50話
ロードはダイヤモンド帝国のギルドで、一人深く考え込んでいた。彼は勇者パーティーの中で事実上のリーダーであり、土属性と闇属性に適性を持つ指折りの実力者だった。しかし、その肩書きの響きは今となっては全く関係ないものだ。勇者パーティーは勇者の逃亡によって事実上、解散してしまったのだから。
勇者パーティー。そう呼ばれるだけで、人々は色々な期待を寄せた。魔王や魔族から民を守る英雄で、そんな英雄は常に問題を解決してくれると。
しかしパーティーの実情は違った。肝心の勇者本人が冒険に乗り気ではなかったのだ。依頼を受ければ仕方なく遂行する、ただそれだけ。自ら依頼を取ろうとする意志は殆ど無く、仲間と交わす言葉も必要最低限だった。パーティーの仲間たちも、勇者が何を考えているのかは分からなかった。
ある日、勇者はある依頼を引き受ける代わりに一人の男をパーティーに入れたいと志願した。今まで自分の考えすら言わなかった勇者が初めてそんな意見をパーティーにぶつけたのだ。そして勇者が連れてきたのは、フウという名の男だった。その瞬間から、勇者は別人のように明るさを取り戻し、フウと共に過ごすことが多くなった。
しかしフウには決定的に欠けているものがあった。魔法の才だ。勇者パーティーに選ばれるのは、Sランク冒険者や魔導士の中でもひと握りの精鋭に限られる。そこに才なき者が加わったのだ。選ばれた側の矜持が、許すはずもなかった。
始めは軽口に過ぎなかった。だが、次第にそれはエスカレートしていった。やがてフウは鬱憤をぶつける標的となった。彼がどう思っていたかは分からないが、嫌な顔一つせずにパーティーのために自分が出来ることを行っていた。
そんな日々は長く続かず、勇者がそのことを知ってしまったのだ。そしてフウを連れてパーティーから姿を消したのだ。勇者のいない勇者パーティー。それは国の威信を揺るがす大事件であり、メンバーたちは当然のように糾弾された。
国中に広がった勇者への失望は、誰もが勇者に対して『魔王を討伐する意志など、もはやないのではないか』と思わせるに十分だった。実際、勇者は依頼以外に遭遇した魔族を殺していないし、魔族討伐に対してもあまりやる気が起きていなかった。
勇者が変わったのはフウが現れてからだ。フウはおそらく、勇者にとってフウはとても大切な存在なのだろう。つまり、フウを受け入れればきっと勇者は戻ってくる。そんな浅ましい考え。でも、もはや勇者を失った勇者パーティーが再び返り咲くためには、それしかなかったのだ。
ダイヤモンド帝国に居場所がない勇者が行く場所は故郷であるアクアマリンしかない。ロードたちはアクアマリンの辺境にある勇者の家に先回りしていた。そこでは勇者の母親が洗濯をしていた。
ロードたちは母親に見つからないように、家の近くで勇者の帰りを待つことにした。下手に出てしまえば母親に見つかる可能性がある。三人は木陰に隠れてその時をじっと待つことにした。
そして、数時間が経ったとき、急に扉が開いた。そこに人影はない。
「隠密魔法か。まぁ、何かしら魔法は使っていると思ったが」
隠密魔法を破るためには、光属性の心眼魔法が必要だ。だが、そんな魔法を持ち合わせている者はいなかった。
「光属性はお前が得意としている属性だろ」
「ロードさん、心眼魔法っていうのは、光属性の適性があってもほとんど使える人がいないような魔法なのですよ。それを易々と出来るわけがないでしょう」
次の刹那、建物内から声が聞こえた。内容から察するに、母親が死んでいるらしい。勇者パーティーの三名はここで適宜交代しながら見張りをしていた。三人の証言を照らし合わせると、中に入った者は今までいなかったという話だ。つまり、家の中に直接転移してきたか、それとも——。
「勇者を元に戻す計画は白紙ですね。今の勇者は、母親を殺した犯人を私たちだと思っているでしょう」
「元はと言えば、お前がフウを虐めていたことに原因があるんだゾ」
「目障りなガキだったじゃないですか。それに、あなた方も一緒になって虐めていたと思いますが」
「それは……そうだけど」
勇者パーティー三名はその日を境にすれ違い始めた。勇者がいない以上、もう勇者パーティーとしては機能していないし、空中分解も時間の問題だった。
勇者とフウは身を隠すために姿を変えて、冒険を続けていた。と言っても魔族討伐などではなく、Bランク冒険者のフリをして採取依頼などを引き受けていたという。だが、姿を変えても、勇者がいつも身につけているポーチだけは変わらなかった。それに気づいたメンバーの一人が、隣にいたフウを狙って、何の変哲もないナイフを投げた。そして、そのナイフがフウを貫き、フウは命を落とした。
「アイツが魔族を人間と見間違えるはずがない。つまり、アイツは意図的にあの男——ダイを仲間にしたということだ」
ロードは呟くように言った。その声音は冷静を装いながらも、かすかな震えが隠せていなかった。
「ロード……」
「少し気になったんだ。なぜ、アイツは崖から落ちた時、魔法を使わなかったのか。もしかするとフウを追って、本当に死に場所を探していたのかもしれない」
「考えすぎだよ。もしも、勇者が魔族と人間を見分けられたのなら、奴を見抜けたはずでしょ。ボクらは気付けなかった。ただそれだけのことだよ」
フウを殺した勇者パーティーの一人の正体は魔族だったのだ。フウを虐め始めたのも、勇者を勇者パーティーから追い出すための工作。母親を殺すことで、勇者は勇者パーティーに恨みを抱くと思ったという。それらを悪気もせずに、二人の前でペラペラ話したのだ。
まさか、魔族が堂々と人間の地で冒険者のフリをしているなんて誰も思わない。そしてそいつは、冒険者として重宝される光属性の適性があった。治癒系と呼ばれる魔法が得意なら、すぐに勇者パーティーに抜擢されるだろう。
「フウが死んで間もなく、魔王討伐の話が舞い込んだ。そして、アイツが魔王を討伐したのは事実だ」
「それでも、魔王の魔石を持っていないと主張し続けている。勇者は、魔王の魔石に執着していなかったと思ったけど」
魔王の魔石。それは古来より魔王討伐の証であり、力の象徴だった。その石を持つ国は魔族の侵攻を受けないという、信じ難い伝承まで残されている。真偽はともかく、人々にとって魔石は希望そのものだった。
「それにしても、ロードがわざわざ擬態魔法まで使って、ポーチをペリドットの冒険者に渡すとは思わなかったな。魔道具でも何でもない、ただのポーチなんだから捨てちゃえばよかったのに」
「墓と一緒にしておくかは迷ったが、アイツの死を誰かに知らせるためには必要だった」
「もしも、勇者パーティーが結成される前に、奴の正体が魔族だって分かっていれば、こんなことにはならなかったかもね」
二人はただ広い空を見上げていた。




