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5話

 どれほどの時間が経っただろう。部屋に満ちていた静寂を破ったのは、扉をノックする音だった。私たちは顔を見合わせ、小さく息を飲んだ。ここは城内で、不審な者が訪ねてくるなどまずありえない。


 応じるようにドアを開けると、そこには女中らしき女が立っていた。年は二十代くらいだろうか、身なりは整っており、手には白布の手袋をしていた。私たちに言葉が通じないことを心得ているのか、女中は一言も発することなく、ただ「ついてくるように」と身振りで促してくる。


 私とカホは目を合わせ、無言のままうなずいて、女中の背中を追うようについていく。石造りの廊下には細工の施された燭台が等間隔で並び、窓からは冷たい光が差し込んでいる。荘厳なその空間に、私たちの足音だけが反響していた。


 案内されたのは、大広間のような食堂だった。長椅子と長机が何列も並び、壁際には古い絵画や彫刻があった。窓際の席に目を移すと、見知った顔が二つ並んでいた。鈴木と田中だ。先にここに連れて来られたらしい二人は、何かを話し込んでいた。普段の学校生活では、特に親しい関係ではなかったはずだ。それでも今この異常な状況下では、「同じ言葉を交わせる者」というだけで、十分すぎるほどの繋がりなのだろう。


 私達は鈴木と田中に向き合うように席に着いた。すると銀の皿に盛られた食事が目の前に運ばれてきた。肉、根菜、焼きたてのパン。香草の香りが漂い、食欲をそそられる。


「もっと粗末なものが出てくるかと思ってたけど……これは予想外だな」


 鈴木はそう呟き、肉にナイフを入れた。


 無言のまま、各々が口を動かし、腹を満たす。だが満腹になったところで、皆の不安が消えるわけではない。私だって、問いが無いわけではない。私の中に巣くっているのは、この世界が、果たしてどれほど変容しているのか、私が死んだ後の世界なのかということだった。


 やがて、鈴木が口を開いた。


「とりあえず、元の世界に戻れるまでの間、俺らは自由にしていいらしい。この国の金ももらった」


 そう言って彼がテーブルに置いた小さな4つの袋の中には金貨がぎっしりと詰まっている。


 私は金貨を見てふと思い出していた。かつて人間族と交わりを持った四天王の一人が語っていた人間族の貨幣制度だ。木で作られた木貨、石の石貨、そして最も価値の高い金貨。庶民は前二者を用い、金貨は貴族以上の階級が持つものという話だった。そう、目の前にあるこの金貨の量は、慰謝料と言わんばかりの量である。


「これで……服ぐらいは買えそうですね。ずっと制服だと、目立ってしまいますし……」


 カホがぽつりと呟いた。鈴木がわずかにうなずき、小袋をこちらへと差し出した。金の詰まったその布袋は、まるで今、この世界で「生きていくこと」を強いられているという現実の重さを象徴するようだった。


 袋の口を結びながら、鈴木が口を開いた。


「……まあ、こういう状況下で言うのも変かもしれないけど、これを機に、少し話しておかないか?……自己紹介とかさ」


 彼の声は軽いようでいて、どこか虚ろだった。言葉の端々に、現実を信じきれない不安と、それでもこの場に適応しようとする焦燥が滲んでいるのを感じ取れた。


「そうですね……高校一年の6月。高校に入学して、まだ三カ月も経っていませんし。お互いのことも……あまり知らないままで、こんな……こんなことに」


 私はそう返しながら、ただ、皆の表情が少しずつ冷えて、色彩を失っているように感じた。現実を突きつけてしまっただろうか、先の発言は失言であったことを自省しつつ周りを見た。


「ユーカちゃんの言うとおりだよ。まずは、自己紹介しようか」


 口火を切ったのは、カホだった。私の発言をフォローしてくれたのだろう。先ほど部屋で少し話しただけなのに、嫌な顔せず、話題を流してくれる。カホのそういう姿勢が先生やクラスメイトの信頼を買っていたのだろう。


「私は、一応学級委員をしてました。高橋夏帆です。カホでいいからね」


 続けて、鈴木が口を開いた。特に順番なんて決めていなかったが、カホの座る位置から時計回りに進むなら鈴木に当たる。直感的に自分の番だと思ったのだろう。


「俺は鈴木将吾。サッカー部で、得意科目は体育って言ってもここでは授業とか特にないけど。俺のことはショウゴとか、そんな感じで呼んでくれ」


 その声は、妙に軽かった。わざと明るく振る舞っているのが見え透いていたが、それは彼なりの均衡の取り方だったのだろう。


「田中晴人。ショウゴと違って帰宅部だし、運動は嫌いだけど、強いて挙げるならゲームが好きかな。呼び方はハルトとか田中とか、何でもいいよ」


 ハルトはそういうと俯いた。話すことに慣れていないのか、少し緊張した様子だった。


 そして、全員の視線が私に集まった。私は言葉を発する前に、深く息を吐いた。喉の奥が重く、硬い岩で塞がれたような感覚があった。


「……私は佐藤優香。部活とか、委員会とかには……所属していないです。よろしく」


 特にこれと言って話すこともなく、淡々と終える。私の自己紹介が終わると、ショウゴは言った。


「それじゃあ、明日は各々必要なものの買い出しとかでいいよな。一時的でもここに住むことになるんだし」


 こうして転移初日は幕を閉じた。

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