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62話

「——っ。ありがとうございます。あとでお礼を言っておきますね」


 俺は慌てて寝床へ戻った。

 アメシストの冒険者パーティーで闇属性を使っていたのは、休憩中に収納魔法で皆の食料を取り出していた冒険者くらいしか思いつかない。だが、奴が魔族に通じている──そんな単純な構図に、どこか釈然としないものが残る。


 そもそも、人間側を裏切って魔族側につくことに何の得があるのだろうか。人間が魔族と利害関係を結ぶなど、通常はありえない。


 例えば——大切な誰かが人質に取られているなどの切迫した事情があれば、魔族に手を貸すこともあるだろう。寧ろそれくらいでなくては、人間にメリットは無いと言っても過言ではない。


 勿論、あの冒険者が擬態した魔族の可能性も考えた。しかし、もし本当に擬態していれば、長い間一緒に行動しているはずのパーティーメンバーが気付かないものだろうか?


 俺は高位の鑑定魔法を使う。結果は——皆、紛れもない人間だ。もしこの冒険者が俺と同様に神話級の擬態魔法でステータスまで偽造しているのなら、俺にそれを見破ることはできない。


 ただ、長年、人間の地で暮らしている俺はともかく、魔族が急に人間に擬態すれば紫龍のように人間の常識から外れたことをしてしまうだろうし、どこかでボロが出るはずだ。だが、このダンジョン攻略中、そのような仕草は見受けられなかった。


 今言えることは、この冒険者が索敵魔法で周囲を索敵したこと、紫龍という魔族が居たにもかかわらず、誰にもそれを報告しなかったことに過ぎない。


 勿論、この周囲に紫龍以外の魔族の姿はないというは俺の索敵魔法でも確認済みである。よって、他の魔族が冒険者の周囲を取り囲み、襲撃するということは無さそうだ。ということは、敢えて紫龍を見逃したということの裏返しで、それをする理由がどこかにあるのだろう。紫龍とは面識があるわけではなさそうだったしな。


 ユーカの邪魔になるような動きがあれば、あの冒険者を追い詰めればいい。だが、今はまだ泳がせておき、少しでも多くの情報を手に入れるのが先決だろう。今の時点では、特に害はないしな。


 俺はふと、今回のダンジョン攻略のことについて考えていた。ここにホワイトドラゴンを配置するということは、魔王にとってはここで何としてでも冒険者を殺したいはず。しかし結果的には誰も死んでいないし、ホワイトドラゴンは途中で逃げ出している。ダイヤモンド帝国の守りは堅いと言われているし、あるとすれば、アメシストの時のように他の国が魔族によって壊滅的な状況に陥っているくらいだが、ガーネットを襲った目的もわからないままでは、どこの国を攻めようとしているかも分からない。


 俺はその時、一瞬思考を止めた。

 ホワイトドラゴンが途中で逃げ出した?


 俺は何故、その光景に対して疑問を抱かなかったのだろう。アイツが冒険者を助けた時は違和感を抱いたのに。奴は魔王に対して忠義の篤い奴である。その為、どんな魔王であろうとも必ず命令を順守する。


 つまり、もし魔王が、冒険者を殺すよう命じていたのならば、奴は自分が倒れるまで冒険者の相手をしていたはずだ。それを裏付けるように、崩落前までは、そう命じられていたかのように、冒険者の命を狩る動きをしていた。


 行動が変わったのは、ダンジョンが崩落した後である。あの崩落が何か関わっていたに違いない。だが、崩落したことと、奴の行動が変わることにどんなつながりがあるというのだろう。


 例えば、あのダンジョンその物が大きな魔道具だとすれば、その魔道具が破壊されて、効果を失った——とか。


 だが、問題は魔道具の出自だ。人間の産物であるはずの魔道具の作り方を魔族側で知っている奴がいるのだろうか。例えば、人間が魔族に教えるとかくらいしか考えられないが——。


 ふと俺は自分の中に眠るフウの記憶について思い出す。俺は魔族でありながら人間の記憶を持っている。ということは俺以外にもそういう魔族が居てもおかしくない。その中に魔道具を作っていた人間の記憶を持っていたとしたら?


 これは調べる必要がありそうだ。


 俺がそう奮起した時、紫龍がのこのこと帰ってきたので、俺は寝たふりをした。俺が魔族を索敵した時、ホワイトドラゴンは見つけられなかった。つまり、紫龍はホワイトドラゴンに会えていない。奴に話して吸血鬼とコンタクトを取るはずだったのだろうが、それは空振りだ。


 そして気付けば朝になっていた。どうやら俺は寝たふりをしていたはずなのに、寝てしまっていたらしい。



「おはようございます。アメリアさん、ありがとうございます。この通り、元気になりました」

「まぁ、お主が居なければ、我もあの場で切り殺されていたかもしれんからな」

「それでは今から帝都へ向かいます!みなさん、集まってください」

「あの化け物を探して討伐すべきか迷ったが、早朝に現場へ戻ったところ、気配は完全に消えていた。化け物は逃げたものと判断した。追ったところで我々には何もできない。この件はもう一度体制を整えてから行うべきと判断した」


 俺が寝ている間に何とも行動の速い冒険者たちだ。昨日の事があるというのに、危険を顧みず、向かったというのだから。


「それでは……——転移魔法!」


 一瞬でダイヤモンド帝国中央ギルドに戻ると、冒険者たちは生きていることの喜びか、感極まって泣いている者もいた。確かにあの絶望な場面からよく全員生きて戻ってこれたと思う。


「とりあえず、皆が無事でよかったよ。あの場では死にかけたが……間一髪で急所を外していたからな」


 俺の闇属性の魔法で冒険者を少し操っていたとは言えない。


 そんな安堵の空気を切り裂くかのように、ギルドの扉が軋みを立てて開いた。その瞬間、冒険者たちは皆、口を閉ざし、頭を下げていた。


「皇帝陛下……なぜ、ここに」


 コイツが皇帝陛下か。薄ら目でそちらを見やると、重苦しい気配と皇帝を名乗るに足る気迫が空気を震わせていた。俺は皇帝と呼ばれた奴に対して無意識に鑑定魔法をしていた。


 風・水・闇属性、魔力量九十八──。


 その数値を見て、脳裏にあのとき対峙した勇者パーティーの姿が鮮明に蘇った。男三人、女二人の計五人で構成された勇者パーティー。


 あのときまでは、俺は勇者パーティーを勝手にSランクパーティーに毛が生えた程度だと侮っていた。確かに、勇者以外の連中は精鋭ではあるが、主に補助に回る者が多く、積極的に前に出て戦いを仕掛けてこなかった。


 だが、俺はそんな勇者一人に瞬殺されて終わった。目の前が真っ黒になるとはこのことなのだろう。俺は手も足も出ずに、魔法を食らった。魔族は魔石さえ守れれば死ぬことは無い。間一髪で死は免れたが、次魔法を浴びれば死を覚悟していた。


 そんな時、吸血鬼が転移魔法で転移し、俺を助けたのだ。吸血鬼が来なければ確実に俺は死んでいただろう。奴の回復魔法と転移魔法が、ギリギリのところで俺を救ってくれたのだ。そんな昔の事を思い出していると、目の前の皇帝は話を続けた。


「魔石は?ダンジョンの主の魔石は手に入ったのでしょうな」

「そ、それが逃亡されまして」


 ヘスが答えた瞬間、彼の身体が壁に叩きつけられた。皇帝がヘスの身体を薙ぎ払ったのだ。


「逃亡だと?私が依頼したのは、ダンジョンの主の討伐と魔石の確保。討伐も果たせず、ノコノコと帰ってきたというのか」

「ですが、こうして皆が無事に——いえ、何でもありません」

「そうだ。お前たちは依頼を果たしていない。ならば、今すぐ戻り討伐せよ」

「くっ……」


 ヘスは苦悶の色を浮かべたまま、口を閉ざしていた。あの場で生き延びられたのは、ただの幸運に過ぎない。討伐など夢物語に等しいと、奴も悟っていたのだろう。無理もない。ホワイトドラゴンに勝利するには、結局のところ、あの時奴に勝った勇者を呼ぶしかないのだから。


 だが、その勇者はもういないだろう。かつて俺を瞬殺した勇者は、すでに死んでいるはずだ。もし生きていたのなら、魔王が現れた時点で必ず話題に上がっているだろうし、どこかで噂にはなっているはずだ。しかし、勇者の名が囁かれることもなく、一部では死んだと言われている。つまり、今から奴を倒すには、まだ生まれていない新しい勇者候補を探すしかないのだ。


「無理じゃ。あれは勇者クラスの者でなければ倒せぬ。剣を持つ魔族、たまたま運が良かっただけで、次はないのじゃ」


 すると、俺の隣にいた紫龍が、何の迷いもなく顔を上げて真っ向から意見をぶつけた。場の空気が張り詰める。


 こいつ、正気か? 


 紫龍とユーカ達は、今まさにダイヤモンド帝国の城に身を寄せている立場だ。ここで無用に皇帝から反感を買えば、矛先がユーカに向かうことは容易に想像できる。いや、想像できないはずがないのに、こいつは何を考えている?


 血の気が引くのを感じながら、俺は紫龍の横顔を盗み見た。無邪気なほど真剣な表情である。


「剣を持つ……魔族だと?」


 皇帝の声は低く震えていた。怒号が飛ぶと構えていた俺は、その反応の予想外さに思わず眉をひそめる。そこにあったのは押し殺したような震えであった。俺はそんな皇帝の挙動に違和感を覚えずにはいられなかった。


 そもそも、ホワイトドラゴンと人間が交わる機会など滅多にない。加えて、ホワイトドラゴンの中でも異端な奴の戦闘スタイルは、一度見れば誰もが記憶に焼き付くであろう。だが、人間と戦うなんてことは殆ど無かった。俺が知る限り、奴と人間が戦ったのは、十七年前、勇者パーティーとの戦いが最後のはずである。


「ヘス、それは本当か?」

「はい。人の姿をしながら、翼を持ち、魔法ではなく、常軌を逸したスピードで剣を振っておりました」

「ははははは!」


 次の瞬間、皇帝が狂気じみた笑い声を上げた。ギルドの床が震えるほどの声量に、誰もが息を飲んだ。


「そうか、そうか……。まさかそんな隠し玉を置いていたとはなッ。いいか、貴様ら。剣を持つ魔族を討ち取るまで、誰一人として帝都に戻ることは許さん!」


 やはり皇帝の反応は、ホワイトドラゴンの強さを知る者のそれだった。あの畏れと震えは、誰かから奴の情報を聞いた程度で出せるものではない。


 俺がまだ四天王として魔王に仕えていた頃を思い出す。ホワイトドラゴンは魔族としても異質な存在だった。誰が剣を使う魔族なんて知っているだろうか?元来、ホワイトドラゴンという種においては土と光属性に適性を持ち、非常に高い魔力量を誇っているものだ。


 だが、奴には魔法の才は一切なかった。それでも奴は努力し続けて、体術と剣術を身に着けた。その力は魔王の次に並び立つほどで、他の四天王ですら容易には敵わない領域にいる。あの頃、奴はまさしく切り札、いや、隠し玉と呼ぶべき存在だったのだ。


 その強さを知る俺だからこそ分かる。皇帝の声の震えは恐怖が混じっている。ホワイトドラゴンと正面から対峙するということが、どういう意味を持つのかを理解している者の声だ。


「ですが……あまりにも力の差がありまして」

「ポーションで何とか生き延びたんです、あれは正真正銘四天王かと」

「関係ない、討伐せよ」


 俺は静かに息を整えながら、皇帝を見据えた。十七年前、勇者パーティーに敗れた記憶が、胸の奥を鈍く抉る。あの時、人間ごときに負けるはずが無いと高を括っていた自分が、一瞬で打ち砕かれた屈辱。


 勇者は死んでいたとしても、当時の勇者パーティーが生きていてもおかしくはない。人間は短命といえど、当時十代後半ならば、まだ三十代であり、生きていてもおかしくはない。この皇帝の異様な魔力量、魔法適性。ホワイトドラゴンのことを知っているような口ぶり。間違いない、勇者パーティーの生き残りに違いない。おそらく擬態魔法で姿を変えているのだろう、そうすれば、人々が元勇者パーティーだと疑わないはずだ。


 石造りの広間に、俺の足音だけが重く響く。近づくごとに、皇帝の纏う気配がより鮮烈に肌を刺した。


 勇者パーティーの一人。

 俺の直感が、冷たく告げていた。こいつが、魔王様を討伐したパーティーの一人……。


「それならお前も一緒に行けばどうだ? そのステータス、並の冒険者ではないだろう?」


 皇帝の顔は青ざめる。

 何度見ても、ホワイトドラゴンと一戦交えて、その強さを知っている顔である。


「今の発言を撤回し、追ってまた連絡する」


 皇帝は背を向け、影を引きずるようにして足早に去っていった。俺はその姿を睨みつけた。これで皇帝は、きっと俺を怪しむだろう。だが、それでいい。紫龍の軽率な言葉も、この場では帳消しになったはずだ。俺に矛先が向いたのだから。俺がどれだけ罪を背負おうとも構わない。俺にとっては、ユーカを守り抜くことの方が重要だ。


 ユーカの顔を思い浮かべるたび、胸の奥が締めつけられた。人間と魔族。本来なら交わってはいけないはずの存在だ。


 もし俺が紫龍の立場に立てたなら。堂々と彼女の隣に居られたなら。そんな思いが頭をよぎるたび、心の奥底で自分の存在を恨んだ。


 冒険者フウでいられる限りは、ただの人間として壁なく接することが出来る。けれど、それは仮初の姿に過ぎない。俺が魔族であるという事実は、消しようもなく背に貼り付いている。いつかバレたら、ユーカに迷惑が掛かる、俺は紫龍ほどお気楽な性格じゃない。いつかどこかで、失われるなら、最初から遠くで見ていることを選ぶタイプだ。


 セネトの時も、そうだった。俺が人間であれば、違う未来を歩めたのだろうか。違う選択をして、違う結末にたどり着けたのだろうか。


 どうして俺は魔族なんだろう。魔王様が死んだときに、俺も一緒に死ねばよかった。そうすれば、魔王様みたいに人間に転生できたのだろうか?

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