54話
俺には今回の大型討伐にどうしても拭えぬ思惑があった。それは話にもあった洞窟内に居ると噂されている龍——それがかつての四天王の一角、紫龍ではないかということだ。
元来、紫龍を含めた龍の生息地は報告にあった洞窟よりも、さらに北東の奥地に住んでいる。単に紛れ込んでしまったと言われればそれだけだが、四天王であれば、各地を転々と移動しているため、たまたま人里に近い洞窟に現れてもおかしくはない。
そもそも俺が勝手に四天王を辞めただけで、残りの三人は今も四天王として鎮座しているだろうし、最近君臨したという魔王に仕えている可能性は高い。四天王である以上、魔王の意向は絶対だ。例え、前の魔王様と考え方が真逆であっても。
集合時間になり、俺たちは揃って手続きを終えると、そのまま魔族領へと足を踏み入れた。何度も経験してきたはずの光景なのに、今日は妙に懐かしい気持ちがした。かつてセネトと共に仲良く喋りながら未知の場所に足を踏み入れる、そんな感覚だ。
俺の背後には、深く帽子を被ったユーカ。いや、今はシュガーと名乗っているのだったか。とにかく例の不思議な女が歩いていた。やはり、魔王様やセネトを感じる風体だ。魔王様とセネトを一緒にするのは良くないかもしれないが、俺はフウの記憶を思い出してから、魔王様がセネトだったんじゃないかと思っていた。今はその魔王様とセネト、両方の空気をまとったユーカがいる。
本人に直接聞いてみたい。でも、間違えたら。それを繰り返してずるずると俺は自分のことを言い出せずにフウという冒険者に甘んじている。そもそも、もしセネトの過去を持っていたら、この格好にこの名前で俺の正体に気づくものだろう。
少し歩いた辺りで、俺は索敵魔法を展開した。人里からまだそう離れていないのに多くの魔族がいるようだ。俺は即座に魔族と人間に対して隠密魔法を重ね、冒険者たちの視界から彼らを覆い隠した。そして逆も然り、魔族の視界から俺ら冒険者を隠した。
襲いかかる意思がなければ、魔族はただそこにいるだけだ。セネトと共に冒険したあの頃、なぜ一度も魔族と遭わずに冒険できていたのか。答えは単純で、おそらく勇者の顔を持つセネトの魔法で今のようにしていたのだろう。
だが、安堵は一瞬にすぎなかった。次の刹那、地面の中から無数の粘液が漏れ出し、スライムが冒険者一行の行く手を阻んだ。ぬめりとした音と共に、異様な臭気が周囲一帯を包む。
「スライムかっ!」
そして、そのスライムに臆することなく、冒険者のひとりは容赦なく刃を振るった。魔石を一刀両断したようだ。
俺は内心焦っていた。魔王様はスライムであろうとも、見殺しにするような者ではなかった。俺があの時スライムに気付いてさえいれば、冒険者に殺されることは無かったんじゃないか?体が自然と後ろに居るシュガーの方へ向いた。自分でも何故振り返ったのかは分からない。
「そこに隠れていたか……」
「思ったより魔族が少ねえな。スライム一匹だけかよ」
「いいことじゃないですか。無駄に体力使わずに済みますから」
魔族というのは群れを形成して過ごしている者が多い。だが、このスライムは群れから逸れてしまったのか、一匹だけだった。
そしてあまりに順調に洞窟まで辿り着いた。スライムの件以降、俺はさらに索敵魔法を広げて魔族を殺さないように取り計らった。絶対に魔族は殺させないし、人間も殺させない。俺が仕えた魔王様は死んでしまったかもしれない。だが、俺の中ではまだ生きている、魔王様の願いを叶えるために、人間の地に赴いて冒険者をしているのだから。
洞窟の奥に着くと、俺は目を丸くした。そこには紫龍が居たからだ。龍とは聞いていたが、まさか本当に四天王の紫龍がいるとは思わなかった。
紫龍とは四天王時代何度も戦ったことがあるが、アイツの魔法耐性は異常だ。本当に真っ向から勝負するなら耐性の低い物理攻撃、即ちただの剣などで傷つけるのが有効だが、冒険者たちは魔力の消費をしたくない場面でしか剣を振るわない。加えて、二十メートルを超える巨体にわざわざ近づくような者はいないだろう。
「あの鱗、硬すぎるだろ……」
「魔法が効かないっ!」
冒険者たちは動揺を隠せないまま、口々に叫んでいた。そして自滅していくように冒険者たちが次第に魔力不足で魔法が出せなくなったのか、疲弊した様子で息を荒くしている。魔法を一気に同じ場所に当てない限り紫龍を討伐することは不可能だ。俺は、とりあえず冒険者たちに速度上昇のバフを掛ける。これで多少は魔法が放たれても回避できるだろう。
そして、数刻が経った頃、紫龍は起き上がり咆哮と共に神話級の水属性魔法を放った。どれも直接冒険者を狙ってはいないような軌道を描いている。
「ギルマス、一度撤退というのも策かと思います。ここはダンジョンと違ってただの洞窟、一本道ですので、引き返すのは簡単ですし」
「そうだな、魔力も尽きてきた頃だ。正直龍相手で接近戦は不可能、一度外に出て態勢を整えるのも手か」
ギルマスの声と共に俺たちは洞窟の外へと出て行った。紫龍は追ってくることもせず、俺達の背中を見ているだけだった。
どういうことだ?もし今の魔王に仕えているのなら、人間を蹂躙するものだと思っていた。先の病院襲撃の一件で、今回君臨した魔王は人間に対して敵意があると見られる。それなら直属の配下である四天王は魔王の意志の元で行動するはず。
紫龍は四天王ではない——?もしそうなら、今回俺らを魔法で攻撃しなかったことに説明がつく。紫龍もあの魔王様の考えを尊重していたしな。
「どうやら追ってこないようだな。あの火力、間違いなく四天王クラスに相当するはずだが」
「とりあえず、今は魔力の回復が先決ですね」
俺は皆に魔力回復の効果があるポーションを差し出した。普通の冒険者なら一本で一年分の給料に匹敵するくらいの代物だが、俺にとっては水と大差ない。材料の草も、調合も全部自前だからだ。
そもそも、そこらの冒険者じゃ材料の草が生える場所に辿り着くまでも一苦労するだろう。運良く見つけたとしても、周囲の魔族に瞬殺されるのが関の山だ。だが俺は違う。四天王としてこの草が群生している魔族領の場所も、魔族が近寄らない場所も全部知っている。
「そういえば、今日はやけに体が軽かったな。動きやすかったっていうか、バフ系の魔法って魔力の消費が激しいから、Sランクレベルじゃないと使い物にならないって聞いたことあるんだが」
誰かがそう呟くと、他の冒険者たちも心当たりがある顔でざわつき始めた。どうやら俺が掛けたバフに気づいていたらしい。そもそもバフ魔法が使われていない理由は魔力の消費が多いだけでなく、持続時間が短くてリターンが少ないからでもある。俺が人間なら、それこそ勇者やSランク冒険者でなければ使わない。
俺は一応Bランク冒険者として通しているし、幾つかの魔法を使って紫龍に攻撃を当てようとした。Bランク冒険者が多重展開なんて出来ないし、動きやすい——つまり体が軽く動きが俊敏になるという点から風属性魔法であることは明白だ。
このままでは、俺がBランク冒険者と嘘をついていることがバレてしまうかもしれない。俺は辺りを見渡した。
——誰かが使ったことにすればいい。
俺はシュガーと目が合った。魔法適性無しで魔力量もゼロ、先の洞窟の中でも、一番後ろで棒立ちしていただけだ。魔法が使えないのなら仕方が無いし、前に出て魔法を使っていないのはおかしい。冒険者証も俺が作ったものである。もし魔法が使えるのなら冒険者証をわざわざ借りる必要が無い。
それならば、シュガーがバフ魔法を行ったということにすればいい。
そう思いついた瞬間、頭の中で全てが噛み合った。シュガーは魔法が使えない、だがそれがバレてしまうとこの討伐隊の中にはいられない。俺はシュガーがバフ魔法使ったことになれば多重展開していることがバレない。即ち、Bランク冒険者として冒険を続けられる。
都合がいい。
「あなたがやってくれたんですか?後ろに居ましたし」
シュガーは驚いていたが、何かを察したのか、誤魔化すように苦笑いをした。俺はそんなシュガーにポーションを渡した。そして一夜を明かすために各々支度を始め、夕飯を食べ始めた。俺はマジックバッグから仕込んでいた料理を取り出すとシュガーに渡して一緒に飯を食べた。
冒険者たちは、過去の冒険の話や魔法の話で盛り上がっているが、俺は上手くその輪に入れずにいた。幾ら大型討伐で人数を募っているとはいえ、ここにいる殆どがアメシスト王国で冒険者をしている者たちばかりで、互いの事は知っているような者ばかりだ。一方、俺は各地で冒険者をしている都合上、固定のパーティーも組んでいないし、アメシストに知り合いがいるわけでもない。
「あの龍は四天王クラスだ。ギルド本部に今すぐ伝えなければならない」
「俺らじゃ厳しいかもな。Sランク冒険者、今回いねえし」
火を囲む十数人の声が低く交錯する。ここに集まっているのは皆、AランクかBランクの冒険者である。確かにこの戦力では紫龍を倒すのは難しい——。龍の討伐をこんな戦力でやるのが間違いなのだ。
俺はふとギルドの依頼を思い出す。アメシストに貼られていた依頼は『大型討伐』という名目だった。冒険者ランクはB以上で、報酬や日数、洞窟の場所などが丁寧に書かれていたが内容は記載されていなかった。幾ら魔族の分類が雑であったとしても龍くらいは書いておくものではないか?
依頼が貼りだされたのは、病院襲撃の七日前だ。大型討伐というと大体は魔族の大群を指したりするものなのだ。魔族は普段群れで行動するが、大群とはその群れがいくつも重なり合った時を指す。だから洞窟に入ったとき、一匹でいる魔族に対して驚きの声が上がったのだ。
「……そろそろ寝るか」
冒険者の一人がそういうと、皆もそれに釣られて寝床へと向かって行った。俺の寝床にはギルマスとシュガーが寝ることになった。
「今夜は私が先に見張ります。お二人はお休みください」
俺は先陣を切って見張りを名乗り出た。俺は魔族であるため人間のように睡眠を必須としているわけではない。先に疲れている二人を休ませるのが得策だ。そしておそらくギルマスは、一番負担のかかる深夜の見張りを自ら引き受けるだろう。
「じゃあ、見張りの順番はフウ、俺、シュガーの順でいいな?」
「……はい」
俺の思った通りにギルマスは見張りで一番体力の使う時間帯を提示してきた。
「一番負担のかかる時間帯で……申し訳ありません」
「問題ない。それでは頼む、フウ」
ギルマスの低い声に従い、俺は焚き火のほうへ向かった。火のそばには、すでに数人の冒険者が腰を下ろしていていた。俺も地べたに腰を下ろすと、やつらは何事もなかったかのように、先ほど中断されていた討伐自慢を再開した。
俺はその討伐の話を耳半分に聞き流す。話の中身は大体どこも似たようなもんだ。何匹倒した、誰が逃げた、危うく全滅しかけたなんていう話。もし、その場に俺が居たら、その魔族は死なずに済んだかもしれないし、冒険者も傷つかなくて済んだのだ。
それはさておき、俺の頭を占めていたのは今回の大型討伐の噂だった。ユーカが最初に声を掛けていた二人の男。あいつらがこの討伐メンバーに紛れていたら、俺が渡した冒険者証の不自然さが露呈する危険があった。
だが、それは杞憂だったらしい。結局、この討伐隊の中にあの二人の顔はどこにもなかった。別件の依頼でもあったのか、依頼そのものに興味がなかったのか。それにしては、やけに今回の依頼の内容について詳しかったような気もするが。
二人がアメシストの冒険者なら、少なくとも顔だけは知られているはずだ。
「あの、皆さんはアメシストで冒険者をしているんですよね」
討伐の話が終わったタイミングを見て、俺は声を掛けた。すると皆が頷いた。
「食事処でガタイが良くて髪がもじゃもじゃの冒険者と、もう一人、髪をキレイさっぱり剃っている男がいたのですが、そのお二人、今回の大型討伐には参加していないんですね」
冒険者たちは顔を見合わせた。
「そんな目立つやつ、いたか?」
「そこまで奇抜なら覚えてるだろ」
「俺も知らねぇな」
俺は思わず瞬きをした。三人もの冒険者が言っているのだから、おそらく冗談や嘘ではないだろう。
「そういえば、今回の大型討伐、龍が対象であると知っていました?」
「龍だったら参加してねえよ、特に指定の魔族が書かれていなかったから、色々な魔族が出ると思っていた」
「間違いねえ。龍だったらSランクパーティーに頼むだろ」
「そうだな。龍は俺らが敵う相手じゃない」
俺は別にどの魔族が出るとかには興味が無かった。ただ、大型討伐であるという理由だけで参加を決めていたからだ。
そしてあの夜、冒険者二人とユーカの会話を盗み聞きして、討伐対象が龍という話を知った。あの二人がペラペラと話すものだから、冒険者の間では周知されてるものだと思い込んでいた。だが──違った。
よくよく思い返せば、龍を目撃した時、周囲の反応は龍であると覚悟していた者たちのものではなかった。興奮、恐怖、そして冒険者としての矜持や好奇心みたいな勢いだけだ。お世辞にも準備万端とは言えなかった。
それに道中の警戒も緩かった。ギルマスの態度を見ても、龍を想定してたようには見えない。せいぜいBランク相当の魔族が徒党を組んでいる程度だった。ということは龍が出ると知っていたのは俺とユーカ、それからあの二人だけということになる。
あの時、あの二人を鑑定しておけばよかった。正体さえ分かっていれば、今こんな胸騒ぎに苛まれることもなかったはずだ。
そもそも、あの場面でユーカが誰に声を掛けるかなんて予測できるものじゃない。偶然、怪しげな二人に話しかけるか?ユーカが話しかける前から、今回の大型討伐の話をしていたが、話しかけるかどうかはユーカ次第だ。
だが、実際にユーカはその怪しげな二人に話しかけて、今回の大型討伐の話を聞いた。ユーカが魔王様の生まれ変わりなら、あの場に龍が出現する理由に必ず疑問を抱く。そうなると、必然的にその真相を確かめるため、この大型討伐依頼に参加するだろう。俺もそれを見越して冒険者証を作ったのだ。
先日の病院襲撃。今回の討伐の噂。どちらも、たまたまユーカの近くで起きたと片付けるには出来過ぎている。
気味の悪い感覚が背筋を這い上がり、皮膚の裏側に何かが貼りついたような、不快で拭えない違和感が全身を襲った。
「そうでしたか。強そうな方だったので」
会話はそこで途切れた。特に続ける気にもなれず、俺は焚き火の前でただ炎を眺めていた。その時、背後に足音や気配を感じた。上手く隠しているように思えるが、俺は安全面を考えて索敵魔法をここら辺一帯に掛けている。その為、振り返らずとも分かる。シュガーだ。
「どうかされましたか? シュガーさん」
俺はシュガーの方を見る。
「寝付けなくてな。あの龍、やろうと思えば我々を殺すことも簡単だったのではないかと考えていて」
ただの推測にしては、言い切り方が妙に鋭かった。まるであの龍の正体を確信しているようだった。それを俺にわざわざいう理由は何なのだろうか。俺の正体に気付いているなら、言えばいいものを、そういう話は一切なかった。
「それはそうですね。明日も早いでしょうし、今日はゆっくりしてください」
「あ、ああ」
俺はふと甘い香りを思い出した。あのときユーカが作っていた菓子——紫龍が好んでいた、あれだ。形も味も、作り方まで俺が魔王城で振る舞っていたものと寸分違わない。偶然にしては出来すぎていると思っていた。
紫龍の嗜好を知っているのは、魔王様と俺を含めた四天王だけ。もし、魔法を失った魔王様が居たとして、どうやって本人だと信じさせるだろう。過去の話や口振りだけじゃ説得できないかもしれない。だが、紫龍の好物を同じ作り方で再現できるとなれば話は別だ。
もしユーカが意図的にそれをやったのなら、この菓子を渡すべきだ。おそらく、ユーカはどこかのタイミングで抜け出して、紫龍に会いに行くだろう。会いに行けば魔王様の生まれ変わり、会いに行かなければ、偶然の一致。俺がわざわざ危ない橋を渡ることもなく、魔王様であるかどうか分かる。
「もしよければ、お菓子でも食べますか? 偶然ギルドで頂いたものなのですが」
「え?」
「嫌いでした?」
「いや、そんなことはないが」
このモヤモヤが晴れると思うと、少しうれしいような悲しいような、そんな気持ちが渦巻いた。もし魔王様の生まれ変わりだったら——。俺は素直に嬉しいが、人間と魔族が仲良くしているなんて知られてしまったら、ユーカの身が危険だ。そう思うと、知りたくないような気持もある。
「ありがとう、おやすみ」
「おやすみなさいませ」




