4話
私の目の前で、時折俯いたかと思えば、何かを振り切るように顔を上げ、また沈む――そんなふうにしているのは、高橋 夏帆という女だった。
彼女はクラスの学級委員で、生真面目で、責任感が強く、教師にもクラスメイトにも信頼されている。私は特に親しかったわけではない。だが、彼女の真面目な気質や、誰にでも公平に接する性分は、ある種の安心感を人に与えるものだったのだろう。教師からの雑務を任されても、彼女は眉一つ動かさずにそれを引き受けていた。嫌な顔をすることも、誰かに押し付けることもない。むしろ、そういった役目をするのが合っているのだろう。
「佐藤さんは、不安になったりしないの?私と違って、すごく落ち着いてるように見えるけど」
高橋が、少しだけ潤んだ目で問いかけてくる。同情を求めているのだろうか。捨てられた子犬のような瞳で見られても、私が困るだけだ。
「そういうのは……割り切ってる、かな」
私の返答は、素っ気なかっただろうか。この場での最適解がすぐに思いつかなかった。
元の世界に戻れるのかどうか――。それは、考えても仕方のないことだった。私自身がそもそも時空超えての転移という現象を知らない。私が赤子に転生したことだって、未だにそれが魔法なのか、何なのか分かっていない。私はそれよりも、この世界がどの時代か、そちらの方に意識を向けていた。
もし、私が魔王として死んだあとの時代ならば、あのとき残してきた四天王……忠義を尽くしてくれた臣下たちが、今もどこかで生きているかもしれない。人間の姿ではそう簡単に近づくことはできないだろう。それでも、もし言葉を交わすことができたなら、きっと彼らは、私が誰かを理解してくれるだろうという奇妙な確信があった。私がこうして前世の記憶を持って生まれたことも何か役に立つかもしれない、寧ろ記憶を持って生まれたことは偶然ではないのかもしれないと淡い期待を抱いていた。
「強いね。私とは全然違う……。ちゃんとしなきゃいけないのに、もし戻れなかったらって思うと、すごく怖いんだ」
「怖くていいんじゃない?誰も、怖がっちゃいけない、なんて決めてないし」
私の言葉がどこまで届いたのかは分からない。ただ、高橋の瞳が、一瞬だけ揺らいだのは見てとれた。そして次の瞬間だった。張り詰めていた糸がぷつりと音を立てるように、高橋は、こらえていた涙を零した。それは悲しみとも、不安とも違う――もっと根源的な、帰りたいという心からの叫びだった。彼女は子どものように、時折声を出しながら泣いた。
——やがて涙の波は引いて、すすり声に変わった。高橋は、私に向き直ると、小さな声で言った。
「……ユーカちゃんって、呼んでいい?」
彼女の声は、弱々しかったが、はっきりとしていた。
「いつまでこの生活が続くか分からないけど……ずっと“さん”付けでいるの、なんか嫌じゃない?私のことも、“カホ”でいいから」
私は、少しだけ黙って頷いた。思い返せば、私は同級生とこうして名前で呼び合う関係になれていただろうか?私は少し不思議な気持ちに包まれ、口元がふと緩んだ。