表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/79

61話

「みんなっ」


 気付けば、冒険者たちは無残にも散っていき、ことごとく動かなくなっていた。ホワイトドラゴンは容赦なく致命傷を与えられる剣裁きで冒険者たちを圧倒していた。


 正直、俺のカバーが無ければ今頃皆、両断されていただろう。辛うじて息はあると思うが、大量に血を流している者もいれば、四肢がありえぬ方向に折れ曲がっている者もいる。すぐにでも回復のポーションを渡さなくてはいずれ死ぬだろう。だが、これが今できる俺の精一杯の力だった。


「フウ……どうすればよい? このままじゃ……」

「正直、あれを倒すのは並の冒険者じゃ不可能でしょうね」

「でも、こうしている間にも、ホワイトドラゴンが」


 今残されているのは、俺、紫龍、Bランクの二人だ。だが、二人はこの凄惨たる状況を見て、気絶したようで、床に突っ伏してしまっていた。つまり、戦えるのは紫龍と俺だけである。——とはいえ、俺と紫龍の二人で本当に奴を倒せるのだろうか。


「アメリアさん、そこの冒険者たちにこのポーションを。ところどころ傷は深いですが、まだ息があるはずです」

「分かったのじゃ」


 俺はなりふり構わず収納魔法を使い、上級回復相当のポーションを取り出した。マジックバッグよりも、こちらの方が速く目的の物を取り出せる。一刻も早く冒険者たちに渡すにはこうするしかなかった。


 紫龍に正体が露見する可能性もあるが、今はただ、目の前の冒険者たちを守るのが先である。魔族が人間を殺すから、人間が魔族を殺す。その連鎖を断ち切るには、どちらかが辞めるしかない。魔王様が三百年もの間、貫き通した信念だ。魔王様が死んだ後、俺は魔王様が望んだ理想郷を作るために冒険者になった。ここで死なせてどうするのだ。


 決意を胸に刻み、俺はホワイトドラゴンへと駆け出す。収納魔法から引き抜いた剣を強く握りしめた。しかし剣なんて殆ど扱ったことは無い。四天王時代に一度だけホワイトドラゴンに剣で挑んでみたことはあるが、その時は一瞬で決着がついてしまったし、俺には魔法があるからそれ以降、わざわざ剣を抜くこともなかった。


 だが、ホワイトドラゴンを倒すには、これが一番であると思っていた。まずアイツに魔法は当たらない。接近すれば剣で薙ぎ払われる為、自ずと魔法を放つ際に距離を取ってしまう。それ故、魔法を放った後、着弾するまでのわずかな時間で奴は全て避けてしまうのだ。


 俺は慣れない剣に力を込めた。すると、俺の中に眠っていたフウの記憶が甦るように、懐かしい感覚になる。


 記憶の中に居るフウは魔法に秀でていなかった。だからこそ、剣を手にし、少しでも魔族との対抗手段を持とうとしていた。その姿は皮肉にも、魔力の乏しさゆえに肉体を磨き上げたホワイトドラゴンと重なっている。


 剣を握る感覚、踏み込み、振り方。全てが身体に刻み込まれているように、俺の身体はホワイトドラゴンに接近していた。俺がホワイトドラゴンに剣で挑んだ時とは比べ物にならないほど、俺の構えは様になっていた。


「くっ……」


 俺は剣を交えた。凄まじい衝撃が腕を痺れさせる。並の冒険者であれば、一太刀受けただけで体ごと吹き飛ばされているかもしれない。それほど、ホワイトドラゴンの斬撃は重たかった。


 ホワイトドラゴンの身体は魔法耐性もありながら物理耐性も高い。それこそが、この種の強みであり、恐ろしさだった。おそらく種全体で見れば、魔族最強と言っても過言ではない。


 とにかく、今は時間稼ぎをするしかない。紫龍が無事、冒険者たちにポーションを配り終えるまでは、俺が倒れてはいけないのだ。


 俺は剣を振りかざし、幾度も打ち込む。金属音が混じり合うが、俺の方が若干押され気味である。そもそも奴とは肉付きから違う、単純な力比べで俺が勝てるわけがない。


 ホワイトドラゴンは焦点の定まらない、虚ろな瞳でこちらを見据えていた。そこには理性も闘志も感じない、ただ空っぽで冷たい眼差しだった。


「お前、本当に強いなッ」

「……」

「風属性がつかえたら、小回りも出来るんだけどな」


 俺はちらりと紫龍の方へ視線をやった。どうやら無事にポーションを配り終えたらしい。これで、ひとまず冒険者たちが死ぬことだけは避けられただろうか。すると紫龍はこちらを見て、手を突き出した。


「水いっぱいなのじゃ!!!」


 どういう詠唱だ……? 


 紫龍の口から出た言葉は、詠唱とは言えぬものだった。人間が魔法を発動させるためには詠唱が必要不可欠であるということは知っているようだ、しかしあれではカモフラージュにすらならない。


 だが、そんなものに気を取られている余裕などなかった。ホワイトドラゴンが振り下ろす重たい一撃が、容赦なく俺を襲う。全身が砕かれるような圧に押し負けながら、それでも俺は剣を握りしめた。


 このダンジョンから抜け出せるかは分からない。ただ、来た道が無くなっている状態を踏まえると、崩落した広場に戻ったところで、待っているのは壁だけだろう。


 するとポーションで辛うじて命を繋ぎとめた冒険者たちが、次々と魔法を放ち始めた。火炎、氷柱、土壁——。だがホワイトドラゴンはその全てを華麗に舞うように躱し、悠然と立っていた。


 魔法を使わず、ただ純粋な身体能力だけで避けている。その現実が、冒険者たちの絶望をさらに濃くしている。魔法を奴に当てるには、もっと魔法を一度に発動しなくてはならないのだ。


 例えば、百個同時に魔法を発動すれば、おそらく一つや二つは当たるだろう。だが、現状、それが可能なのは魔王や勇者といった規格外の魔力を持っている奴だけだ。


 ここにいる全員が息を合わせて打ったところで、詠唱から魔法が発動するまでの時間は個人差がある。つまりほんの少しのずれが出てしまう。そのずれがある限り、奴は全て避けられるのだ。


 その時、紫龍がついにBランク冒険者という皮を脱ぎ捨て、神話級魔法を次々と放っていく。水で作られた渦がダンジョン全体を震わす。だが、その軌道はホワイトドラゴンなどではなく、壁や崩落した部分をさらに破壊していくばかりだった。


「おい、どこ撃ってるんだ!? って……」


 壁に走った亀裂は瞬く間に崩落した階層の上にある天井へと広がり、鈍い轟音が狭い空間を満たしていく。石が悲鳴を上げるように軋み、次の瞬間、巨大な岩塊がいくつも崩れ落ちていった。


 その真下には、まだ意識を取り戻していない者たちがいた。俺は血の気が引くのを感じた。あのままでは、彼らは潰されるだろう。だが、風属性の魔法が使えないこの場所で、今から落下地点に居る冒険者を救うことは不可能だ。


「危ないっ!」


 誰もが間に合わないと悟り、息を呑んだその瞬間だった。俺の目の前にいたはずの、ホワイトドラゴンは閃光のごとく動いた。敵意をこちらに向けていたはずの奴が、崩れ落ちる岩の方へと飛び込む。


 そして次の刹那、見えないほどの斬撃を放つと、轟音と共に岩塊が粉々に砕け散った。散弾のように飛び散った破片が地面を叩き、粉塵が視界を覆っていく。


「ゲホッ、ゲホッ」

「魔族が、人間を助けた?」

「まさか、自分の手で殺すために、助けたのか?」


 崩れ落ちた天井の裂け目から、わずかに光が差し込んでいた。粉塵で白くなった空間の中で、その一筋の光だけがやけに鮮明に揺らめいている。紫龍が無造作に放った魔法が、思わぬ形で道を開けたのだろう。


 次の瞬間、ホワイトドラゴンは轟音とともに圧倒的な風圧を撒き散らして飛翔した。その風圧であたりの粉塵が晴れる。奴は、天井の裂け目へ一直線に駆け上がり、空高くどこかへと行ってしまった。翼があれば、外に出ることは出来そうだ。風属性の魔法が使えれば飛ぶことだって容易いのに。


「助かったのか?」

「う、うおおおおおっ!!!」


 歓声が広がった。誰もが安堵に酔いしれている。だが俺の脳内を占めるのは、喜びよりもむしろ疲労だった。まるで体の芯から力が抜けていくようだった。本当にこれで終わったのだろうか。


 最後に奴は、なぜ冒険者を救ったのか。少なくとも、あんな眼をしたホワイトドラゴンは見たことが無かった。だが、あそこまで敵意をむき出しにした奴が、岩の下敷きになる冒険者を守るような行動をした理屈が分からない。


「どうして……」


 俺は地面に剣を突き刺すと、ホワイトドラゴンとの戦いで感じた無力さを痛感した。今回はたまたまホワイトドラゴンが逃げただけで、勝ったわけじゃない。これからも奴が敵として現れるのなら、脅威になりかねない。


「フウ、お主、結構強かったのじゃな」

「そんなことはありませんよ。アメリアさんも、我々が落ちて、壊れた天井に向かって魔法を放ち、その上にある数層の天井まで崩すとは、なかなか豪快でした」


 どうせ、いつものようにコントロールの悪い魔法がたまたまあちこちにぶつかり、ダンジョンその物を壊しただけだ。だが、それが結果として功を奏しているのもまた事実だった。


「ま、まぁ、あの時はあれが最善だと思ったのじゃ」

「そういえば、そこの紫髪の子。戦闘中にホワイトドラゴンと口にしていたが、あれは本当にドラゴンなのか?人の姿をして翼が生えていたから、てっきりおとぎ話に出てくる吸血鬼とかの類かと思ったよ」

「し、白い翼が見えたから、一瞬そう思っただけじゃ。気にしないでほしいのじゃ」


 ヘスはそう言い残すと、他の冒険者たちのもとへ向かっていった。

 ——人の姿をとるドラゴンなど、本来あり得ないはずだ。依頼にもダンジョン攻略とだけで、ホワイトドラゴンの記載は無かったし、あれをホワイトドラゴンと断言できるのは、奴がホワイトドラゴンであると知っている元四天王や魔族くらいだ。


 だが、紫龍が思わず口を滑らせた時、辺りには倒れ伏した者たちしかいなかった。

 ヘスもあの時は瀕死に近いほどの重傷を負っていたと記憶しているが、だからといって意識がなかったというわけではない。現にこうしてヘスは紫龍の言葉を聞いているのだ。紫龍は適当に誤魔化しているが、あまり近づかない方が身のためかもしれないな。


 俺が使った収納魔法を見られていた可能性も否定できない。


 無詠唱で、しかも風と闇という二属性を自在に扱えるなど、どう考えてもBランク冒険者の枠に収まる存在ではない。それを知られた瞬間、俺の立場は崩壊する。これだけは何としても隠さなくてはならない。俺がただの冒険者でいるために。


「剣を使う魔族だなんて、聞いたことがないな」

「しかも魔法もほとんど使っていませんでしたね」

「そこの冒険者。ポーションをありがとう」


 冒険者たちは誇らしげな顔で紫龍に礼を述べていった。


「まだ少し痛むが、このダンジョンを抜けよう」


 どうやって外へ抜けるのだろうか。このダンジョン内は風属性も光属性も封じられていたはずだ。他の冒険者たちも、目を見開き唖然としていた。俺は初級の風属性の魔法を試しに発動してみる。


 ——発動した。さっきまで全く発動しなかったはずの魔法が、今は簡単に発動したのだ。


 ホワイトドラゴンが消え去ったからか? いや、奴は魔法の才に乏しい。魔力量も十九程度、せいぜい初級魔法を扱えるかどうかのレベルだ。そんな奴に、空間全体に対して魔法を行使し、維持できるはずもない。となれば、掛けていた術者が自ら諦めたということだろうか?


 それを見た風属性の冒険者は転移魔法を発動させた。風が渦を巻き、気づけば俺たちは、一瞬にしてダンジョンの外に出ていた。


 今回、転移を任されている三人のSランク冒険者たちは戦闘でかなり魔力を消費したようで、今の魔力量では、街までは戻れないようだ。それでも、あのダンジョンから一人も欠けることなく生還できている。結果としては、これ以上ないほどの僥倖と言えよう。


「今日は一旦休むか」

「大丈夫なのじゃ?」

「ああ、大丈夫だ。俺はあいつ相手に何もできなかった。化け物だ。あれはおそらく四天王だ。間違いない」

「そうですね。おそらく四天王の一人でしょう」


 アメシストの冒険者パーティーの一人がそう言った。


「今日はお休みください。見張りは私が引き受けますから」

「申し訳ないな……それでいいなら、そうさせてもらうよ」

「待つのじゃ、フウ。お主も疲れているじゃろう。我が見張りをする」


 紫龍は自ら見張りを買って出た。その意図を汲み、俺は彼に託すことにした。——おそらく、ホワイトドラゴンと対話できる機会があるとすれば、この時しかないと思ったのだろう。すでに遠くへ去った可能性は高いが、探す価値は十二分にある。


 だが、それとは別に、俺の胸には拭えぬ違和感が残っていた。あの崩落の瞬間——何故、ホワイトドラゴンは冒険者を庇ったのか。もし魔王から冒険者を討て、と命じられていたのなら、あの行為は矛盾している。あの場面において冒険者を助ける理由などどこにもないからだ。むしろ放置すれば、奴自身の目的に沿うはずだ。


「本当に、それでよいのですか?」

「ああ、問題ないのじゃ」

「……分かりました。あなたがそう言うのなら」


 俺は敢えて眠ったふりをし、紫龍の気配を探った。見張りをしていた紫龍は、俺らが寝たのを確認すると、音もなく立ち上がり、見張りの場を抜け出した。そしてそのまま闇夜に紛れて消えていった。


 ——やはり、動いたか。


 俺もそれに倣うように、静かに寝床を抜け出した。その時、わざとらしい足音が聞こえた。俺は咄嗟に振り返ると、そこにはヘスが立っていた。どうやら他の場所で見張りをしていたらしい。鋭い視線と共に、俺の方へと近づいてくる。


「どうしたんだ?」

「少し夜風に当たりたいと思いまして」

「そうか。気を付けた方がいい。まだ奴がこの辺りにいるかもしれないからな」

「索敵魔法でも使えたらいいんですけどね」


 自分でそう言っておきながら、俺は何故しなかったのだろうと後悔した。俺は慌てて索敵魔法を発動させる。静寂を切り裂くように、俺の意識は周囲へと広がっていく。もしホワイトドラゴンが近くに潜んでいれば、俺の索敵魔法に引っ掛かるはずだ。


 紫龍の反応が浮かび上がった。場所的にはダンジョン付近である。だが、肝心のホワイトドラゴンの居場所は掴めなかった。ここら辺にはもういないということだろう。


「冗談だ。他の方が索敵魔法をしてここら一帯に魔族が居ないことを確認している。そうでなければ、ここを拠点にしないだろう」


 ヘスは小さく笑った。確かに、索敵魔法で紫龍以外の魔族の反応はない。つまりヘスの言葉どおり、この地で休憩を取ると決めた時にはもうこの一帯にはいなかったのだろう。


「いわゆる、帝王級魔法にカテゴリーされる、対象指定、今回は魔族としたときの索敵魔法ですね」


 俺はハッとした。神話級の擬態魔法をまとっている俺は、索敵魔法や鑑定魔法の類では完全に人間と誤認される。見破るためには同等のランクの光属性魔法である心眼魔法が必要だ。だが、紫龍は違う。あいつの擬態は魔道具に頼ったものである。精々、外見を偽装する程度の中級か上級の擬態魔法を模倣したものだろう。


 つまり——索敵魔法や鑑定魔法を用いれば、紫龍は紛れもなく魔族として識別されるのだ。そんな中で索敵魔法を使い、ここら一帯に魔族が居ないと言い放った冒険者がいるわけがない。紫龍がいるのだから。


「誰が——確認したんですか?」

「アメシストの冒険者たちだ。何でも闇属性に秀でているとかで、すぐに索敵魔法をしてくれたよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ