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42話

 十七年前。勇者パーティーが迫っている中、魔王は俺らを残して、ただ一人、魔王城に留まることを選んだ。あまりに唐突で、あまりに冷徹な決断だった。勿論俺は反発した。魔王の命令は絶対だ。魔王がそう望むのならば、従う以外に道はない。それが魔族の理である。ホワイトドラゴンや紫龍はそれを心得ているのか、俯いたまま一言も発さなかった。


「——アメリア、吸血鬼、ホワイトドラゴン、悪魔。勇者と余計な争いはしたくない。最後は私がどうにかする。お前たちは他の魔族を安全な場所へ誘導せよ」


 淡々とした声音。けれどその裏に、決して覆せぬ覚悟が滲んでいた。俺の胸は恐怖で締め付けられ、呼吸すら上手くできなかった。そして震える手で魔王の衣の裾を掴んだ。


「魔王様……俺は、何と言われようとここに残ります」


 声が裏返り、言葉が震えた。心の奥底にある叫びをそのまま吐き出していた。危険な目に遭わせないように四天王がいるんじゃないか?俺がいくら勇者パーティーに瞬殺されたからといって、何もできないわけじゃない。


 魔王を失いたくない。それは皆同じだろう。


「私は……皆を失うのが嫌なんだ。勇者の目標は私一人。それなら私だけでよい」

「俺だって……魔王様を失うなんて……」

「悪魔、魔王様が決められたことです」


 必死に縋る俺の声を、ホワイトドラゴンが断ち切った。いつもは俺の事を“悪魔くん”と呼ぶはずなのに、真剣な眼差しこちらを見ている。


 静かに、だが残酷に俺の腕を引き剥がす。その瞬間、目頭が熱くなり、涙が視界を滲ませる。こんな感情、俺は知らなかった。いや、知ろうともしなかった。だが、確かに胸の奥で叫んでいた。


「俺はッ、魔王様を失いたくない……んだ」


 子供のような声。滑稽だと分かっていた。それでも、止められなかった。


「大丈夫だ。私は簡単に敗れぬ」


 魔王はそう告げた。揺るぎないように見せかけながら、その声はかすかに震えていた。でもそれを気取られないように魔王は俺の頭を撫でた。


 俺たちは魔王の命令に従い、城の周囲の魔族たちを避難させていた。後はただ、魔王の帰還を待つのみだ。焦燥が身体を蝕み、沈黙は空気を締め付けた。


「まだなのかよ」


 耐え切れず吐き出した声は、ほとんど泣き声だった。その時だった、大地を揺るがす爆発音が、俺たちの待つ場所まで響いてきた。音が聞こえたのは、魔王城の方角。そこから火の手が立ち昇っていた。


 絶対に壊れることのないはずの魔王城。それを焦がす炎を目にした瞬間、皆は石のように固まった。ありえないことが実際に起きているのだから無理もないだろう。


「おい、吸血鬼。魔王城は壊せないんじゃなかったのかよ……」


 信じられなかった。信じたくなかった。そして他の魔族は何となく察し始めたのだ。勇者が魔王を討伐した。つまり魔王は、もう帰ってこないのだと。それでもこの目で見ていない限り、生死など分からない。俺は魔王の帰還を待っていられなかった。


 頭の中で「待て」という声と「行け」という声が何度もこだました。


「俺が見てくる。お前らはここにいろ」


 吸血鬼が制止する声が聞こえる。だが耳には届かない。ただ魔王にもう一度会いたい、そんな思いが俺を突き動かした。俺は転移魔法を使い、炎に包まれた魔王城の前に転移した。


「マジで燃えてやがる」


 赤黒い炎が天を裂き、崩れ落ちる城壁が凄まじい轟音を響かせる。あの誇り高き魔王城が、今や炎に呑まれる廃墟と化していた。辺りに魔王の姿は見えない。躊躇などなかった。炎の熱気に包まれながら、俺は魔法で身を護り、そのまま城の中に入った。


 瓦礫が降り注ぎ、石壁が崩れ、火の手があちこちに回っている。


「魔王様ッ……!」


 声を張り上げても返事はない。耳に届くのは、崩落する天井の音と炎の唸りだけだ。歩を進めるたびに、足は重く沈んでいった。魔王城がこれほどまで崩壊すると誰が想像しただろうか。先代の魔王が作ったという対魔法に特化した魔王城が今や跡形もなく炎に包まれている。


 そして俺は、それを見つけた。


 黒焦げになった小さな塊。最初はただの瓦礫かと思った。だが、俺の目は騙されなかった。鑑定魔法を使った瞬間、全身が凍りつく。


「ブラッドウルフの赤ん坊……?」


 ブラッドウルフ。高い知能と魔力を持つ魔族だ。普段は群れになって暮らしている。


 このブラッドウルフはまだ幼いのに、この炎に焼かれて死んだのだろうか。手が勝手に伸び、俺はその亡骸を抱え上げていた。そもそもブラッドウルフの生息地はここからかなり離れているはずだ。ということは、勇者パーティーが連れてきたのだろう。


「ふざけんなよ……」


 声が掠れる。歯を噛み締めても震えは止まらない。城はなおも崩れ続け、俺は後退を余儀なくされた。魔王の影を探しながら、それでも見つからぬまま炎に追われるように外へと逃げるしかなかった。


 俺はどうしてこんなにも魔王を探しているのだろう。ただの主従関係ではなかったのか?

 俺はどうしてこんなにも魔王が死んでほしくないと願っているのだろう。俺が守ると決めたから?


 避難場所に戻ったとき、仲間たちの視線が俺を突き刺す。答えは聞かなくても分かっていると言った素振りだ。だが、俺の腕に抱かれているものを見た瞬間、その場に重い沈黙が落ちた。


「悪魔……それは……」


 俺は吐き捨てるように答える。


「魔王城は全焼……勇者も、魔王様も……見当たらなかった。辛うじて、ブラッドウルフの死体だけは見つけたから、ブラッドウルフの住む里に埋葬してあげた方がいいと思って」


 言葉を口にした途端、胸の奥に空洞が広がった。魔王が死んだなんてことは認めてはならない。

 きっとどこかで生きているはずだ。少し帰るのが遅くなっているだけで、きっとまた会えるはずなんだ。


 俺は堪え切れず、その場を離れた。ふらつく足取りで、遠ざかる仲間の声を背に、ただひたすらに歩いた。そして気付けばダイヤモンド帝国まで来ていた。隠密魔法を使えば門番などあってないものである。


 街に入ると人間の歓声が耳に届いた。魔王討伐を題した笑い声、歓喜の叫びだ。皆が笑顔で勇者を称えて、平和を謳った。


 違う。お前らは何も知らない。この三百年、平和を保っていたのは魔王の存在だった。その王を失ったのだ。ある程度は四天王が次の魔王君臨まで魔族を束ねるだろうが、四天王に魔王ほどの権威はない。


 分かってはいたが、人間達の目には魔王が悪人に見える。逆も然り、魔族からは魔族を殺す冒険者が悪に思える。これは決して変わることのないものだったはずなのだ。だが、魔王は違った。冒険者を生かすために、魔族を生かすために、両者を遠ざけた。幾ら魔力が高いとはいえ、四六時中魔族領全域を索敵魔法などで見張るような魔王は今までいただろうか?


 俺は歓声を避けるようにギルドの宿舎に辿り着き、扉を閉めた。


「うああああああああ……!」


 涙が止まらなかった。涙が頬を伝い、床に落ち、声を抑えることもできなかった。胸の奥が裂けるように痛み、心臓を掴まれたかのように呼吸が乱れる。皆の前ではこんな風に泣けなかっただろう。俺は糸が切れたかのように泣きじゃくった。


 その時だった。まるで忘れ去っていた夢の続きが、唐突に目の前に広がるように、俺の頭の中に溢れていった。見知らぬ青年の姿。隣で笑う女の顔。広がる草原、どこまでも続く空。まるで別人の記憶を見ているかのように、その記憶が流れていく。


「フウは冒険者になるの?」

「私も両親みたいにカッコいい冒険者になりたいです。魔法適性とか魔力量はまだ測った事ないけど、街に出たら測れるみたいですし」

「さみしくなるなぁ。私、フウと一緒に居たいよ」

「冒険者なら色々な世界を旅できますよ。私は、お姉ちゃんと色々な世界を見たい……です」


 ——魔王を失った衝撃によって、俺はある人間の記憶を思い出したのだった。この記憶が何なのかはよく分からない。だが、俺はこの記憶に出てくる女性を知っている。


 俺は他の四天王や魔族と違って、人間の地で育った。それより前の記憶は無いし、言語や魔法も人間に教えてもらった。俺に全てを教えてくれたのが、この女性だ。だが、俺の知るそいつとは少し風貌が違う。それでも直感的に俺は記憶に出てくる女性が、その人だと思った。


 俺は頭を押さえる。どうしてこんな記憶を……。


「悪魔。心配しましたよ。人間の地にいるなんて」

「吸血鬼……?」


 俺は涙ぐんだ顔で声のする方を見る。そこには吸血鬼が居た。吸血鬼は光属性の転移魔法でどこに居ようが、対象の物の場所まで転移することができるため隠れても無駄だ。


「さあ、帰りますよ。紫龍が四天王を辞めてしまいましたから、二人では大変なのです。新しい魔王城建設に、魔族の住居の確保、混乱の鎮静化などやることは——」

「聞いていいか?俺はおかしくなってしまったのかもしれない。分からないんだ。突然知らない人間の記憶が流れて来て、でもその記憶の中には、俺の大事な人がいる気がして」

「それは、あなたが目覚めた時に色々とお世話になったというセネトさんですか?」

「そうだ。でも、俺の記憶の中では、セネトって名前じゃなくて、でもその名前を思い出せないし、髪色とかも少し違って」


 目覚めた時、俺は魔族と知らずに人間として生きてきた。セネトが冒険者をやっていたものだから、俺も同じように冒険者になった。そして俺の冒険者時代を吸血鬼は知っているし、俺の恩人であるセネトの事も俺が話したことである程度知っている。


 すると吸血鬼は俺に向かって言った。


「その記憶の持ち主はフウという名前ですか?」

「そうだが……どうしてお前がその名前を」

「いえ。あなたは、四天王に復帰しますか?それともこのまま音信不通になりますか?」

「音信不通って」

「現状、あなたの居場所を知れるのは私くらいですから。このまま記憶を思い出してみてもよいのではないでしょうか。それでは」


 こうして俺は『フウ』という青年の記憶を思い出しながら、人間の地から魔王が描いた理想郷、誰も血を流さない、争わない世界にしようと誓った。もし魔王が戻ってきても、魔王が失望しないように——。

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