41話
命を捧げれば、一つだけ願いが叶う。ショウゴの言葉を真に受けるなら、そういう理屈になるのだろう。
私がこの世界に転生したのは、赤魔導士であるハルトの願いのせいだ。だが、彼の術が地球にまで及ぶとは、ハルトも想定していなかったに違いない。
「早くしないと、カホが死ぬかもしれない。でもどちらかを選ぶなんて俺にはできなかった」
ショウゴの声は掠れていた。二人を天秤に掛けると何もしていないカホよりも転移の事などを全て黙っていたハルトの方が悪いと思ったのだろう。ショウゴの本心ではハルトを差し出してカホを助けたいというところだ。だが、カホが本当に助かるかもわからないなか、ハルトを差し出して二人とも魔の手に落ちるというのが、最も避けなければならないシナリオであるとショウゴも思っているのだろう。
「その話、ハルトにしたの?」
私は問い返す。
「魔王の話には乗るなって言われた。そんなことくらい俺だって分かっている。でも、何かしないとカホが危ない。それも事実だ。だが、ハルトのせいで俺はこの世界に来たようなものだ。それでも、俺は……ハルトを犠牲にしたくなかった」
……私と同じだ、と心の奥で呟いた。保身に逃げたところで道は塞がれている。代替策など存在しない。私にできることといえば、ツキと吸血鬼の帰還を待つことくらいだ。だが、もし、ツキが戻らなかったら?その時、私はどうすればいいのか。答えはどこにもなかった。
「それは、私も同じ気持ちだ。……ハルトにはハルトの考えがあって、命を使ってまで私を転生させた。私はその想いに、応えなければならない」
その時。コンコンコン、と乾いた音が響いた。部屋のドアを叩く音だ。私はショウゴの求める答えを出せずに、反射的に「はーい」と声を漏らしてしまった。
「ハルト!なんでここに……」
扉の隙間から現れたのは、ハルトだった。
「ショウゴがいるなら、ここかなって思って」
そう言って、彼は自然な仕草で扉を閉めた。このドアに施された細工に気づいているとでも言いたげな、不敵な笑みを浮かべながら。
「バカ!扉を閉めたら!」
「この扉、内側からは開かないのだろ?如何にも、あの皇帝もどきが仕掛けそうな手だ」
ショウゴが必死に止めようとしていたが時すでに遅し。ハルトは扉をぱたりと閉めた。
皇帝もどき。その一言で、ハルトは既に真相に辿り着いていると悟った。ダイヤモンド帝国の皇帝と魔王が繋がっていることを。ショウゴの口ぶりからすれば、まだ詳しく話していないはずだった。だが、断片を繋ぎ合わせれば真実は嫌でも見えてしまう。魔王が城に出入りしていて、それを皇帝が見逃すはずがないからな。
「まさか、地球に転生して魔法が使えなくなるとはな。ユーカを転生させたのも……俺のエゴだ。ユーカがいれば、この世界は再び平和になると思っていた」
私たちの転移には大きな欠陥があった。もし私が「平和を司る者」だとしたら、私が存在しなければ魔法そのものが使えない。つまり、私を転生させておく必要がある。だが、転生の術など聞いたこともない。カホにかけられている不可解な魔法と同じく、私の知識では及ばない領域だった。
「赤魔導士の割に、魔王の肩を持つんだね。私は死んだときの記憶がない。でも、赤魔導士が勇者パーティーの一人だったのは聞いている」
「魔王に肩を持つというより……勇者が嫌いになったんだよ。初めは五人だった。アメリア……そうだろう?」
ハルトはアメリアに歩み寄り、この世界の言葉で静かに話しかけた。その声音には確信があった。彼が私のかつての臣下を見抜いているのは明らかだった。私が元魔王であることを知っているのなら、かつての臣下であると考えても不思議ではないが。
「そうじゃ……五人おった」
「ホワイトドラゴン戦、あれには手こずったよな。勇者も押され気味だった。けど、結果は勝った。一人の犠牲で」
「犠牲……?ホワイトドラゴンは何も言っていなかった。それだけは覚えている」
ホワイトドラゴンもまた、悪魔や紫龍と同じく、勇者の異常さを語っていた。発動速度、魔法の多重展開。四天王クラスの魔族から見ても、その魔法の才は規格外だった。力の差は歴然。しかし、悪魔と違い、ホワイトドラゴンとの戦いには剣戟があった。睨み合いが続き、死闘に至った。そう吸血鬼から聞かされていた。
「……私が人間を殺すな、なんて言ったからか」
別に、私は人間を憎んでなどいない。ただ、殺す理由がなかった。必要がなかった。ただそれだけのことだ。平和を謳ったつもりなどなかった。でもそれを魔族に押し付けたのは事実だ。魔族には娯楽が無かった、だから娯楽を求めて冒険者を殺していた魔族もいたらしい。
「申し訳ない、ハルト」
その瞬間。
部屋は眩い光に包まれた。
視界が白に侵され、私たち四人の身体は見知らぬ空間へと引きずり込まれる。あの日、地球からこの世界へ転移してきた、あの感覚に酷似していた。




