36話
私は窓の外に目をやった。ダイヤモンド帝国に来てからすでに五日が過ぎていた。部屋には防御魔法が施され、扉には鍵が掛かっているのか、内側からはびくともしない。その扉が開くのは、給仕係が食事を運んでくるときだけ。その食事は一見すればごく普通の物ばかりだが、私は食べる気になれず、結局、道中で持ち込んでいた保存食を噛み締めてしのいでいるのが現状だ。
「……ショウゴだ。やはり、私以外の者は監禁されてはいないのか」
自嘲めいた声が、静まり返った部屋に吸い込まれていく。皇帝が何を知っているのかは分からない。だが、私をこの部屋に閉じ込めた。これは、私が何かしらの秘密を持っているということに気付いている証拠でもある。
私が魔王として生きていた頃、特段ダイヤモンド帝国に深く関わった記憶はない。むしろ遠い存在だったはずで、ただ一つ気になることはガーネット王国の王女が語っていた話の中にあった赤魔導士が魔王の魔石、つまり私の魔石を盗んだ事件だった。私を討伐した勇者パーティーはダイヤモンド帝国のギルドに登録していた。言い換えれば、あの中の誰かが、この帝国と何らかの繋がりを持っていたということになる。後ろめたい事情が無い限り、故郷でもない所のギルドで冒険者登録などしない。
勇者パーティー。
私は死の瞬間の記憶だけがどうしても思い出せない。他の出来事は昨日のことのように色鮮やかに蘇るのに、あの時だけは、私の記憶から抜け落ちるように……。
◆
「アメリア、何があったんだ」
「勇者パーティーじゃ。魔法の発動が、とんでもない速さじゃった」
最初に倒れたのはアメリアだった。その知らせが届いたとき、私はどうしようかと迷っていた。普通の人間なら、魔族と遭遇させなければよいと考えて人間が踏み入れない地まで魔族を転移させていた。だが、勇者は違う。奴らの目的は私を狩ることである。
そして翌日には悪魔が敗れ、その翌日にはホワイトドラゴンが負けた。話によれば、アメリアと悪魔は瞬きする間もなく討たれ、ホワイトドラゴンだけが、剣を交えた末に敗北を喫したという。三人は口をそろえて、勇者の魔法の才が異常であることを伝えていた。魔法発動までの速度、いくつも重なる多重展開による魔法。力の差は歴然だったという。
「魔王城に来るのも、もはや時間の問題でしょう。どうなさいますか、魔王様」
吸血鬼の声が、冷たく静まり返った大広間に響いた。吸血鬼は光属性を扱う四天王で、戦いは得意でない奴だった。争いは最小限にとどめておきたいのが本音ではあるが、それでも、争いごとは起きるときがある。そんな時に四天王が仲裁をしていたのだが、吸血鬼にはそういった前線には立たせず、裏方でサポートに徹してもらっていた。
「ここで待ち構えるしかない。アメリア、吸血鬼、ホワイトドラゴン、悪魔。勇者と余計な争いはしたくない。最後は私がどうにかする。お前たちは他の魔族を安全な場所へ誘導せよ」
「魔王様……俺は、何と言われようとここに残ります」
悪魔が私の衣の裾を掴んだ。震える手が必死に縋りつく。悪魔は私から離れたくないようだ。
「私は……皆を失うのが嫌なんだ。勇者の目標は私一人。それなら私だけでよい」
「俺だって……魔王様を失うなんて」
「悪魔、魔王様が決められたことです」
ホワイトドラゴンが静かに言い、悪魔の腕を引き剥がした。悪魔の瞳には涙が溜まっていた。魔族であっても泣くのか、そんな当たり前のことが、不意に胸を締めつけた。その涙はあまりに人間らしく、私は理由も分からぬまま、ただ本能に突き動かされるように悪魔を抱き寄せていた。魔王といっても、私はただ全属性が使えるだけの存在にすぎず、皆と比べれば若輩者だ。悪魔だけが私よりも年下ということもあって、私は無意識に悪魔の事を弟のように思っていたのかもしれない。
「俺はッ、魔王様を失いたくない……んだ」
「大丈夫だ。私は簡単に敗れぬ」
そう告げた声は、自分でも驚くほどかすかに震えていた。そして、運命の日が訪れる。私は四天王を中心に、魔王城の周囲に住む魔族たちを急ぎ避難させていた。一人きりの魔王城はこんなにも広いのかと思いながら、私は勇者を迎え撃つ準備をしていた。四天王の皆は最後までごねていたが、ホワイトドラゴンの一声もあって、自分の任務に就いた。
その後の記憶は、私にはない。勇者パーティーがどのような顔で立っていたのか。どんな言葉を口にしたのか。私は何を最後に思ったのか。
覚えているのは、ただ一振りの剣。勇者の身体には傷一つ無かった。そんな光景だ。
◆
次の日、アメリアはホワイトドラゴンを連れて城に戻ってきた。換気用の小窓は、食事と一緒に付いてきたナイフで少しずつ削っていたため、思いのほか広がっていた。その為、ホワイトドラゴンの体ですら、するりと中へ滑り込めるほどになっていた。
ホワイトドラゴンに事情を説明し、過去の話を交えたことで、ホワイトドラゴンはようやく私の前世が魔王であったことを信じたらしい。その肩からは目に見えて緊張がほどけ、重荷を下ろしたような表情を見せた。
ホワイトドラゴンによると、ホワイトドラゴンは魔王に直接クビを言い渡され、吸血鬼は、魔王が即位する前に四天王を辞めたという。つまり、私の時代にいた四天王は、今や誰一人として四天王ではない、ということだ。
「それでは」
ホワイトドラゴンが窓から躊躇せず飛び降りた。部屋には私とアメリアだけが残された。ほんの数日であったはずなのに、彼女がそばにいなかった時間は思った以上に長く感じていた。ユーカとしての私は一人っ子であるから、一人など慣れているはずなのに、こんなにも人肌が恋しくなってしまったのか。
「そういえば、あの窓……」
アメリアが指を差し、小さく首を傾げた。
「ああ、私が削っておいたんだ。防御魔法は魔力に対する耐性こそ高いが、物理的な耐性は普通の物と同じ。つまり、このドアですら魔法を一切使わず、蹴破れば壊れる。ただ、そんな大きなことをすれば、カホやショウゴたちに危険が及ぶかもしれない。だからアメリアが出た後、少しずつ削って広げた。初夜にここへ入ってきた時、抵抗なく通れただろう?」
窓を削ったというだけだが、この城を覆う防御魔法の本質が透けて見えた気がした。ダイヤモンド帝国全体を防御魔法で覆っていたとしても、結局は空から普通に出入りできる。防御魔法は触れることのできない壁である。魔法さえ使わなければその壁に気付くこともない。
一度この国に入ってしまえば、内部から魔法を放つだけで町を容易に破壊できる。現実的ではないが、すべての建物に防御魔法が張られているなら話は別だが。
「確かに言われてみれば……てっきり体が慣れたのかと思ったのじゃが」
アメリアは少し呆れたように笑った。
「まさか、私がただアメリアを呆然と待っていたわけではない」
軽くそう言って、私はアメリアの頭をくしゃりと撫でた。人の姿の彼女は、妙に幼く、妹のように思えてしまう。実際の年齢を考えれば、彼女の方がはるかに上なのだが。
「アメリア、ありがとう。吸血鬼が来てくれれば、きっとカホは治る。私がこの場でやれることというのはそれくらいだ」
力を失っても、元魔王としての因縁や人脈はまだ残っている。それが、この状況で唯一の救いであっただろう。私が転移した先が自分の死から十七年後の世界でよかったと思える。
「その、こんなことを聞くのは野暮だと分かっているのじゃが、この閉ざされた場所からカホの所までどうやって行くつもりなのじゃ?」
「この扉は蹴破ればおそらく開くが、そんなことをすればショウゴ達の身に危険が及ぶかもしれない。だが、吸血鬼がいれば別だ。光属性に転移魔法があるのは知っているだろう?」
「聞いたことあるのじゃ」
「風属性の転移魔法は一度訪れた場所にしか行くことは出来ないが、光属性の魔法はある物の場所に行くことができるんだ。例えば、その人を思い浮かべるとか」
「なるほどなのじゃ。それでカホの場所に行くということじゃな」
「加えて光属性の魔法には念話という魔法がある。念話とは、思考を特定の者に届ける魔法なんだが、高ランクの魔法になると、思い描いた情景まで相手に伝えることが出来るんだ」
私がカホの顔を思い浮かべ、吸血鬼に読み取らせれば、吸血鬼の光属性の転移魔法でカホの場所に飛ぶことができる。カホのいた場所まで辿り着ければ、後は吸血鬼の独壇場だ。
「さすがは魔王様なのじゃ。我は水属性以外の魔法に疎いから、驚かされるばかりなのじゃ。ホワイトドラゴンが居たダンジョンも、なぜか特定の属性だけが阻害されておった。魔法を封じるなんて、聞いたこともないのじゃ」
「実用的ではないからね。一応阻害魔法というものは神話級魔法に存在している。ただ、一度の発動で持って二秒。魔王や勇者のような規格外の魔力量があれば持続できるだろうが、普通は非効率すぎて誰も使わない。魔族の中でもほとんど使われてない魔法だろうし」
「ふむ。確かに、そこに魔力を割くなら正面から戦った方が理に適っておる。それに、敵がどの属性を使うかもわからぬからのう。だが一つ気になるのじゃ。ダンジョンの主はホワイトドラゴン。奴は魔法を使わぬ。では、誰があの阻害を掛けたのか」
「魔王だろうな。常時発動させるには、魔王級の魔力量が必要だ。しかもそのダンジョンは、魔王が君臨してから出来たものなのだろう?魔王があらかじめ、冒険者を閉じ込めるために作ったのなら、転移魔法が含まれる風属性と光属性のみを阻害するのも分からない話ではない」
ツキから得た断片的な情報を組み合わせる。魔王が現れたのは今から四か月ほど前。これは人間族の証言とも一致しており、時系列の整合性は取れる。しかし、その日にツキは四天王を解雇され、その後の記憶がない。ゆえにダンジョンがいつ、どうやって形成されたのか、ツキは知らない。
アメリアの話によれば、そこは異様な空間だった。天井以外には一切の出口がなく、彼女たちが辿り着けたのも偶然崩れた天井から落ちてきたからに過ぎない。天井が崩落しなければ、そこは完璧なる密室。陽光も届かぬ閉ざされた暗闇で意識が朦朧としていれば、時間の感覚などとうに失われる。
「アメリア、そのダンジョンの依頼は、具体的にどんなものだった?」
「国からの依頼じゃった。緊急性が高いとされ、特例で伝令を通じて直接下された。攻略によって得た魔石は依頼主であるダイヤモンド帝国の皇帝に納める決まりになっておった」
「なるほど。つまり、帝国は少なくとも一か月以上前からダンジョンの存在を把握していたわけだ。でなければ、遠方のアメシストから冒険者が呼び寄せられるはずもない。冒険者がある程度集まった時点で攻略開始……ダンジョン攻略の基本ではあるが」
そう言いつつも、疑念が残る。腑に落ちないのは、なぜ私たちが帝国に到着した翌日に、まるで待ち構えていたかのようにダンジョン攻略が始まったのか、ということだ。偶然と言えばそれまでだが、緊急性を訴える依頼であれば、本来ならもっと前に開始されていてもおかしくはない。
アメシストのSランク冒険者は、私たちがまだアメシストにいた頃には既に出国していた。ならば、彼らは私たちより早く帝国に着いていたはず。他の国からの冒険者でも待っていたのだろうか。
「そもそも、魔石を得て何になるというのかも疑問じゃな。魔石は人間でいうところの心臓じゃ。確かに魔力量に応じて魔石は様々な形状をするが、人間に魔石なんて必要あるのじゃ?ギルドで売れるとか聞いたのじゃが」
「所謂宝石みたいな扱いなのだろう。綺麗な色をしているのは間違いない。話を戻すが、ダンジョン攻略の冒険者でアメシスト以外……例えばダイヤモンド帝国の隣国であるムーンストーン国とかの冒険者はいたのか?」
「いや、隣国からの応援はアメシストだけだと思うのじゃ。他はみんな顔見知りといった感じで、特に自己紹介もなくダンジョンで行動するグループが決まったのじゃ。よく考えてみれば我々は寄せ集めのグループだったのかもしれぬ」
まるで、私たちの到着を待っていたかのような動きである。緊急性が高いかつ、ダイヤモンド帝国は魔法主義で魔法の才に富んだ者が多くいる。それならアメシストの冒険者など呼ばずに自国の冒険者でどうにかなりそうなのに、敢えてアメシストの冒険者を呼び寄せた。そしてその間にアメリアの大型討伐があり、ガーネット王国の陥落があった。
「あまりに出来すぎているんだよな。大型討伐と言い、ガーネット王国への攻撃といい」
全てが上手く噛み合っていた。ガーネット王国に赤龍が侵攻し、ガーネット王国を確実に陥落させられるように冒険者を遠ざけている。
「でも、アメシストのSランク冒険者たちは風属性がいないって言ってたのじゃ。転移魔法が使えぬなら、アメシストに居たところでガーネット王国には加勢できなかったのじゃ」
「風属性はいない、という話だろう?だが、おそらく光属性の使い手がいる。もっとも、そんな情報を見知らぬ冒険者に明かすわけがない。光属性は人間族において極めて希少だからな」
「でも、そんなこと、魔族が知るはずがないのじゃ」
「だから私は疑っている。魔族と繋がっている人間、もしくは擬態した魔族がこの地に紛れ込んでいる。おそらく、私たちはそいつらが描いた筋書き通りに動かされているんだ。そして、もしそうだとすれば、あの病院襲撃もまた、何らかの意図を持って行われたことになる。私たちがこの世界に転移してから、魔族の動きは異様なほど急激に変化している。それだけは確かだ」
あの病院襲撃で浮き彫りになった事、それはアメシストからの加勢だろう。今のアメシストにはガーネット王国からのSOSがあってもフウしか行くことが出来ない。よく考えてみれば、私が病院内に入ったとき、人間の死体はあっても、ブラッドウルフの死体は無かった。もう回収されてしまったのかと、その時は全く気にも留めなかったが、ブラッドウルフをあの病院に転移させた奴が居ることは間違いないし、目的を達成したから逃げたと考えるのが正しいか?
「そういえば、病院襲撃じゃが、フウがブラッドウルフを魔族領に転移させたとか言っておったのじゃ。まぁ、正しい選択だとは思うのじゃ。フウは確かに強いが、ブラッドウルフ相手じゃ厳しいじゃろうし」
「それは、本当か?確かに出来ない話ではないが」
最初からフウ一人でブラッドウルフを全て片付けたとは思っていなかったが、魔族を転移させるなんて荒業をよく思いついたものだ。私はよく人間と鉢合わせしないように迷子になっている下等魔族たちにしていたけれど。
「……とりあえず、私たちがこの世界に転移したことで何かが変わったということは事実だと思う」
「ユーカの正体に感づいた人間がいる、ということなのじゃ?ガーネットの王女はお主のことを『平和を司る者』とか言っておったが……」
あの魔法を作った赤魔導士とかいう奴が元凶である。私はあまり記憶がないが、これまでの流れから赤魔導士が勇者パーティーの一員であったことは確かである。そんな勇者パーティーに入っている奴が平和を司る者として魔王を選ぶか?勇者パーティーの目標は魔王を討伐することであろう。
それに、この話には決定的な問題がある。それは私が転生していなければ意味が無いということだ。そもそも転生なんてこの世界でも聞いたことが無い。もし、赤魔導士が本当に私の事を『平和を司る者』として召喚したかったのなら、まずは勇者パーティーが討伐した私を転生させることが必要であって……。
「魔石を使えばそのものを転生させることができるとか、そんな効果は無いよな」
「聞いたことは無いのじゃ」
でも、赤魔導士が魔石を盗んだという話はおそらく真実であろう。そのせいで国交にも問題が生じているのだから。
「ガーネット王国に私が転移してきた時点で、魔族と繋がる者が私の正体に気付いていないとアメシストの冒険者たちをダイヤモンド帝国に向かわせられない」
「フウとか怪しさ満点なのじゃ。だって、事あるごとに我々と同じ場所に居るのじゃ」
「フウは違う……と思う。あくまで感覚だが、奴が魔族と繋がっているならば、我々を導くような真似はしないはずだ。むしろ、妨害に回るだろう。だが実際には逆だ。ツキに会えたのも、フウがいたからこそだ。それに、フウと出会ったのは病院襲撃時。もう少し前に会ってないと辻褄が合わない」
「そっか……じゃあ、誰なのじゃ?王女?」
ガーネット王国の王女か……。だが、彼女がわざわざ私たちをアメシストへと導く理由は見当たらない。それに、ガーネット王国は魔族の襲撃によって焦土と化した。ダイヤモンド帝国に向かう道中、王女は幾度となく涙をこぼし、故郷を喪った痛みを吐露していた。あれが演技だとしたら、私は人間不信になってしまうかもしれない。
それに、平和を司る者というものも引っかかる。王女は私たちが転移してきたときに魔法の適性が無いことを自身の鑑定魔法で知ったというが、私がこの世界の言語を流暢に話した時、目を丸くして表情を変えた。ということは、始めは平和を司る者の召喚を失敗したと思っていたが、実際は私がこの世界のことを知っている、つまり、平和を司る者の可能性が高いとその時に思ったはず。そうなると病院襲撃の後に私の正体を知ったことになる。
「ツキに聞いておくべきだったな、今回の魔王がどんな奴なのか」
いくらクビにされたからといって、ツキが今の魔王を裏切るような行為はしないだろうから聞いたところで教えないと思うが。
「そうじゃな、我は魔王の顔を見ていないし、どんな種族かも分からないのじゃ……まぁ、明日には戻ってくるのじゃから、そう急ぐ必要は無いのじゃ。奴らだって迂闊にカホに手を出せないじゃろうし」
魔王とは、いったいどんな姿なのだろうか。いつの間にか自分の種族すら忘れていた。そこまで自分の姿に執着していなかったからだろう。
「そういえば、私はどんな魔王だった? 自分のことのはずなのに、あまり覚えていなくてな」
「ん?いわゆるアンデッド、ゾンビじゃったぞ」
「アメリア、過去の魔王はどんな種族だった?」
「我が知るのはユーカの前の魔王だけじゃが、そやつは、ゾンビじゃった」
魔王とは、本来あらゆる属性の魔法を使いこなせる存在を指す。たまたまアンデッドの姿をしていたにすぎないのか、それとも何か深い因縁があるのか。私は無意識に拳を握りしめていた。
「私の前の魔王か。確か千年以上も君臨していたと言われる魔王だよな。吸血鬼が仕えていた話は聞いている。ただ、その頃はまだ四天王というより、ただの事務のような立場だったらしいが」
「こんな話、ユーカにするべきではないかもしれぬが、我が四天王を目指した理由は、その魔王を討つためじゃった。我の故郷である紫龍の住処には、紫龍がもう存在せぬ。その魔王がすべて殺し尽くしたのじゃ」
アメリアはそこで深く息を吸い込んだ。その声音には押し殺した痛みが滲んでいた。思えば、アメリアが一度も故郷に帰っていない。私は勝手に仲が悪いのだろうなどと浅はかに考えていた。
それにツキを除いて、悪魔は人間の地で育ち、それ以前の記憶を失っていたため、当然故郷も知らないし、吸血鬼は自身が長命すぎて知る者がもう誰も残っていないと言って帰らなかった。むしろ四天王の半数が帰っていないのだから、そこまで気にすることでもなかった。
「我の父は、その時の四天王じゃった。奴が少し故郷に立ち寄ったところで勇者と鉢合わせし、戦って敗れたらしいのじゃ。その日、我はたまたま他の龍との会合に出ておって、戻った時には、もうすべてが終わっていた。魔王がそこに佇み、まだ数年も生きていない小さな龍を、淡々と魔法で殺す姿を、今でも覚えておる。我は足がすくみ、中に入ることすらできなかった」
言葉を失った。魔王は魔族を従えるもの。歴史的に見て、人間を虐殺していた魔王もいるようだし、人間族との溝は深かったのは承知の上だった。だが、魔王が魔族を殺すなどあってはいけないことだ。アメリアがどれほどの想いを抱えてきたのか、今になってようやく理解する。
「四天王の一席は龍属と決まっておる。龍属の掟の中に、四天王が敗れた時、龍属の中で、強き者が後釜に座るというものがあった。我は一心不乱に龍属を倒し、そして四天王となった。復讐のために。じゃが、正式に魔王城に入ったときには、すでに魔王は討たれておった。我の復讐は果たせぬまま消え去り、残されたのは虚しさだけじゃ。そんな時に、お主に出会った。我の胸に憎悪を溶かすように、お主は優しかった。この地を変えようとしておった。もう誰も傷つけぬ、そんな理想郷を我は心から信じられたのじゃ」
アメリアの声は震えていた。私は衝動に駆られて彼女を抱きしめた。ずっと背負ってきた痛み、苦しみ、悲しみをどれほど押し殺してきたのだろう。私はその重みを知らぬまま、無神経に帰省したらどうか、などと口にしていた。私は臣下の事を何も知らないんだ。
「我は、お主が魔王様でよかったと思っておる。もし今の魔王が討伐されるなら、再びお主に魔王になってほしいくらいに」
「それはできない。私は日本に戻らなくてはならない。私を溺愛してくれた両親に、まだ何一つ返せていないから」
「分かっておる。お主はもう、あの時の魔王様ではない。今はユーカなのじゃから。ただ、少しわがままを言っただけなのじゃ。お主には帰る場所がある。それなら元いた世界に帰るべきじゃ。それまでは、我が全力でサポートする」
この世界に戻ってきた時、何故だか少し安心した気がした。ほんの少しではあるが、私は元の世界に戻りたくないと思ってしまった事もある。それでも日が経つにつれ、私は両親に愛されて育ったことを身に染みて感じた。そして、一緒に転移してきたクラスメイト達もそれぞれの思いがあって、元の世界に戻りたいと思っているだろう。それに元々この世界にいた私はもう死んでいるのだから。




