37話
翌朝。もうツキはこの国を出たのだろうか。完全にまかせっきりにしてしまったが、ツキほど素早く飛行できる者はいないし、帰路は吸血鬼の瞬間移動で戻るとしても、翼を傷めながら、九千キロメートルも飛行させるのは少し罪悪感がある。本人は大丈夫と言っていたが、ツキの大丈夫は信用できない。
「アメリア。この世界って魔法があること以外は割と私のいた地球に似ているんだよね」
「そういえば、ユーカの世界ってどんな世界なのかあまり聞いていなかったのじゃ」
「魔法は無いけど、この世界よりずっと発達していて、例えばここ。換気用の穴が開けられているが、私の世界では透明なガラスっていうのがあって、喚気したい時に開けられるようになっていた」
「こういう建物も基本は土属性の魔法で作っているのじゃ、それを魔法無しで作っているなんて……」
「そう。私も驚いた。でもね、似ているって言ったでしょ?日にち、曜日、時間、単位、夜に浮かぶ月の満ち欠けも一緒だった」
私が魔王だった時、こことは別の世界があるなんて思わなかった。でも今は別の世界から来たからこそ言える。地球とこの世界はとても似ている。それが不気味に感じるのは自分だけだろうが。
「もしかしたら、過去にお主の他にも転移した人がいるのかもしれんな」
「それはどうだろう。少なくとも、地球ではそういった話は空想上のものになってたけど」
私はアメリアに地球の話をした。気付けば時間が過ぎ、夜になっていた。ツキが来ても良い頃だと思い、何度か外を見たが、そこには変わらない景色が広がっていた。
「ツキ、何かあったのかな」
「吸血鬼の説得が出来なかったとか、ありそうなのじゃ」
「私も行けばよかったか……」
「いや、ユーカは留まって正解なのじゃ。生身の人間が、ツキに乗って移動なんて出来ないのじゃ」
それは分かっている。九千キロもの道のりを半日かからずに移動できるのだから、飛行機よりも速いスピードで飛んでいるということだろう。そんなスピードで飛ばれたら、呼吸も出来ないだろうし、真正面から受ける風で即死だ。ドラゴンや龍は体全体が鎧のようなものだから成せる業である。
「流石にツキも飛ぶときは擬態魔法の魔道具を外すのじゃろうな、我は本当の姿を見たことないのじゃ」
「いや、ツキは飛ぶときもあのままだ。そもそも擬態魔法っていうのは自分の考える者になれるだけで、筋肉や体は元のまま。幾らマッチョに擬態したところで、元がガリガリだったら筋肉もない。魔族に置き換えれば、人間の身体に見えていても皮膚はドラゴンと同じ。そこら辺の鈍らなナイフじゃ切れないよ」
「我の柔肌も……」
「柔肌に見えているだけで実際は鱗だ」
「うわーん。聞きたくなかったのじゃ~」
そう言ってアメリアは自分の肌をつねる。私はその様子がおかしくて少し笑った。こういう他愛もない空間がずっと続けばいいのにと、私は思うのだった。
私はその夜、夢を見る。草原で誰かと誰かが笑いあう夢。誰かの顔には影が掛かったかのように、どんな顔か思い出せない。
◆
「この空ってどこまで続いているんだろうな」
「どこまでも続いてますよ。私は——と色々な世界を見てみたいです」
「それじゃあ冒険者になるしかないな。二人で色々な世界を見て回ろうな」
「はい」
「何十年経っても、生まれ変わっても、絶対に一緒にいような。これは約束だからな」
「約束……です」
◆
夢から目覚めると、日差しが部屋に差し込んでいる。どうやら朝のようだ。私は何だか懐かしい気持ちになりながら、自分の見た夢を思い出そうとするが、肝心の内容を全く思い出せないでいた。
「アメリア、おはよう」
「ふにゃぁ。ツキが帰ってきたのじゃ?」
「いや、戻っていない。ツキが裏切るとも考えづらいし、やはり道中で何かあったか、吸血鬼と一悶着したか」
私は嫌な予感がした。ダンジョンの奥底に本人の意志とは関係なく身を投じられていて、その時の記憶がない。魔王から直々にクビを言い渡されており、本人は魔王に何かをした覚えはないという。ツキは四天王トップ。言い換えれば魔王を除いた魔族の頂点。魔王の逆鱗に触れない限りはクビになるわけがない。つまり、ツキは魔王にとって障害となる存在だったわけだ。
「無事ならよいが」
「まさか、ツキがそこら辺の冒険者にやられるわけないのじゃ」
「いや、ツキは飛行して向かうという話だった。地上にいる冒険者には狙われないだろう。私が懸念しているのは、魔王だ。魔王ならば、魔族領に入り込んだ者くらい、索敵魔法ですぐに見つけられる。魔王がツキをダンジョンに閉じ込めていた理由は分からないが、おそらく魔王にとってツキは必要のない存在だったんだ。だが、ツキを殺すのは勿体ない。そう考えた魔王はダンジョンに閉じ込め、冒険者を殺すマシーンにした」
「だから、ダンジョンに冒険者の骸が転がってたなんて話もあったんじゃな。実際にはダンジョン内に冒険者の亡骸らしきものはなかったのじゃが……」
アメリアはそう呟いた。私はその言葉に違和感を持った。アメリアからダンジョンの概要は大体聞いていた。どのようなダンジョンだったのか、トラップ、そこに居た魔族など。
「確か、ダンジョンに入ったら、元の道に戻れないように壁が出来ていたのではなかったのか?それなら、何故そんな噂話が出る?生きて戻ってこれたやつがいるとでもいうのか」
「言われてみれば、そうなのじゃな。でもその話は多くの冒険者たちも言っていた気がするのじゃ」
「危険な場所と示しておいて、放置したら大変だと心理的に思わせるといったところか」
「でも、どうしてそんなことをやる必要があるのじゃ?」
「この依頼で多くの冒険者を集めるためだろうな。人間の考えも理解は出来るが、ダンジョンが最初に発見された時のことが分からないと何も言えないな。ダンジョンなんて入り口だけでは洞窟と然程変わらないだろう?中に入って初めてダンジョンだと分かるものだ」
「最初に発見したのが誰かは分からぬが、確かに外側だけではダンジョンかどうかなんて我らにも判断できないのじゃ」
つまり、最初にこのダンジョンを発見した者は、魔王と繋がっている可能性が高い。魔王が作ったダンジョンに冒険者を誘い込むため、ダンジョンの存在を人間側に知らせ、危険なダンジョンであるという印象付けのために、中には多くの冒険者の骸があったと言った。
「ダイヤモンド帝国の中央ギルド、皇帝は騙されたってことじゃな」
「そういうことにはなるが……。それだと、ダンジョン攻略が何故私たちがこの国に着いた次の日だったのかが説明つかない。偶然ならそれで片付けられる話だが」
「確かに日程を決めるのは依頼を出した帝国側じゃ。おそらく最終決定権は皇帝じゃと思うが」
偶然には上手く運びすぎているような気がしてならない。私たちを城内に閉じ込めようとしていたのだから、私たちをダンジョンに関わらせる意図はないはずだ。
「それと……皇帝は魔石を欲しておった。ダンジョンの主の魔石以外は全て冒険者のものになるとまで。でも、ダンジョンの主の正体を話した時、顔色を変えたのじゃ。絶対に討伐せよと。あれはツキの事を知っているに違いないのじゃ」
赤魔導士に続き、皇帝も魔石を欲していた。やはり魔族には知られていない魔石の使い道が人間族にはあるのだろう。
「だが、ツキの事を知っているのなら、ツキに魔力が殆ど無いのも知っているのではないか?魔力量に応じて魔石は変わる。これは人間界でも常識だろう?」
「それはそうじゃが……ツキの強さを知っても尚、死地に送ろうとしておった」
「でも実際には一度中断って話になったんだろう?」
「そうじゃ。フウが皇帝に対して、ポーション代を請求したらしいのじゃ」
ポーション代の請求。確かにポーションは相当な値が張るだろう。ただ、魔石を喉から手が出るほど欲していた皇帝が金で引き下がるとも思えない。依頼料も相当な額だったはずなのに。
「実際中断しているわけだし、それはそれでよいのだが」
「そうなのじゃ」
私たちがそんな話をしていると扉が開いた。もう食事の時間かと私がそちらを見ると、そこにはショウゴが立っていた。内側からはびくともしないのに、外側からなら本当に簡単に開くらしい。
「ショウゴ、おはよう。どうしたの?」
「もし願いが一つ叶うとしたら……何を願う?」
「またその話か。今も変わっていないよ。私たちの願いはただ一つ。日本に戻ることでしょう?」
「そうだよな。日本の医療ならカホを治せるかもしれないし、それに俺だってサッカーに明け暮れることができる」
「ショウゴ?」
私がショウゴの顔を覗き込むとショウゴの目は虚ろだった。
「どうしたの?その顔……」
「ユーカは裏切らないよな。俺の事、裏切らないよな?」
「っ……」
私は言葉を出せなかった。これまで、私は皆をずっと騙してきている。前世でこの世界の魔王をしていたこと、言葉も全部理解できていること、それでいて魔法が使えないから怖気づいていたこと。カホも守れず、ただ茫然としていたこと。取り返しのつかないことになって、それを払拭するために、かつての臣下に力を借りようとしていること。
「昨日……ハルトと喧嘩した。一昨日、色々あって、その話をハルトにしたら、ハルトが急に怒ったんだ」
「私は、日本に帰りたいと思っている。それだけは絶対に変わらない」
「ハハハ。知ってたか?ハルトはこの世界を知っていたらしいんだよ。そしてそのハルトをある奴に会わせれば、カホを救ってくれるって」




