いた。まさかホワイトドラゴンと紫龍が邂逅していたとは——。俺の索敵魔法ではホワイトドラゴンは検知できなかった。あの時は俺の索敵魔法範囲外にいたという結論を出したが、会えたのならそれでよい。


 紫龍がギルドで言っていた、『寄るところ』とは、ホワイトドラゴンと落ち合う場所のことだったのか。


 二人は談笑しながら魔道具屋に入っていった。ホワイトドラゴンの擬態用の魔道具でも買うつもりだろうか。擬態の魔道具は、一度擬態してしまうとずっと同じものにしか擬態できない。アイツは翼が生えてしまっているから、人間の地で過ごすには、隠す必要があるが、あの大きな翼を隠すのは難しい。どうせ今は、無理やりしまっているところだろう。


 それにしても、ホワイトドラゴンが人間の地にいるというのはどういうことだろうか?てっきりまだ四天王をしていると思っていたが、これでは魔王を裏切る行為に等しい。


 いや、そもそもアイツにはおかしな点があった。落石から冒険者を助けたこと、あの場から戦線離脱をしたこと。考えてみれば、魔王様の命令を順守する奴がとる行動ではなかった。その疑問はずっと感じていたが、納得できる答えが出せなかった。


 だが、今その理由がようやくわかった気がする。奴は、もう四天王ではない。そうでなければ、人間に擬態する為の魔道具をわざわざ買う必要が無いし、元魔王とはいえ人間に味方している紫龍と交流するはずがない。


 しかしホワイトドラゴンほどの魔族が、自ら四天王の座を降りるなど考えにくい。あいつは、四天王という地位に誇りを持っていた。それは、四天王に与えられる名誉や権力ではなく、『魔王の盾である』という責務そのものに、だ。

 では逆に、魔王がホワイトドラゴンを四天王から外したのだろうか?確かに、魔王には絶対的な権限がある。魔王が望めば、四天王の座など容易く消し飛ぶだろう。だが、ホワイトドラゴンを追放する理由などあるだろうか?


 奴は魔法こそ使えないが、その肉体と剣術は他の追随を許さない。魔王の次に強い存在とまで言われた奴を簡単に切り捨てられるはずがない。態度も真摯で、魔王を敬っていた。忠誠心や人望も厚く、粗暴さもない。加えて、単なる力自慢ではなく、戦場での判断力もある程度は備えている。


 ……ならば、何があった?

 俺は気配を消すように隠密魔法を展開し、二人の後を追った。


「マジックバッグ……金貨百五十枚?」

「魔道具の作り手が減ってるからね。高騰は避けられないのさ」


 奥からいくつかのマジックバッグを取り出す店員。その横で、ホワイトドラゴンがわずかに眉をひそめていた。そもそもホワイトドラゴンはマジックバッグを持っている。腰に付けているウエストポーチ型のものだ。昔大事な人から貰ったとかで、それをずっと身に着けている。今更別のマジックバッグを求めているはずがない。


 まぁ、冒険者の殆どが魔道具屋で買い求めているのはマジックバッグであるから、店員が勧めるのも無理はないが。


「お主はどれほど持ち合わせておる?」

「金貨二十枚程です。これは以前、頂いたものですから」

「ここにある品はどれも百枚以上するな……」


 魔道具の高騰は、やはりどの店でも同じだった。


「そのウエストポーチ、かなりの逸品だね」


 その時だった。奥のカウンターから、年老いた男がゆっくりと姿を現した。おそらくこの店の店長だろう。その男は、ホワイトドラゴンの腰にあるウエストポーチが魔道具であることを見抜くと、ゆっくりと歩を進める。


「これは、頂き物ですので」


 ホワイトドラゴンは短くそう答える。老人はうなずき、わずかに目を細めた。


「いや、売ってほしいと言っているわけじゃない。大切に使うことだ」


 その声には妙な重みがあった。何かを察したようにも、あるいは、過去に同じ品を見たことがあるようにも聞こえた。大事な人から貰った品とは聞いていたが、そこらのマジックバッグと何か違いがあるのだろうか?


 確かに、他のマジックバッグとは装飾が少し違う。ホワイトドラゴンの持つそのウエストポーチには、六つの宝石が嵌め込まれていて、それらは主張が激しいわけでもなく、存在感があるわけでもないのに、吸い込まれるような輝きを放っている。


 だが、普通のマジックバッグだって、高級感溢れる牛革の物や、軽量を意識した麻布など、様々な素材の物があり、貴族向けには宝石があしらったものもある。別にホワイトドラゴンのマジックバッグが特段目新しいかと言われるとそういうわけでもない。


 そんな店長とのやり取りに対し、若い店員は明らかに居心地悪そうに二人を見ている。有り金では到底買えぬと分かった客に、早く出て行ってほしいという空気を隠しもしていない。


 そして二人が店を出た後、若い店員が店長に聞いた。


「店長、あのウエストポーチ、そんなに凄いんですか?」

「あのマジックバッグはな……今では金貨数十万枚とも言われる、大昔の魔道具職人が作った品に非常によく似ているんだ。手に入れれば間違いなく億万長者になれるだろう。だが当人はあまり乗り気ではなかったようだがね」


 金貨数十万枚。一般的な職に就いている奴よりも、断然金を持っているSランク冒険者でもそこまでの金を持っている者は稀だ。せいぜい金貨数千枚から一万枚程度が相場だろう。


「ふーん。それが手に入れば億万長者か。三人もいれば簡単に奪えそうでしたけどね」

「そんなわけなかろう。あんなものを悠長に身に着けているってことは、奴も相当手慣れてる可能性があるぞ」

「大丈夫です。俺の初級鑑定魔法では、奴の魔力量はたった十九と出ていましたから」


 初級鑑定魔法では魔力量程度しか分からない。ここで帝王級の高位鑑定でも使われれば、奴らが魔族であることが露見してしまっただろう。確かに裏でブツブツと言っていたが、それは鑑定魔法の詠唱だったとはな。


「魔力量十九だと?そんな魔法の才でダイヤモンド帝国に入れるものか?まぁ、どこかの貴族の連れなら通されるだろうが」

「ああ、最近、ガーネットやアメシストから王族が来ているって噂があったんで、もしかしたらその連れかもしれませんね」

「確かに、女の方は紫髪だ。アメシスト出身だろう。だが、王族の連れを襲うっていうのは大丈夫なものか?」

「大丈夫ですよ。おそらくお世話係のようなものでしょうし、もし本当に王族なら、もっと護衛がつきますって」

「世話係にあんな高価なものを持たせるなんて、金持ちは何を考えているのやら。だが、——あのマジックバッグが手に入るなら手に入れたい。魔道具の高騰で赤字続きだからな。ここで一発、貴族にあのマジックバッグを高く売りつければ——億万長者だ」

「はい!」


 物騒なことをぺらぺらと話してくれてありがとう。まぁ、ホワイトドラゴンなら三人いようが百人いようが、負けることはまず無いだろうから心配することは無い。


 二人の会話が終わると、俺は足早に城へと向かった。あの二人が無事にユーカのもとへ辿り着いていればいいが。


 俺は隠密魔法を掛けたまま、風属性の魔法でそっと飛行して小窓を覗き込む。そこには紫龍とホワイトドラゴンが並んで座っていた。どうやら、俺が魔道具屋の店員たちの怪しい会話に気を取られている間に、大方の話は終わっていたようだ。ホワイトドラゴンは、ユーカが魔王様の生まれ変わりだと納得したようで、その目は忠誠心に溢れていた。


「吸血鬼を明日にもここに連れてきましょう。吸血鬼も分かってくれるはずです」

「申し訳ない」

「いえ。あの時、勇者パーティーを止められなかったことをずっと悔いていましたから、恩返しをさせてください」


 ホワイトドラゴンはそう言って、ゆっくりとユーカの方を見た。


 ——奴は、最後の最後まで魔王様の命に従っていた。魔王様が、俺らを安全な場所に送り、魔王城に一人残ると言った時、それに従ったのは奴だけだった。それでも、本心は、俺らと一緒で、魔王城に残りたかったのだろう。


 あの時の俺はそんな気持ちも知らないでホワイトドラゴンを恨んでいた。幾ら、魔王様がそう言っているからと言って、素直に従うわけないだろうと。


 でも奴も、俺と同じで本当は魔王様を失ったことを後悔していたんだ。そう思うと、あの時、俺の前に立ちはだかったホワイトドラゴンを、もう恨むことなどできなくなっていた。


「そういえば、人里ではホワイトドラゴンと呼ぶのはあまりよろしくないのではないですか? 私のことはツキとお呼びください。昔の名です。故郷ではそう呼ばれていました。四天王になれる者だけがホワイトドラゴンを名乗る資格を持つ、それが掟なので、今の私には名乗る資格はありませんから」

「分かった。それではツキ、頼んだぞ」

「はい」


 ホワイトドラゴンはそう言うと、ゆっくりと包帯をほどいた。押さえつけられていた翼が解放され、白く美しい翼が月光を受けて淡く輝く。その光の中で、一部だけが赤黒く染まっているのが見えた。


「怪我をしているじゃないか。大丈夫なのか?そんな翼で」

「っ、それは……」


 こういう時の奴は、大抵大丈夫じゃないくせに「大丈夫」と言う。それは仲間に心配をかけまいとする、奴なりの不器用な優しさだ。けれど、そんな嘘を見抜けない魔王様ではなかった。


 魔王様は、周りの事をよく見ている。でも、それでいて自分の事はどうでもいいと思っている。仲間の為なら自分が傷つくのを躊躇わない。

 ——セネトもそうだった。村の奴らに仲間外れにされていても、平気そうなふりをして、誤魔化しているだけで、本当はとても弱いのに……。


 俺はまた魔王様とセネトを重ねてしまった。ユーカの髪型がセネトに似ていたからか?俺は、ホワイトドラゴンと魔王様のやり取りを見ながら、密かに胸の奥にある痛みを覚えていた。

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