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43話

 青年の記憶を取り戻してから、数日が経った。初めは魔族領に戻ろうとも考えた。だがいまさら四天王として空虚な威光を振るったところで、何になるというのだろうか。魔王が求めたものは今までの魔王が強いてきた支配ではない。人間と魔族が殺し合わずに済む平和だ。


 だが、これには致命的なことがある。人間族がそういう考えを持たない限り実現しないのだ。ならば、魔王がお隠れになった今、俺がすべきことはひとつ。人間の中に紛れ、彼らと同じ目線で歩き、少しずつでも平和を近づけ、魔王が目指した世界にすることだ。


 冒険者という仮面を被って、人間の冒険者と共に魔族領へ入り込み、魔族たちを別の場所へと転移させて衝突を避ける。地道だが、それが一番確実だった。


 もちろん「悪魔」の姿のままでは不可能だ。だから俺は記憶の中にある『フウ』という人間の姿を借りた。海のように澄み渡る髪色——それは、ダイヤモンド帝国の属国アクアマリンの者たちに受け継がれる髪色だった。


 フウの両親は冒険者だった。アクアマリンは海辺に広がっており、魔族領とは隣接していない。ダイヤモンド帝国の本土から見れば辺境にすぎない小さな国だ。ダイヤモンド帝国では昔から魔法主義を謳っており、魔法適性を持たぬ者はこうした属国に流される。こうしてダイヤモンド帝国には強者だけが残るという仕組みになっていた。


 だが、フウの両親は例外だった。このアクアマリンという辺境に生まれながら魔法の才を持ち、冒険者としてダイヤモンド帝国に出向いて稼いでいた。——といっても勇者のような規格外な冒険者ではなく、帝国生まれの天才たちに比べれば弱小冒険者に過ぎなかった。それでも、魔法を十分に扱えるというだけで、アクアマリンの地では十分に尊敬の対象だった。


 本来なら帝国に居を構えることもできたはずだ。だが二人は故郷を見捨てなかった。海風の吹くアクアマリンに家を構え、冒険に出るときは父の転移魔法で帝都へ赴く。そんな生活を選んだのだった。


 両親が遠征に出ている間、幼いフウは近所の家に預けられていた。そこには虚弱な母親と、フウより五つ年上の少女がいた。少女の髪は、この地では珍しい、白銀の不思議な色をしていた。その美しさはしばしば「気味悪い」と囁かれ、少女は孤独だった。


 ——だがフウは違った。幼い彼にとっては、その少女を本当の姉のように慕い、彼女のそばにいることを当然のように願った。二人で草原を走り、丘に寝転がって空を見上げ、笑い合う。フウにとって、それは家族と同じ温もりだった。だが、その穏やかな日々はある日突然終わった。


 いつもなら帰ってくるはずの両親が、帰ってこなかった。一日、二日と待ち続けても、その姿は見えなかった。


「フウ、もう夜だよ」

「……お父さんも、お母さんも、帰ってこない……」


 堪えきれず、フウは彼女の胸の中で声をあげて泣いた。小さな肩を震わせ、嗚咽で言葉を途切れさせながら、何度も何度も叫んだ。


 ——そして何日か過ぎた後、帝国中央ギルドから告げられたのは、無情な現実だった。魔族討伐に向かった討伐隊が全滅。その中に、フウの両親も含まれていたという。


 まだ十歳にも満たぬ少年に突きつけられた「死」という現実は、あまりに重すぎたのだった。


「……冒険者は十四歳から……早く、冒険者になりたいです」


 涙で濡れた瞳で、フウは呟いた。失った家族を追うように、己も魔族領に行こうとしていたのだ。


「でも危険だよ?死んじゃうかもしれない。私は、フウを失いたくない」


 少女は必死に止めようとした。けれどフウは首を振った。その幼い瞳には、不思議な強さが宿っていた。


「何十年経っても……生まれ変わっても……私はずっと一緒にいます。絶対にお姉ちゃんを守ります。だから、心配しないでください」


 その言葉に、少女は目を潤ませ、それでも笑おうとした。


「……わかった。それなら、私も冒険者になって……フウを守ろうかな」


 二人の小さな約束。それは幼い誓いでありながら、確かに心の奥深くに刻み込まれたものだった。


「普通は生まれた時に魔法の適性を測定するそうですが、アクアマリンではそういう風習はないみたいですね」

「ここは田舎だし、アクアマリンでも都市部の方はそういう風習があるかもね。私も自分の魔法適性は知らないけど、近所の同い年くらいの子たちは初級魔法の練習をしていたりしてたし、家によっては測っているのかも」

「それじゃあ一緒に魔法の適性、測りに行きませんか?」

「でも、お母さんがいいって言うか分からないし」


 フウが住んでいる田舎から街までは、子供の足で歩けば二日はかかる。虚弱体質の母親を一人にしておくわけにはいかない。彼女の心の迷いは、言葉の端々ににじんでいた。


「転移魔法だっけ?それが出来たらいいんだけどね」

「転移魔法は風属性と光属性のものがあります。風属性の転移魔法は一度訪れた場所にしか行くことは出来ないのですが、光属性の魔法はある物の場所に行くことができるので、実質風属性の転移魔法の上位互換ですね」

「へぇ。流石はフウ。やっぱりフウと一緒にいると自分の世界が広がる感じがするなぁ。そういえば、魔法ってどうやって発動するの?」

「その魔法をイメージしながら、詠唱するんです」

「だからぶつぶつ言ってるんだ。その魔法をイメージしながら……」


 その瞬間、足元が揺らぎ、どこからか風が舞い始めた。次に見えたのは、見慣れぬ石畳の通りと人々のざわめきだった。フウと少女は目を丸くして辺りを見渡す。


「え?ここって」

「街ですね……。もしかしたら、先ほどの話を誰かが聞いていたのかもしれません。とはいえ、帰る手段は無いのですが」


 彼女の瞳が大きく見開かれる。転移魔法を詠唱もなく発動するなど、常識ではあり得ない。故に二人は誰かが自分たちに魔法を掛けてくれたとばかり思っていたのだ。


「とりあえず、魔法適性測定しに行こうよ。帰る手段はその時考えればいいし」


 彼女は恐怖よりも好奇心に突き動かされたのだろう。フウの手をぎゅっと握り、そのまま人混みの中を走り抜ける。



 ◆



「魔法適性を測定したいです」

「はい、どうぞ」


 役所の机に置かれた水晶玉は、何の変哲もない球体だ。水晶玉に手をかざすだけで自身の魔法適性が浮かび上がるという物だ。鑑定魔法の類を真似た魔道具であろう。


 フウが手をかざすと、玉は淡い赤色を帯び、「12」という数字を浮かび上がらせた。平凡と言ってよい数値である。冒険者を目指すには少し足りないが。


「凄い!私もやっていい?」

「はい」


 少女の小さな手が水晶玉に触れる。次の刹那、玉は爆ぜるように光を放ち、赤、青、緑、茶、紫、黄と次々と色を変えていく。眩しさに目を細めた役人が、次の瞬間、絶句した。


「百……」


 浮かび上がった数字は、限界値。これ以上は測れないということだ。


「こ、これは!」

「すぐにダイヤモンド帝国に通達しろ!勇者が現れたぞ!」


 人が押し寄せ、少女の細い肩が小刻みに震えた。恐怖に目を潤ませ、彼女は反射的にフウの手を掴む。そして気付けば、そこはもう家だった。


 少女は勇者の適性を持っていた。ごく一部の勇者やSランク冒険者は、詠唱なしで魔法を発動することができる。つまり彼女は、無意識に強く願っただけで転移魔法を使いこなしたというわけだ。


「あの、✕✕お姉ちゃん。あれは……その」

「フウと一緒に冒険できるよね?私、フウと一緒じゃないと嫌だよ。だって、フウだけなんだもん。私のこの髪を褒めてくれたのも、私と一緒に遊んでくれたのも」


 必死に言葉を紡ぐ声は震えていた。怖かったのだ。急に押しかけてきた大人たちが口々に勇者と祀り上げたこと、この先に待っている未来が自分の思い描く未来ではないということ。彼女はフウにすがった。


「大丈夫です。✕✕お姉ちゃんは、私が居ないと、ダメダメですから。炊事も洗濯も出来ないし、文字だって書けないですし」

「そう。私、フウが居ないとダメなんだもん。お母さんにいつも言われてる。だから、私の前からいなくならないで、私とずっと一緒に居て」

「はい。勿論です」

「何十年経っても、生まれ変わっても、絶対に一緒にいよう。これは約束だから」


 互いの指と指が絡み合い、二人の約束は小さな部屋の中で交わされた。二人はよくこの言葉を交えていた。どれだけ時が経っても、ずっと一緒に居ようという誓いだ。だが、そんな誓いはあっさりと崩れてしまった。翌日には、フウが居候している女の子の家にダイヤモンド帝国の国章を掲げた者が現れた。


「この女が全属性の適性を持っているとかいう奴だな」

「やめて!」


 男たちは無抵抗の少女の髪を乱暴に掴み、泣き叫ぶ声を嘲笑うように、水晶玉へとその手を押しつけた。水晶玉は、容赦なく全属性の光を放ち、観衆に少女の魔法の適性を見せた。彼らはそれを確認すると、まるで獲物を縛るように彼女の身体を拘束し、目に布を巻き付ける。


「娘に手を出さないで……!」


 虚弱な体のはずの母親が、声を振り絞った。だが次の瞬間、奥から現れた大柄な男の蹴りが、その細い身体を容易く吹き飛ばす。鈍い音が響き、母親が床に崩れ落ちた。


「こんなところに逃げていたとはな。驚いた」

「ふぁ、ファイアーボール!」


 フウの小さな叫び。まだ一度も魔法を使ったことはない。昨日ようやく火属性に適性を持っていることが分かったくらいだ。そのため、見様見真似である。当たり前のように指先に炎が宿ることはなく、ただ叫んだだけで終わってしまう。


「なんだ?ガキ、火すらついていないぞ」

「お姉ちゃんを返してください!」


 声は震えていた。それでも必死に叫ぶ。だが返ってきたのは、あまりに残酷な宣告だった。


「ははは。この女は勇者の適性がある。全属性に適性を持つ者は数十年に一人の希少な存在だ。魔王に抗えるだけの魔力量を持ち、人類の希望と呼ばれる存在。魔族が人間を虐殺していることくらい、田舎者でも知っているだろう。魔王を討ち取れば平和になる。なのに、この母親は何を思ったのか逃げ出し、こんな辺境で子供を隠していたのだ」

「自由にさせてあげたかっただけなの。その子が、自分の意志で勇者を目指すならいい。でも、無理やり勇者にするのは違う……!」


 母の叫びは、冷笑と共に踏みにじられる。男は再び母親の腹を蹴り、母親が動かなくなったことを確認すると、そのまま少女を連れて行ってしまった。



 ◆



「転移魔法があれば……逃げられるはずです。だから――」

「無理よ。あの拘束具には風と光属性の魔法を封じる効果があるの。理屈はわからない。でも、あの子はもう……」


 母の声は震えていたが、絶望に飲まれることはなかった。フウを見据える瞳は、不思議なほどに澄んでいた。


「昨日、魔法の適性を測定したんです」

「あの子が冒険者になりたいと言ったの?」

「……私が冒険者になりたいと言ったからです。色々な世界を見たいって。両親の敵を討ちたいって……」

「そう。私は元々ダイヤモンド帝国に住んでいたの。そして、あの子が生まれた時に勇者の適性があることを知らされた。でも……私は、あの子にそんなものを背負わせたくなかった。だから逃げたの。そんな時に出会ったのが、あなたの両親だった。事情を話したら、この村まで転移させてくれた」


 フウの胸が痛んだ。自分が軽い気持ちで「魔法の適性を測りたい」と言ったばかりに。彼女が、連れ去られてしまったのではないかと幼いながらに感じていた。母親はそのことを隠して彼女が自由に生きれるようにしていたとしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと、一層自分を責めた。


「私が……」

「フウを責めたいわけじゃないの。本来なら、とっくにあの子は勇者として国に連れて行かれるはずだった。それでも、あの子に友達……いいえ、大切な人と呼べる存在ができた。それだけで、私は感謝しているの。でも——、ごめんなさい。あなたの顔を今は、見たくない」


 フウは泣きたくなるほどの後悔を覚えた。自分のわがままのせいで、彼女を奪われてしまった。

 本当は誰よりも辛いはずの母親は涙を堪えて、フウへの感謝を述べた。罵倒してもいいはずなのに。フウは自分がどれほど幼稚で無力か、痛感させられた。自分がもしあの時ファイアーボールを打てていたら。もっと魔法が使えたら。


「……お姉ちゃんと約束したんです。絶対に一緒に居ようって。魔法の才がなくても、お姉ちゃんの横に立てる人間になりますから」


 その日を境にフウは家を出た。××の母親と一緒に居るのが気まずくなったからというのもあるが、己の弱さを知ったからだろう。


 街に赴き、魔法、魔族、歴史。あらゆる知識を貪るように学んだ。魔法がうまく扱えないならと剣を取り、血の滲む訓練に身を投じた。宿代を惜しんで森に野宿し、冷たい夜風の中で、いつしか誓った言葉を何度も繰り返す。


 そして、彼女を失ってから五年。フウは、十四歳となり冒険者となる資格を得ていた。だが、彼の掌に灯る炎は、相変わらず小さな火種にすぎなかった。魔力量や魔法適性があっても、魔法が使えるとは限らない。それは残酷な現実だった。


 そしてあの村には虚弱体質である××の母親の様子を一カ月に一度陰から見守るためだけに戻っていた。顔を合わせたいと何度もドアをノックしようと立ち止まったが、あの日のことを思い出し、自然と足が遠のいた。


 ある日、いつものように村に戻り××の家に行くと、そこには髪を短くした××が草原に寝転がっていた。風貌は少し変わっても、すぐにそれが××であると分かった。


「もしかしてフウ?」

「お、お姉ちゃん!?」

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