59話
明朝。俺がギルドの受付前に行くと、既に大勢の冒険者たちが集っていた。流石はSランクパーティーやAランクパーティーの面々である。皆、それぞれ見たことも無いような特注の防具や、力を誇示するような装備をまとっている。
SランクやAランクパーティーともなれば、ギルドや国から直接的な依頼をされることもある。その際の報酬は言い値や通常よりも高額な場合が多い為、それなりに財源はあるということだ。
だが、その中でも一際目を引いたのは——昨日会ったヘスだった。彼が今回のダンジョン攻略の指揮を執る、全体のリーダーである。周りの冒険者と比べて、装備は特別派手ではない。だが隠しきれない強者のオーラを解き放っている。その気配はまるで戦場を幾度も経験しているような者が出すものだ。
俺はそんなヘスに興味を持ち、冒険者としてはタブーである鑑定魔法を展開した。本来なら一こと断ってからやるものだろうが、Sランクの実力はどれくらいか気になってしまったのだ。
俺は、鑑定結果を見て、思わず息を呑んだ。火、水、風、土の四属性。魔力量九十三。勇者には遠く及ばないが、Sランクの冒険者として見れば相当強い部類であることは間違いない。ヘスは周りの冒険者と笑顔で話しているが、俺は底知れぬ恐怖を感じていた。何故だかは分からない、頼れる人間だと思うのと同時に、得体の知れない悪寒が全身を襲った。
「……はぁ、はぁ。間に合ったのじゃ」
そこに遅れて紫龍が到着した。昨日作ったばかりの冒険者証を握りしめている。だが、それ以外の荷物が見当たらない。
周囲の冒険者たちは皆、小さなポーチやバッグを背負っている。長期の探索を想定した装備が当然のように整えられていた。勿論、中には収納魔法である程度荷物を収納している故に手荷物が極端に少ない者もいるが、それは闇属性が使える者の特権であり、水属性の紫龍に当てはまることではない。
そもそも、荷物の大半は食料や衣類といった人間として必要なもので、魔族である彼女には食料も水も不要であるから、それらの荷物に気を配れなかったのは分かる。だが、仮にも人間に溶け込まなくてはいけないこの状況ではただの不自然な奴でしかない。
「フウ。おはようなのじゃ」
「おはようございます。アメリアさんの荷物は……」
「荷物?特に持っていないのじゃ」
「一応、食料などは多く持ってますから、大丈夫だとは思いますが、昨日言っておくべきでしたね」
「ありがとう。水は魔法で幾らでも生成できるから、欲しくなったら言ってほしいのじゃ」
「魔力は出来るだけ温存ですよ。一応魔力回復のポーションもいくつか持っていますが」
「用意周到じゃ、もしかして結構冒険者歴長かったりするのじゃ?」
心配が募る。俺の胸の奥で、言いようのない焦燥が膨れ上がっていった。とにかく紫龍が魔族であるとバレるのは避けなくてはならない。
「今回のダンジョン攻略のリーダーを務めるヘスだ。参加者はSランク冒険者二十四名、Aランク十七名、Bランク十五名だ。全員が無事に帰還できるよう、最善を尽くしダンジョンを攻略する」
「おお!」
「えっと、全員で」
紫龍は自分の手を見つめながら、一本一本、指を折って数を数えていた。冒険者の人数など、今更で別に知らなくても良い、どうでもいい話である。だが彼女は真剣な顔で、時折首を傾げ、また指を折り直している。
まさか、計算ができないのか?
「五十六名ですね。SランクやAランク冒険者ともなると、二属性、三属性使える人がいますし、中には闇属性や光属性に適性を持つ人もいます。これだけの人数いるなら、ダンジョン突破は可能、だと思います」
俺はそっと答えた。リーダーのヘスを中心に今回のダンジョン攻略に集まった冒険者たちはいずれも猛者揃いである。ダンジョンに出てくる魔族にもよるが、龍やドラゴンでなければ難なく攻略できるだろう。
「ではダンジョン前まで転移する。Sランクの風属性使い三名が、事前に下見を済ませてある」
三名が前に出ると、魔法の詠唱を始めた。足元からどこからともなく風が舞い、周囲の空気が一気に震える。流石はSランクである。この大勢の冒険者を一挙に転移させるというのだから。
本来、転移魔法で魔族領に直接転移することは固く禁じられている。理由としては魔族領に入った人間を管理するためだ。だが今回は国からの正式な許可が下りたということもあり、目的地までにかかる時間を大幅に短縮する目的で転移での移動が選ばれたのだろう。
「……ここが、例のダンジョンか」
転移された先は、鬱蒼とした森の中だった。わずかに冷たい風が頬をなでていく。この付近には何度か来たことがある。しかし、ダンジョンがあった覚えはない。俺が辺りを見渡していると、岩肌の割れ目から不自然に開いた穴が目に付いた。おそらくこれがダンジョンの入り口なのだろう。
「気を引き締めて行くぞ」
ダンジョン内部に入る前に、隊列を整えるためにグループ分けが行われた。表向きは合理的に組まれたように見えるが、実際のところ多くの冒険者はすでにパーティー単位で参加している。故に、既に何度も一緒に冒険したことがあるパーティー達でグループを組んでおり、俺のような固定のパーティーを持たない者はいわゆる余り物であった。
その中で、俺と紫龍が組み込まれたのは、アメシスト王国一を名乗るSランクパーティーの一団だった。Sランクに相応しい華やかな装備とアメシストを象徴とする紫の髪を揺らしている。
確か、彼らはダイヤモンド帝国からの直接依頼を受け、この攻略に参加していたはずだ。その為、先のアメシストでの大型討伐には参加していなかったし、ガーネットでの一件も介入することは無かった。ダイヤモンド帝国から依頼をされるということは、実力は折り紙付きだろうが、如何ほどだろうか。
「Bランクか。まあせいぜい死なないようにな」
冒険者である以上、自分の命は自分で守れという意味だろう。そんな談笑をしながら、俺らはダンジョン内へと足を踏み入れていた。
「……フウってもしかして、ガーネットでブラッドウルフが病院に現れた時、アメシストから転移魔法で向かって助けたっていう冒険者?噂になってたよ」
「別にブラッドウルフを倒したわけではありませんが」
まさか自分の名が、彼の口から出てくるとは思わなかった。魔族が人の里に姿を現すなど、本来ありえぬ出来事だ。そんな中颯爽と現れた冒険者を英雄として祀り上げるのも分からないわけではない。
「病院に現れた個体を転移魔法で魔族領へ送っただけです。ブラッドウルフは高い知能を持った闇属性の魔族。Bランクの私では到底かないませんから」
「まあな。とはいえ転移魔法が使えるってだけでありがたいよ。うちは一応Sランクパーティーとは言ってるけど、風属性はいないからな」
風属性がいない——Sランクパーティーともなれば、一人は必ず転移魔法を担う者がいる。広大な魔族領を横断し、時に他の地へと向かうためには、転移魔法が必要となるからだ。
光属性の転移魔法が使える冒険者を抱えているということだろうか。
そもそも、治癒系が使える冒険者が重宝されるように、全体的に少ない光属性の適性を持ちつつ、さらに光属性の転移魔法が使える者は少ない。もし使えるとしたら、それは風属性よりも強力な武器となる。アメシストトップを名乗るだけの材料はあるというわけか。
「そっちの小っちゃい子は……?」
「我はアメリアじゃ。水属性が得意なのじゃ」
「ほう水属性か。……まあ飲料水に困らずに済みそうだな」
俺は会話の流れを利用して、遠回しに風属性であることを伝えた。冒険者同士の会話であれば、これが常識的な答え方だ。寧ろ、属性を伝えない冒険者もいるくらいで、ここでの自己紹介というのは挨拶程度の簡素なものである。
直接属性や魔力量に関して口にすれば不必要な警戒を生むこともあるし、力を計り合うような無粋な空気にもなる。それに相手はSランクパーティー。最低でもAランクの冒険者たちだ。格下のBランク冒険者の魔法の話など聞く必要は無い。
——だが、紫龍は違った。あっさりと属性を言い放ったのだ。正直、闇属性や光属性といった希少な属性なら期待できるが、水属性となると反応に困るだろう、案の定、少し困惑した顔で返答していた。
「こう見えてダンジョン潜るのは初めてなんよな。というか、そもそもダンジョン系の依頼って国全体でも久しぶりなんじゃないか?」
「そりゃ当然なのじゃ。ダンジョンというのは本来、人里近くに作るものではないのじゃ。普通は魔王城の地下か、辺境の地に造られるものじゃ。古には魔王が宝物を隠すために造ったとも言われるし、中には性格の悪い魔王が人間の好奇心を誘うためだけに造った例もあるのじゃ」
誰か、あいつの口を塞いでくれ——。
よりにもよって人間相手に魔王城の地下の話をするか?そもそも人間が魔王城にまで辿り着けること自体が稀な話だ。俺たちが四天王をしていた頃だって、魔王城に潜り込んできた人間は魔王様を討伐した勇者パーティーだけだ。
人間の場合、まず魔王城に足を踏み入れることすら、命の危険がある行為で、悠長に魔王城の構造を把握したり、それこそ魔王城の地下なんて話は出てくるわけがない。なのに、紫龍は当然のように口にした。魔族ならダンジョンという物が何なのか大抵は知っているかもしれないが、相手は仮にもSランク冒険者だぞ。
俺の背中に冷たい汗が伝う。ここにいる冒険者たちの誰かが少しでも勘繰れば、それだけで終わりだ。
「そういうのに詳しいんだな。さっきは素っ気ない態度とって悪かった。正直、そういう情報って助かるよ」
このアメシストの冒険者が純粋で良かった。もし変に勘繰られていたら、その一言だけで紫龍が魔族であることが露見していたかもしれない。
「え……?」
紫龍はキョトンとした顔で俺を見返していた。
……そうだ、俺は昨日、この話を聞いて当然のように受け流してしまった。だが、本来なら人間はもっと驚いて反応するはずだった。ここで俺が何か取り繕わなければ、この冒険者たちが余計な疑念を招くかもしれない。ここはこの冒険者たちが無知であったと仮定して、ダンジョンについての話でもしよう。俺は誤魔化すように口を開いた。
「ダンジョンに出る魔族というのは宝を護るための守護者ですから、むしろ魔族が出る方が自然です。単に人間を誘き寄せる目的で造られたダンジョンでも、普通は魔族を配置して襲わせますから……これだけ気配が無いというのは、かなり異常な事態と見るべきでしょうね」
「だよな。枝分かれもほとんど無いし、ダンジョンって感じがしない。これじゃあ洞窟だぜ……こりゃ本格的にヤバいかもな」
流石に人間でもダンジョンが迷路のような構造をしていることは理解していたらしい。少し進んだところで、俺は冒険者たちが疲れないように速度上昇の補助魔法を掛けようとした。だが、魔法が上手く発動しない。
あり得ない。そんな訳あるものか。魔族である俺が魔法の発動に失敗するわけがないし、イメージングだっていつも通り出来ていたはずだ。俺は違和感を覚え、すぐさま別の属性、闇属性の魔法を試す。すると拍子抜けするくらい簡単に発動した。その感覚を頼りに、俺はもう一度風属性の魔法を使うが、やはり風属性の魔法は幾ら試しても発動しなかった。
……つまり、このダンジョンでは風属性の魔法だけが、意図的に封じられている、ということか。
「ただ歩くだけが一番きついな」
「そうですね。皆さん、食料は?」
アメシストの冒険者は収納魔法で保存していた食料を取り出している。さすがはSランクパーティー、闇属性の冒険者まで揃えているみたいだ。俺も収納魔法は使えるが、今は風属性、Bランク冒険者である。収納魔法を模倣した魔道具、マジックバッグから菓子を取り出すと、紫龍の前に差し出す。
「いただきますのじゃ」
紫龍は遠慮など微塵もなく、俺の作った菓子を頬張り始めた。何も食べずに進むよりは自然に見えるだろうし、人間らしい。
「先ほどからずっと試しているのですが、転移魔法をはじめとした風属性の魔法が、一切使えないんです」
俺は誰かに聞かせるように、一人呟いた。引き返すなら今のうちだと、そう思ったからだ。
その瞬間、広間にいた全員の視線が一斉に俺へと集まった。皆、道中で魔法を使っていなかったのだろう。俺の言葉で気づいたような素振りだ。幸い、この階層で出てきた魔族は、人間でも苦労なく討伐できる程度のものばかりだった。
本来なら、魔族を討伐させないのが、俺の流儀だった。例えダンジョン内であっても、魔族たちに隠密魔法を掛けて隠すことは出来たと思う。ただ、俺は後続を歩いていて、前を歩く奴らとはかなり離れていたし、最初の二階層までに魔族が居なかったことから油断していたのだった。
「っ、本当か!」
今回の冒険者たちを率いるリーダー格のヘスが声を荒げた。
「本当ですね……ここまでの道中、魔力を温存して剣を使っていたので気づきませんでしたが、風属性が発動できません」
「火と闇は使えるだろうから……水、土、光も試してみろ」
「嘘ッ……使えない」
一人の冒険者がそう呟いた。水と土は正常に発動できたように見えた。ということは封じられているのは光属性か。
光属性と風属性、この二つの属性が使えないということは、すなわち転移魔法が一切発動できないということと同義だ。
だが、そんな馬鹿な話があるものか。俺は長年、数え切れぬほどの魔法に触れてきた。しかし魔法そのものを発動できなくさせるような魔法など、聞いたことも見たこともない。もしそんなものが存在するなら、とっくに人間が利用して魔族を無力化しているはずだ。
それでも、俺はこの状況に既視感を覚えていた。俺はどこかで、これと似たような状況を目にしている。思い出せ。どこで? いつ?
記憶の底に沈んでいた何かが、脳内を駆け巡った。
『無理よ。あの拘束具には風と光属性の魔法を封じる効果があるの。理屈はわからない。でも、あの子はもう……』
俺の脳裏に蘇ったのは、フウの記憶にあった、セネトがダイヤモンド帝国の連中に連れ去られた日の光景だった。あの時、彼女の身に着けられた拘束具。それこそが、いま目の前で起きている現象と同じ効果を持っていた。
おそらくは魔道具の類だろう。しかし魔道具は人間の技術であって、俺たち魔族の物ではない。従って、作り方も、原理も何ひとつ知らないのだ。何故、魔法のような効果を持ちながら、魔力や使用者本人の適性を必要としないのだろうか。
だが事実として、魔法を封じるという魔道具はあったんだ。つまり、セネトが生きていた時代には光属性と風属性の魔法を封じることのできる魔法の原型があったということだ。
「治癒系が……使えねえのか」
「ポーション頼みってことか。数は足りるか?」
冒険者たちの余裕はいつの間にかなくなり、皆が不安そうな顔をしている。
「転移魔法を封じるためだろうな」
「つまり、このダンジョンからは……途中で逃げられないってことだ」
「引き返そうぜ。どう見たってヤバいだろ、これ」
立ち上がった冒険者が一人、元の道へと飛び出していった。だが、少し経つと彼は汗をかきながら戻ってきた。一人が怖くなってしまったのだろうか?
「……道がない」
「は?」
「来たはずの道が、ねえんだよ。まっすぐだったはずなのに、壁になってやがる!」
他のSランクの冒険者たちは、彼の言葉を信じていなかったのか、同じように元来た道を引き返した。ここまでの道のりはほぼ真っすぐで迷いようがない。それなのに、すぐに冒険者たちが戻ってくると、各々が震えながら現実を訴えた。出たくても出れない——裏を返せば、この先を進む以外道はないということか。
こうして俺らは先に進むことを余儀なくされた。
数階層ごとに必ず拓けた広間が現れ、その場所で休憩という行為を繰り返す。
「広間だ……」
「休憩だな」
安堵の吐息が広間をこだました。誰もが、今何階層目か、など気にも留めず、ただ終わりの見えない奥へと足を進めていた。
最後尾が広間へと踏み入れたその瞬間、振動が身体全体を伝う。景色が、音が、すべてが反転したように、足元の石床が砕け、ゆっくりと奈落へ崩れ落ちていった。
幸い冒険者たちは場数を踏んでいるベテランばかりだ。落下の途中で体勢を整え、着地の瞬間に受け身を取る。致命傷には至らなかったようだ。怪我の有無など些細な問題に思えるほどの光景がそこには広がっていた。
「っ……なんだ、ここは……」
そこに立つ影は、今までダンジョン内にいたどの魔族とも違っていたと皆が瞬時に感じただろう。背に広がる大きな翼が、うす暗闇の中で存在感を放っている。待ち望んでいたかのように、こちらに向かって歩いてくる。ゆったりとしているが、その一歩一歩が空気を押しのけているように感じる。
俺はそのシルエットだけで分かった。こんな姿をする魔族は、ただ一人しかいない。
四天王、ホワイトドラゴンである。




