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6話

 朝日が、痛いほどに眩しく、私は目が覚めた。夢の中に逃げ込んでいられる時間は、もう終わってしまったのだと、頭ではなく体の奥で悟らされたような感覚があった。目を擦りながら天井を見上げる。見慣れない装飾の梁と、無機質に光を跳ね返す石壁。そうだった。ここは、もう元の世界じゃない。


 この貸与された部屋は、やけに広く、どこか空虚だった。無駄に立派なダブルベッドの右半分にはカホが寝ている。こんな状況で眠れるはずがない、そう思っていたが、意外にも私は眠っていたようだ。


 私は昨日も通った食堂へと足を運ぶ。石畳の通路は無機質に冷たく、足音だけが反響していた。城の造りはやけに立派で、ガーネット王国が小国だという認識を改めさせる。


 朝食は、パンとスープだけ。だが空腹を満たすには充分だったし、むしろこの世界では、これが“普通”なのかもしれない。


 部屋に戻ると、まだ眠っていたカホをそっと揺り起こした。本当は、机に一言だけメモでも置いていければ良いのだが、この世界では紙は贅沢品だったことを思い出す。


 前世で四天王の一人、魔導書を何冊も抱えていた彼が、話していたことだ。魔導書は、人間族の間で広まった魔法を記した書物の事だ。かなり高価で、普通では手に入らないものらしい。


「おはよう、ユーカちゃん」


 カホが、寝ぼけた声でそう言った。


「おはよう。……私は、少し街を見たいから、外に出るね」

「うん。分かった」


 会話は、それだけだった。


 外へ出ると、肌を刺すような風が吹いていた。昨日は気づかなかった。城下町の存在も、その広がりも。その活気も今は直に感じられる。ただ、私は目立っていた。高校の制服であるからだろう、街に似つかないその服を着た私は異物でしかなかった。だが、そんな異物の存在に気づいてもなお、人々は穏やかな顔をしていた。


 彼らの表情には、幸福が滲んでいた。魔族の侵攻が続いていると聞かされたが、それはまるで、遠くの国の災厄のようにしか感じられていないのだろう。魔族領に接していないのだからそうなってしまうのは致し方無いかもしれない。


 服屋と言っても、この時代では「仕立て屋」と呼ぶのが妥当だろう。オーダーメイドの衣服ともなれば、金貨何枚なのか見当もつかない。私は街の通りをゆっくり歩きながら、できるだけ出費を抑えられる場所を探していた。かなりの額をもらってはいるものの、現状金を稼ぐ手段がない以上、使えば使うだけ無くなるのだ。


 とりあえず真っすぐ歩いていると、「古着屋」と書かれた木の看板が目に留まった。並べられた服は、どれも擦り切れてはいるが、街を歩く人々の装いによく似ている。質素ではあるが、街で浮くことは少なくともなさそうだ。懸念点としては、城への出入りには少々見劣りするかもしれないというところだが、そこは見逃してもらうしかない。


 数着を手に取り、大まかにサイズを確かめてから、会計を頼む。店番をしているのは、まだ十にも満たぬような少年だった。こちらの世界では不思議ではないのだろう。そもそも学校のようなところはないし、これくらいの年になればある程度会話も滞りなくできるだろう。仕事をする上での問題はなさそうだ。


「石貨三枚だ」


 少年はそう言いながら、品物の束を抱えた私をまっすぐ見上げた。


「金貨しか手持ちがないのだが、それでも良いか?」

「釣りを全額出せないが、それでもいいなら」

「そうか。出せる限りで構わないのだが」

「石貨四〇枚までだ。これでは九五七枚足らないだろう?」


 どうやらこの世界では、金貨一枚が石貨千枚分の価値を持つらしい。木貨、石貨、金貨──貨幣の種類については聞いたことがあったが、ここまで価値に隔たりがあるとは思わなかった。庶民が金貨を扱わない理由も、ようやく理解できた気がする。


「それでよい」


 私は少年に金貨を差し出し、石貨四〇枚を受け取った。久しぶりにこの世界の言語を使ったが、思いのほかしっかりと話が通じて安心した。


 大方、城下町の通りをひと通り見た私は、大きな石造りの建物の前に立ち止まっていた。くすんだ灰色の外壁には苔が生え、壁面に取り付けられた看板には、「図書館」と刻まれている。私は引き寄せられるように、扉を押した。重々しい軋み音が、建物全体に響いたように思えた。


 中は、外界とはまるで異なる空気に満ちていた。ひどく静かで、冷たい。石床に足音が滲み、呼吸の音さえ不躾に感じるほどだ。書物の多くは鎖で繋がれており、ページをめくることしか出来ないようになっていた。これは閲覧専用ということか。現代のように気軽に借りて読むことなどできはしない。だが、それも道理だ。羊皮紙に書かれた魔法の一説、一ページだけでも先ほど買った服よりも遥かに高価なのだろう。


 その中で、ひときわ目を引く一冊があった。表紙に刻まれていたのは、赤魔導士という役職なのか名なのかは定かではない文字だった。その本は他の本とは明らかに異なっていた。他の書物よりも厳重に保管されており、かなり分厚い。私はなぜか、その本に惹かれるように無意識に手を伸ばしていた。


『古ーー法によるーー術』


 幾度ページを捲っても、肝心な部分が抜け落ちていた。


 ──いや。そうではない。どうやらこの本全体に、何らかの魔法的な処置が施されているようだった。今わかるのは、これがただの魔術書ではないことくらいだ。私はしばらくのあいだ魔導書を見つめていた。読むことが出来ないと分かっていても、何故だか不思議と吸い寄せられる、そんな本だった。。


 私は静かに図書館を後にした。外の光はすでに沈みかけていた。通りには靄が立ち始め、夕闇が音もなく降りてきていた。昼飯を食べることも忘れ、街を散策していたのかと思いながら、私は半日ぶりに城へと戻った。

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