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56話

 そして気付けば全員、アメシストのギルドの受付に居た。生還を喜ぶ冒険者たちを横目に、ギルマスが段取りを引き取った。今回の報告書はギルマスがまとめて出す為、特に俺らが何かを報告する必要は無く、依頼自体も達成でよいという。また、報酬も今夜中には支払われることで話がまとまった。


 表向きの用事は済んだ。俺は解散の流れに紛れ、誰にも気付かれないようにシュガーの後を追った。彼女は人気の少ない裏路地へ入ると、帽子や外套を外し、束ねていた髪を解くとユーカの姿へと戻った。


 その瞬間だった。空から何か——いや、誰かが落ちてきた。敵襲かと思い、俺は即座に構えた。


「どどどどんなのじゃ!」


 聞き慣れた声と同時に、上空から影が落ちてきた。着地と同時に鈍い衝撃が狭い路地の壁に反響する。人の姿を取っているとはいえ、人間が空から降ってくるなどありえない。当人は膝を軽く曲げて着地し、得意げに胸を張っているが。


 ここがたまたま裏路地で人目がなかったのは、ただの偶然にすぎない。もう少し場所を間違えていれば、冒険者でも一般市民でも、誰かに目撃されていただろう。空から女が降ってきて無傷で着地なんて誰が信じる話だろうか。どう言い訳するつもりだったのか。それとも最初から何も考えてないのか。


 バカだ。こいつ。魔王様に迷惑が掛かるような真似はしないでいただきたい。


「ここが裏路地だからよいものの、何故空から降るなんて真似を……」

「そっちの方が最短距離だと思ったのじゃ。落ちてくるとき、偶然魔王様……ユーカを見つけてここに落下しようと思ったのじゃ」


 実際、俺なら転移魔法で行けるが、紫龍はそれができない。転移魔法が使えないっていうのは、かなり致命的だ。そう思いつつも、ユーカと紫龍が何の事故もなく合流できたことに胸を撫で下ろした。


 紫龍が隣に居ればとりあえずは安全だろう。一応女だし、同性の方が何かといいことはあると思う。それに紫龍は元四天王だけあって魔力量は俺より上だ。多重展開で同時に放つ魔法の数、発動の速さ、どれをとっても桁違いで、実力だけ見れば完全に格上である。


 俺は気配を殺したまま、そっと踵を返した。


 致命的ってほどではないが、少し幼稚というか、考える前に行動するタイプである。そういうところは少しセネトみたいなのだが、まあ、欠点になるような部分はそれぐらいである。


 ギルドの中へ戻ると、空気は静まり返っていた。いつもなら冒険者たちの活気で溢れているはずだが、大型討伐があった直後だ。皆疲れて休んでいるのだろう。今回の依頼にはどう考えても妙な穴がある。例えば、ギルマスですら大型討伐の中身を把握していなかったという事実だ。


 当然、下の職員が知っているはずもない。まずはそこを起点に今回の依頼について洗うべきだろう。こんな回りくどいことをしてユーカを釣ろうとした奴は誰だ?


「すみません。今回の洞窟に魔族がいるという通報した方は誰ですか?」

「匿名で羊皮紙に書かれていたんです。五百キロ先にある洞窟で魔族を見たと。それで調査及び魔族の討伐を目的にギルマスが大型討伐と銘打って貼りだしました」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、危険な目に遭わせてしまって申し訳ございません。洞窟にまさか龍がいたとは——」

「大丈夫です。冒険者として当然のことをしただけですから」


 匿名の通報か。やはりギルド側は討伐すべき魔族が何なのかすら知らずに動いていたらしい。信憑性は低いが見過ごすことも出来ずに、とりあえずBランク以上の冒険者をかき集めたということだろう。単独パーティーでは対処できない規模。つまり魔族の大群を想定して大型討伐と銘打ったのだ。


 もしこれがユーカを誘い出すための罠だと仮定するなら。匿名通報を行ったのは、あの怪しい二人組の冒険者だ。そいつらは現魔王から指示を受けて匿名の通報を行ったのだろう。だが依頼が掲示されていたのは病院襲撃よりも前だ。つまり病院襲撃よりも前の時点でユーカが魔王様だと気づいていた、あるいは疑っていたことになる。


 確かに、鑑定魔法の結果は不自然だった。魔法適性無しという時点でありえない。鑑定魔法が使える者ならすぐにユーカのおかしな点に気付くだろう。だが、たったそれだけで魔王様の生まれ変わりに結びつくだろうか?常識的に考えれば情報が足りなすぎる。


 俺のように雰囲気が似ているという個人の感覚だけで、無関係な人がいる病院を襲うような真似をするだろうか。暴虐な魔王ならそれもしかねないが、何か、別の意図があるように思えてならない。ユーカ以外に異世界から来たとかいう三人も本当にただ巻き込まれただけの奴らなのか?


 その晩、俺はギルドの受付近くで、例の怪しげな冒険者に擬態し、シュガー、いやユーカが冒険者証を返しに来るのを待っていた。擬態は得意ってほどじゃないが、酒を手にして適当に周囲に紛れ込めば十分だ。


 そして、思った通り、ユーカは迷いなく俺へ近づいてきた。


「冒険者証、ありがとう」

「まさか、全員生きて帰るとは思わなかったぜ。龍が逃げたとか、姿を消したとか噂は聞いたが……いや、余計な詮索は野暮ってもんだな」


 俺はあの冒険者になりきるため、手元の木のコップに入った酒を一気に飲み干した。喉を焼くような感覚がする。そして、気持ち悪さが先にこみ上げたが、この役を演じる以上は顔色ひとつ変えられない。あの男はあの時、豪快に酒を飲み干していた。真似しなければ不自然に映るだろう。


 胃の底に鈍い痛みが残る中、作り物の笑みだけ浮かべてごまかした。そしてユーカは帽子を深く被り、大型討伐の賞金分配と宴の会場になっている食堂へ向かっていった。それを確認すると、俺も席を立った。歩くふりだけして、物陰に入った瞬間。転移魔法で食事処へ飛ぶ。


 ギルマスとはすでに話をしてある。俺が転移してその場にいても不審がられることはないだろう。そもそも仲の良い冒険者なんて居ない。宴会をしていようが、隅で適当に食事を摂っているだけだ。


「シュガーか、これで揃ったな。それでは、報奨金として金貨三十枚を各冒険者に配布する。討伐は叶わなかったが、洞窟の龍が消えたという面で依頼書通りの額面を支払おう」


 金貨三十枚──袋を開けた瞬間に漏れた歓声とざわめきが、その額の異常さを何より雄弁に物語っていた。笑みを隠しもしない者、口を開けて呆然とする者、何を買おうか考えている者。誰の顔にも信じられないという色が浮かんでいる。


 無理もない。通常、この程度の規模の討伐ならせいぜい金貨一枚か二枚で、素材も何も持ち帰っていない。おそらく、龍の存在を事前に把握せず、冒険者を放り込んだ依頼だった。そのことへの謝罪か、それとも今回の出来事をなかったことにしたいのか、いずれにせよ、これで金貨三十枚は破格すぎる額だ。


「そして今夜は飲み放題、食べ放題だ。存分に楽しんでいけ!」

「おおおおおお!」


 酒の香りが一気に満ち、肉を裂く音と笑い声が交錯する。俺は先ほど一気飲みした影響か、少し顔色が悪くなりながら、ミルクを飲んでいた。するとシュガーがこちらに向かって歩いてきた。シュガーは果実を絞った飲み物を飲んでいた。


「シュガーさんも、お酒は弱いのですか?」

「そんなところだ」

「私もです」


 俺は吐きそうになりながらもミルクを飲み干すと、木でできたコップを机に置いた。


「それでは、私はこの辺で」

「もういいのか?」

「はい」


 足元が自分のものじゃないみたいに揺れていた。視界の端がじわじわ霞んでいる。ふらつく体を誤魔化しながら席を離れた瞬間、胃の奥からくる吐き気に歯を食いしばる。


 紫龍の事をバカにしたが──俺もバカだ。


 あの冒険者を演じるためとはいえ、一気飲みなんて真似をする必要がどこにあった。適当に笑って立っていればよかったものを、演じきらなきゃ不自然だなんて妙な意地を張ったせいでこのザマだ。


 後悔はしても時間は巻き戻らない。それにここで吐けば、それこそユーカに幻滅される。加えて、悪魔としての威厳も立場も地に落ちるだろう。そう考えた瞬間、さらに気分が悪くなった。この場から一刻も早く離れたい。そう思うたび、足取りはますます覚束なくなった。

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