47話
彼の名前はアール。数分前にSランク冒険者として登録された、光属性という珍しい適性を持つ男だ。男の俺が見ても惚れるほど顔立ちが整っていて、綺麗な赤い瞳とサラサラの金色の髪は、思わず誰もが二度見してしまうほどだった。その証拠にギルドの職員も顔をじっと見つめて惚けている。
「ダイさんもSランク冒険者なのですか?」
「ああ。前に測定した時はどうやら魔道具の調子が悪かったみたいでな」
未だに自分が信じられなかった。初めて冒険者証を発行したとき、特別な操作をした覚えはない。今と同じく普通に手を乗せただけだ。そのはずなのに以前測定した時の適性は風属性、魔力量は四十一と出ていたのだ。
「ここで出会ったのも何かの縁。一緒にパーティーを組みませんか?」
「一応、複数人で依頼を受けないといけないって決まりがあるからな……仕方がないか」
仕方なく俺はアールの手を取った。アールはさわやかな笑顔を俺に向けた。
依頼は原則として複数人で受けるのがルールだ。大抵、冒険者は四人から五人のパーティーを組んで依頼に赴く。以前の俺はセネトと二人で固定パーティーを組まず、人数合わせや助っ人として他のパーティーに入ることが多かったが、固定パーティーの方がメリットは大きい。継続して依頼を受けられれば、収入が安定するからだ。
「冒険者として守るべきルールはここに書いてある通りだ」
「なるほど。これを順守すればいいのですね」
「ちなみに、これを破ると謹慎処分が下されるらしい。俺はそういうペナルティをもらったことはないけどな」
「破ったことがあるんですか?」
「一回だけだ。大切な人が死んだって聞いて、魔族領に単独で転移したんだ。どちらも規則違反だな」
俺はアールの緊張を少しでもほぐそうと笑ったが、アールは真剣な目でギルドの規則を読み続けていた。
「そういえば、アールはどんな魔法を使うんだ?光属性っていえば治癒系と転移魔法が有名だが」
「治癒系と言われるものでしょうか。回復魔法、魔力回復魔法、浄化魔法、すべて使えますよ」
「ここで言うのもなんだが、医療関係の方が向いていると思うぞ。病院は人手不足が深刻だ」
「冒険者として最前線に立つ方々を少しでも助けられたらと思っているのです」
確かに、冒険者は魔族領に入る以上、危険がつきものであるし、回復が出来る仲間がいた方がよい。
そんな輝かしい動機を持っているアールとは反対に俺が冒険者を続ける理由は魔族領に入って魔族を皆殺しにするという不純なものだ。セネトの死に関係なくとも、俺が勝手に魔族を恨み、魔族などいなければいい、そんな気持ちが先走りしている。
そもそも、アールのような志を持った冒険者の方が少ない。冒険者がいる理由の多くは魔族討伐にある。採取や調査もあるが、大半は討伐任務であり、国内の安全は魔導士に、魔族領の調査は冒険者に任されることを考えても、冒険者は魔族を殺す運命にあるのだ。
「俺は、大切な人を魔族に殺されたんだ。だから魔族を殺さないと腹の虫が収まらない」
「そうですか」
アールは初対面のはずなのに、俺の話を素直に受け止めてくれた。冒険者同士には互いの過去を詮索しない暗黙の了解があるが、これから一緒に行動する仲間くらいには打ち明けてもいいだろう。
「それじゃあ、明日の朝、ここにまた集まろう。初日から冒険って言うのは流石に早すぎるだろう?準備もしていないだろうし」
「そうですね。冒険者として必要な物とかはありますか?」
「寝袋とか食料が主だな。闇属性の魔法に収納魔法があるから、俺はそれが発動できるかどうかだけ試してみるよ。もし無理だったら、当面の間はリュックだな」
「分かりました」
俺は手持ちの金を確かめる。セネトと冒険した時に得た報酬を合わせて石貨四百枚程度だ。食料を買い込むには十分の金額である。
さらに、アールが治癒系の魔法を使えるというので、回復薬を購入する必要が無い。例えば深手の傷でも回復する上級回復魔法に相当する治癒草から作られたポーションは金貨数十枚で取引されている。とてもじゃないが、今の俺の有り金じゃ全く手が届かない額だろう。SランクやAランクパーティーの殆どは治癒系の魔法を扱える冒険者を仲間に入れているのはこれが理由だ。
俺は食料を幾らか購入した後、魔導書を読みに図書館に向かった。今までは自分の魔力量から上級魔法程度までしか出来ないとばかり思っていた。だが、魔力量百というのなら、魔法の最高クラスである神話級魔法にだって手が届くかもしれない。
ギルドに置かれている魔導書は、初心者冒険者用の物で、上級魔法までしか記述されていない。今の俺が必要としているのは、魔族を殺すための圧倒的な力の魔法だ。
「おはようございます」
「おはよう」
翌朝、ギルドに併設された宿泊施設を出て、まだ眠気の残る身体を無理やり起こしながら受付へ向かうと、そこにはアールが立っていた。
「そういえば、お前の家ってこの辺なのか? 昨日言いそびれたんだが、ギルドには宿泊所があって、誰でも無料で寝泊まりできる。おすすめだぞ」
「お気遣いありがとうございます」
「ベッドは簡素なものだがな。さて、今日の依頼は」
「これなんてどうでしょう?魔力草の採取、Aランク依頼です」
魔力草——魔力を回復させる効果があるとされる草だ。生息地は魔族領の北西、人里からは遠く離れているため、Aランクに格付けされたようなものだろう。
セネトがここにいたなら、真っ先に飛びついていたに違いない。そう思った瞬間、胸の奥にセネトとの思い出が蘇った。依頼を一緒に選んでいる時の顔、他のパーティーに声をかけている姿、かつては当たり前にあった声や笑顔が、そこには無かった。
「アールは初陣だし、このくらいでいいか。パーティーは基本四、五人で組むことが多いが、討伐依頼ではないし、魔族が現れたら俺が攻撃する。回復はお前に任せる形でどうだ?」
「そうですね。もし何かあっても、転移魔法で逃げればよいと思います」
形ばかりの打ち合わせを済ませ、依頼が書かれた木の板を受付に差し出す。承認の印を押された木板を手にしたとき、何の感情も湧かず、そのままアールの方を見た。アールは目を輝かせて、今から始まる冒険に心を躍らせているといったところだ。
俺にだってこういう感情はあったはずだ。冒険の始まりという高揚感、セネトがいないからだろうか、俺の心に空いた穴はそれだけ大きかったのかもしれない。
「門まで転移するか」
「なるほど、魔族領に直接転移するのはご法度ですが、門の前までなら問題ありませんからね」
ギルドから魔族領の入口までは距離があるため、転移魔法が使える冒険者なら、これは至極当たり前の光景だ。俺が風属性の転移魔法を唱えて、何度も通った魔族領の入口に当たる門まで転移した。
「お願いします」
「はい、気を付けて」
冒険者証と木板を門番に見せ、俺たちは魔族領へと踏み入った。
「魔族領と人間の土地は、この壁で仕切られている。つまり、ここから先は魔族領というわけだ」
そう説明しながらも、目の前に聳える土壁を見上げた。魔族が本気を出せば、容易く崩せそうな壁だが、少なくとも俺が目覚めてから魔族がこの地に攻めてきたという話は無かった。
「この壁、ずっと国境沿いに続いているんですか?」
「ああ。土属性の魔法で築いたものだろう。魔族が壊そうと思えば、一瞬で崩れそうだが」
「索敵魔法などは使わなくてよいのですか?」
「索敵魔法か……闇属性はまだほとんど覚えていなくてな。昨日分かったばかりなんだ」
「そうでしたね」
それ以上の会話は続かず、沈黙が広がった。セネトと歩いた道は、笑い声や冗談で満たされていた。だが今は違う。隣にいるのは昨日出会ったばかりの男で、あまり口数が多いタイプではない、どこか気高い奴だ。
「そろそろ野営するか」
「はい。私が見張りをしますから、先に休んでください」
「二人だと夜が大変だな。多くの冒険者が四、五人で組むのは、こういう面もあるんだろうな」
「大丈夫です。私は夜が好きですから。この星空を眺めているだけで、時の流れを忘れられるのです」
「お前……友達いないだろ。俺も言えた立場じゃないけど、お前はひどく孤独に見える。一応俺らは仲間なんだから、あまり無理するなよ。って何言ってんだろうな。今の話は忘れてくれ」
俺は何だか、アールの横顔を見てそんな言葉をぽつりと零してしまった。
月の光に照らされているアールの横顔は、どこか儚げで、指先で触れればすぐに散ってしまいそうな花のように見えたのだ。
その後、俺たちは大した会話もなく適当に食事を済ませた。そしてアールの厚意に甘える形で、俺は先に寝床へと潜り込んだ。
「それじゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
——目が覚めると、あたりはすっかり明るくなっていた。
「ごめん。って普通はいい頃合いで起こすだろ……もしかして一晩中起きてたのか?」
「はい。とても気持ちよさそうに眠っていたので」
何を思いながら、アールは一人起きていたのだろう。俺は自省しながらアールを見る。アールは少しも怒っていなそうだ。
「確かに、昨日は少し疲れていたというか……色々あってな」
セネトの死だ。この出来事は胸の奥底に沈み、俺を縛っていた。だが、いつまでも沈んでいるわけにはいかないと、自分に言い聞かせて虚勢を張っていた部分もある。そして、それを紛らわすように、俺は魔族への復讐を決めた。
魔族がいなければ、俺のように大切な人を失う者は減る。そう信じて、俺は奮起しようとした。
「疲れていないか?」
「大丈夫ですよ。それでは行きましょう」
アールはあっさりとそう言って笑う。俺には分からなかった。この男、一晩中起きていたというのに、俺よりもよほど元気に歩き出している。俺の中でアールという存在への得体の知れぬ恐怖がじわじわと膨らんでいった。
ぽっと出の新人冒険者にしては、肝が据わっていて、そして、出会って少しの俺なんかに優しくしてくれる、ただの優しい人間という言葉では片づけられない何かが、アールにはあった。




