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55話

「フウ、交代の時間だ。交代しよう。しっかり寝て魔力を回復させるんだぞ」


 ギルマスの一声でそんなに時間が経っていたのかと、周囲を見渡した。いつの間にか夜も深くなっていたらしい。俺は魔族だ。人間のように魔力切れになることはない。つまりどんなに魔法を使い続けても疲れを感じたりしないということだ。


 だが、周りはそうじゃない。幾ら魔力回復のポーションを使ったとはいえ、疲労は感じるだろう。


「分かってますよ、それではおやすみなさい」

「何だ?そんなに寝たかったのか?嬉しそうな顔して」


 ギルマスが肩をすくめながら笑った。すこしからかったような口調だ。


「そうですか?」


 自分でも気づかないうちに、口角がわずかに上がっていたようだ。寝床に身を横たえると、すでにシュガーが先に横になって目を閉じていた。


 俺は瞼を閉じたふりをしながら、薄く意識だけを保った。しばらくは寝息を装い、周囲の気配に耳を澄ませていた。時間の感覚は曖昧だったが、空気が冷え始めた頃、シュガーが起きたのか、小さな物音がする。


 俺は片目でその動向を見ていた。起き上がったシュガーはギルマスと二言三言交わしたあと、見張りを交代した。俺は息を乱さぬよう寝たふりを続けた。シュガーが動くとすれば、ギルマスが意識を落とした後だろう。俺はギルマスが眠ったことを確認し、寝息を立てた。こうすればシュガーが動き出すだろう。


 俺の読みは当たっていた。


 俺らが眠っていると確認したシュガーは、足音を殺しながら洞窟の方へ向かって歩き出した。俺はそれを見て静かに寝床を抜け出すと、隠密魔法で姿を消して追いかけた。魔法を使えないシュガーに、この気配を見抜けるはずもない。


 人気のない夜道を、シュガーは迷いなく進んでいった。その姿は、恐れも焦りもなく、ただ目的に向かっているような足取りだった。洞窟の入り口を抜け、その奥へと歩を進めていった。


 洞窟を進んでいくと、果実を噛み砕く音が響いた。紫龍だ。


「むひゃっ……! 人間!」


 紫龍は不意に話しかけられ驚いた様子でシュガーを見つめていた。


「紫龍。私は戦いに来たのではない。もしよければ……これを食べてくれないか」


 龍と会話しようとする人間など、普通はいない。だが、シュガーは知り合いのように話しかけ、お菓子を差し出した。この行為自体がそこら辺の冒険者のやることではない。


「これっ……どこで、このお菓子を?」


 紫龍の巨体がゆらりと揺らぎ、気づけばそこには少女の姿があった。髪飾りの形をした擬態魔法で人間の姿に擬態したのだ。魔王城でもたまに人間の姿になっていたので、今更感はあるが。


「よく魔王様が作ってくれたお菓子に似ておる……。我は、この味が好きだと、よく魔王様にわがままを言って作ってもらっていたのじゃ」

「紫龍、よく聞いてほしい。私は——死んだらしい。そして、なぜか魔王としての記憶を持ったまま、はるか遠い別の世界で人間として生まれた。そして巡り巡って、この世界に再び戻ってきた。信じてもらえるとは思わない。それでも、かつての四天王、紫龍に再び会えて、私は嬉しい」


 紫龍は何も言わず、ただ菓子をゆっくりと口に運びながら、目の前のシュガーをじっと見つめていた。


 俺は岩陰で気配を断ちながらそれを聞いていた。俺が思っていた通り、彼女は魔王様の過去を持っていた。気づけば、頬を伝う温かいものがあった。これが涙だと理解するのに数秒かかった。いつぶりだろう、魔王様が死んだと知ったとき以来か?こんなふうに勝手に涙が流れるなんて。


 魔王様がまだどこかで生きていると信じて魔族領から飛び出したあの日のこと。人間の地で、魔王様がもうこの世にいないと知らされた瞬間。フウとしての記憶が脳裏に蘇り、どうにもならない葛藤に呑まれた日々。忘れたはずの景色も感情も、全部まとめて胸の奥から這い上がってくる。


 ずっと待ち望んでいた存在。あれは勘違いでも願望でもなかったのだ。魔王様はやはりシュガー……いや、ユーカとして転生していた。俺が彼女に妙な懐かしさや一緒に居たいという感情を抱いたのは、きっと魔王様という前世の面影が滲んでいたからなのだろう。


 そう思った瞬間、胸の奥で硬く凍りついていた何かが軋む音を立てて揺らいだ。魔族に鼓動なんてあるわけがないのに、体が熱くなる。


「なるほどなのじゃ。つまり、魔王様は死んだ後、日本という魔法がない世界で人間として生まれ、そして何故かこの世界にまた戻ってきたが、魔法を一切使えないのは変わらず……そういうことじゃな?」

「ああ。私にもよく分からない。紫龍に会うまでは、ここが私の死後の世界なのか、それとも死ぬ前の世界なのかさえ判断できなかった。あの日から、どれほどの時が経ったんだ?魔族は随分と様変わりしているようだが」

「我はもう四天王ではない。だから、今の魔王がどんな性格をしているのかも知らん。ただ話を聞く限り、邪悪な存在であることは間違いなかろうな」


 紫龍はどうやら長い間この洞窟に籠もっていたらしい。

 魔王様がいなくなって十七年。ユーカが言っていたように、魔族は随分様変わりした。魔王様が討伐される前までは、魔族が人里に姿を現すなんてまず有り得なかった。魔王の意向は、魔族全体に広まり、それを無視して勝手に動くような愚か者もいなかった。皆、心の中では戦いなど望んでいなかったのだ。


 やがて話し声が静まり、二人がこちらへ向かってくる気配がした。俺は反射的に転移魔法を発動させた。魔王様が生まれ変わっていたという感傷に浸っている暇などない。俺は今フウという冒険者としてここにいるのだ。


 転移で自分の寝床に戻ると、焦りと動揺が混ざったのか、体に掛けた布が乱れ、体の向きも反対になっていた。だがそんなこと気にせず、俺は隠れるように頭を布で覆う。今の表情は自分でもよく分からないくらいめちゃくちゃな顔をしていると思う。そんな顔を見られたくなかったのだ。


 目を閉じても、ユーカの声や表情が脳裏に焼き付いて離れない。魔王様が戻ってきたんだ。ようやく戻ってきてくれたんだ。


「おはようございます」

「おはよう」


 ギルマスとシュガーはテキパキと朝の支度をしていた。俺はわざと眠たげに目をこすり、何でもないふりをして二人に挨拶をした。声だけはいつも通りを装ったが、本心はざわついている。魔王様の生まれ変わりが、目の前にいる。その事実だけで、俺の身体は熱くなった。


 分かってしまった以上、俺がすべきことは決まっている。魔法が使えない今の魔王様を守るのは俺の役目だ。本来なら俺が悪魔であることを明かすべき立場だが、うっかりフウと名乗ってしまったせいで言い出しにくくなっている。


 それに、昨夜のことを話題に出せば、盗み聞きしていたと自白するようなものだ。心象は最悪だろう。


 ぎこちなくない程度に会話を交わしつつ、全員で朝食を胃に流し込む。味なんて頭に入ってこなかった。そして俺たちは再び洞窟の奥へと足を向けた。だがそこに、龍の気配はまるでなかった。冒険者たちは驚いていたが、俺は当然知っていた為、驚くことは無かった。


 昨日の会話で分かったことがある。紫龍は現四天王ではなかった。ただ、洞窟に居ただけの存在だ。つまり、現魔王の命令でここにいるというわけではない。


 では、何故存在しない冒険者二人が魔族の目撃情報をギルドに流したのだろうか?これではユーカの味方が増えるだけだ。ユーカが魔王であるということを確認したかった?確かに本人の口から魔王であるなんて聞き出すことは不可能だ。


「逃げられたか」

「アメシスト王国の方に向かっていたら大変だ」

「もし、アメシストに向かっていれば、見張りの時に気付くはずです。龍の全長は二十メートルを超えていましたから」

「それもそうだが、こうしていなくなっているのは事実だ」


 流石の紫龍でも人がいるような場所で擬態を解くわけがない。人目のつかぬところで龍の姿となり、街の方まで飛んで行ったのだろう。


「ここで考えていても埒が明かないか……とにかく急いで戻るぞ」

「この中で転移魔法が使える冒険者はいるのか?」

「一応使えますが、この大人数を一気にアメシストのギルドまで送るのは難しいですね」

「流石にそうだよな……」


 俺はそっと手を挙げた。


 十六名。この人数を一度に五百キロ先まで飛ばすには、帝王級クラスの転移魔法を使用しなければならない。冒険者に換算すればAランクが使うような魔法だ。俺は今、あくまでもBランク冒険者フウとして生きている。いきなり高位の魔法を放てば、間違いなく勘繰られるだろう。変に目立ってしまえば、それこそ高位の鑑定魔法で俺が魔族であることを知られるかもしれない。


 胸の奥で焦りがじわりと膨らむ。正直今すぐにでも、魔法が使えないシュガーを魔族領から抜け出させたい。


 そんな時、脳裏をよぎったのは昨日話したバフ魔法だった。誰かに強化魔法をかけてもらえば、バフを受けたから高位魔法を使えたという理屈が通る。俺は淡々と提案するふりをして口を開いた。


「でも、シュガーさんが私にバフを掛けてくれればできるかもしれません。体が軽く感じる……というのはおそらく、風属性のバフ魔法。同じ属性の魔法なら風属性の魔力をブーストするバフ魔法がありますから」

「いや、私は……」


 シュガーは魔法の振りをしてくれればいい。本来の俺の力ならバフなど無くても、どこへでも転移が出来る。打ち合わせなしだが、魔王様ならここで反論はしないだろう。


「簡単に手の内は明かせられない。耳を塞いでいてほしい。龍と戦った時も、皆から離れていたのはその理由だ」


 予想通り、シュガーは、俺の話に合わせ、魔法を掛けたフリをした。


「掛けたぞ」

「それでは、皆集まってください。——転移魔法」


 俺はわざとらしく詠唱を始めた。魔族に詠唱など本来不要だが、自分を魔族だとは思っていなかった頃に身につけた詠唱が、こういう場面ではまだ役に立っている。言葉を紡ぎ終えると同時に、足元から風が巻き上がった。

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