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35話

 私は窓から身を投げ出し、数メートル下にある植え込みへと無理やり着地した。衝撃を逃がすように身を転がし、そのまま城壁を越えて街へ出る。すでに日は沈みかけ、あたりは薄闇に包まれていた。


 確か冒険者ギルドという場所は無料で宿泊ができると、四天王時代に悪魔から聞いたことがある。そんな記憶を頼りに、私は石畳の広場を走った。あまり目立ちたくはないし、この国は冒険者の国だということも知っている。もし私がダンジョンにいた魔族だと知られれば、ユーカ様に危害が及ぶかもしれない。


 悪魔や紫龍は魔王様が死んだという現実を受け入れずに魔王様を追いかけたり、待ち続けていた。だが、私は違った。勇者との死闘の末、魔王様が崩御したことを受け入れたつもりでいた。


 ホワイトドラゴンは冷酷で、どのような魔王であろうと従順であるべきだ。これは私が四天王になる前から、両親に教えられてきたことだ。


 ユーカ様の前任の魔王は狂人としか呼べない存在であったと思う。もちろん、魔王の悪口を口にするなど許されない話なので、私が四天王に抜擢され、ツキという名を捨てた時、その感情は心の奥に閉ざした。しかし、実際は私が四天王として魔王城に配属された時には、魔王が討たれた後だった。そして、ほどなくして新たな魔王が即位したのだ。それがユーカ様だった。


 私の同期の四天王たち、吸血鬼を除けば、誰も前任の魔王に仕えたことは無かった。それでも、四天王を名乗れるくらいには魔力量や魔法適性がある者ばかりだった。そんな中に、私が居ていいのかと思ったこともある。


 だが、私は、四天王になるために今まで強くなるための努力をした。初めは同郷の者たちに一度も勝てなかったが、長い年月を経て、ようやくホワイトドラゴンを名乗れるくらいには負けなしとなった。私は、魔王様に仕える四天王の一人、魔王様を守る立場にいるはずなのに、私はのうのうと生きて、魔王様が崩御なされた。これは果たして正しい選択だったのかと何度も思う。


「複雑な気持ち……とは、まさにこのことか」


 そう呟いた時だった。気配が揺らぎ、私を取り囲むように数人の男たちが現れる。手には鈍く光るナイフが握られていた。


「あんた、金貨二十枚持ってるだろ?それに、そのマジックバッグ。上物だって話じゃねえか、最近は魔道具が品薄になって結構売れるって話でヨォ」


 どうやら、昼間の魔道具屋での会話を盗み聞きされていたらしい。本来なら、この街で争いは避けたい。それにこのような公共の場で剣を抜くことは即ち人間と戦うということ。幾ら相手からの攻撃だろうと、無事では済まないだろう。


「金貨二十枚で手を打ってほしい。このマジックバッグは私にとって大切な物なので」

「そんなのは通じねえッ!」


 男が血走った目で叫び、炎を纏ったナイフを振り上げた。次の刹那、その刃は私に向かって投げ放たれる。灼熱の尾を引きながら、一直線に迫ってきた。私は身を翻し、軌道を外す。このような凡庸な技で私を捉えようと思っているのだろうか。ギルドはおそらく目の前にある大きな建物だ。目的地が目の前にあるというのに、こんなものに絡まれてしまったのは運が無いともいえる。


 男は怯まず詠唱を始めた。人間の魔法は、基本的に詠唱なくして発動できない。詠唱とは今から魔法を放つと大声で告げるようなものだ。私が相手にしてきたのは、無詠唱で放つ魔族や勇者の類。今さら詠唱する魔法など、目を閉じていても避けられる。


 ドンッ。


 衝撃音とともに、視界を遮る影があった。薄い若草色の髪を揺らす男が、私と狂気じみた男たちの間に割り込んでいた。


「おい、どこに目掛けてナイフ投げてんだよ。あと一歩で民家が丸焦げになるところだっただろうが」


 その声音には、周囲を圧倒するほどの威圧感が混じっていた。刃を放った男は顔を青ざめさせ、声を震わす。


「ひ、ひえっ……なんだ、このオーラ……」


 次の瞬間、若草色の髪の男は木の棒を振るい、あっという間に数人を気絶させた。棒捌きはまるで剣術のように洗練され、無駄がなかった。いや、それは私が知っている「誰か」の剣裁きに似ていた。


 そして、その口調。私は嫌な確信を覚えながら、その姿を見つめ続けた。観衆が歓声を上げ、拍手を送る。人々にとっては悪者を退治する英雄のような振る舞いだったろう。だが、私の胸に広がったのは安堵ではなく、疑念だった。


 間違いない。彼は、十七年も音信不通だった——悪魔だ。


 私は迷うことなく、立ち去ろうとするその背を呼び止めた。自分でも驚くほど声が強張った。


「ちょっと、待ってください」


 足を止めた男が振り返る。そこに浮かんでいたのは、四天王時代に何度も見た皮肉の混じった笑みだった。


「なんだ?」

「なんですか、その恰好は。まさか、私が見逃すとでも思ったのですか……悪魔くん?」

「助けてやったのに、お礼も無しかよ。ホワイトドラゴン」


 私の胸中に渦巻いたのは、感動の再会ではなかった。なぜ今まで黙っていたのか、ユーカ様やアメリアは悪魔が生きていることすら知らなかった。つまり意図的に悪魔はユーカ様たちに正体をバラしていない、もしくは、ユーカ様の前世が魔王様であることに気付いていないか……。


「先ほどはどうもありがとうございます。生きていたなら、生きていると教えてくれても良かったと思いますが?」

「別にお前らに教えたところで、何も変わらんだろう。魔族領にホイホイ行く意味もないしな。それと今は『フウ』だ。ツキさん?」

「やはり全部見ていたのでしょう?城での一件を。視線を感じるとは思っていましたが……。それなら、何故ユーカ様や紫龍に正体を明かさないのですか」

「別に俺にとって紫龍はどうだっていい。だがユーカにだけは、絶対に言うなよ」

「何故です?」


 悪魔は少し俯きながら声を小さくする。


「どうだっていいだろ。……お前、宿に困ってるんだろ?こっちこい」


 私は悪魔の言葉に押され、ギルド併設の宿に泊まることになった。元からそうするつもりではあったため、悪魔から打診されるのはありがたい。


 悪魔は今、フウという名でBランク冒険者として生きているという。元々、四天王をする前は人間の地で育ったという話をしていたし、こちらの方が居心地は良いのだろう。魔王様を探すために人間の地に向かったとは言っていたものの、実際は人間の地が恋しくなったとか、自分が仕える魔王が変わるというのが許せないといった短絡的な考えだろうし。その点はアメリアも同じか。


「ふーん、吸血鬼はそんな北の地にいるのか。お前なら半日で行けるんだな、早いな」

「あなたの秘密を隠すついでに、私の願いを聞いてくれませんか?」

「なんだよ」

「もし私が一日以内に戻ってこなかったら、おそらく、今の魔王に殺されています。その時は、あなたが吸血鬼を呼んでください。転移魔法と風属性の魔法を駆使すれば一日で辿り着けるはずです」


 本来ならアメリアに頼みたかったけれど、アメリアの速度では間に合わないと判断して敢えて言わなかった。だがここで悪魔にあったのも何かの運命だ、保険を掛けておいて損はないだろう。私は今の魔王様にクビを言い渡されている、つまり、魔王様にとって私は必要のない魔族であるということだ。何かあってもおかしくはない。


「そういうことは、あのダンジョンに居たのはお前の意思じゃなかったんだな」

「ええ。あの時の記憶は一切ありません。紫龍に聞いて、ようやく知ったのです。私が人間を襲ったことを」

「本当に危なかったんだぞ!いきなり急所を狙ってくるから、俺がどれだけ苦労して冒険者たちを宙に浮かせて避難させたと思ってるんだ。転移魔法で逃がすこともできたが、それじゃ後々冒険者どもに詮索されるのは目に見えてたしな。でも、魔王がお前を四天王から外した理由、なんとなく察しがついたぜ。おそらく魔王は、お前の力を逆手に取ったんだ。精神を錯乱させる魔法か何かでお前を操り、ダンジョンの主として据え置いてSランク冒険者どもを皆殺しにするつもりだった」


 もしそれが真実なら、四天王であっても問題はないと思う。四天王だからといってダンジョンに居てはいけないという決まりなどはない。全ては魔王様の思うままである。確かに、悪魔の言うとおり、精神を操る類の魔法はいくつか存在する。強い催眠状態に陥らせて命令に従わせるものや、記憶を改竄するものもある。こうしてダンジョン内の記憶が無いのだから、私がその魔法に掛けられていたのは事実だろう。


「だが、どうしても腑に落ちないことがある。紫龍が天井を崩落させた時、お前は正気を取り戻していた。しかも、巻き込まれかけた冒険者まで助けていただろう」

「私は、あの瞬間に目が覚めたのです。もしかすると、私に掛けられた魔法については古代魔法が使われていたのかもしれません」


 古代魔法。今ではほとんど失われた術式のひとつだ。私も実際に目にしたことはない。そもそも魔族は古代魔法を使わない。古代魔法とはそもそも人間が作り出した魔法で人間が詠唱魔法を確立する前に存在し、術を描くことで成立する魔法のことを指す。魔力適性も魔力も不要。術が完成すれば、必ず魔法は発動する。


 唯一の対処法は、術が完成する前に描かれた術を破壊するか、術者を殺すこと。だが発動と同時に術式は消え去るため、間に合わなければ止めようがない。一見強そうに見えるが、術を描いている間、術者は無防備となるし術というのはかなり複雑な形をしており、簡単に書けるものではない。ゆえに廃れたという話だ。


「古代魔法?なんだそりゃ、聞いたこともねぇぞ」

「意外ですね。あなたは一時期、人間たちと共に暮らしていたのでしょう?多少は耳にしているかと思いましたが」

「あのな、お前は千年以上生きているらしいが、俺はまだ三百年ちょっと。同じにするなよ」

「……そうですね」


 吸血鬼の正確な年齢は知らない。だが、私はユーカ様の前任、つまり二代前の魔王が君臨するよりも前に生まれている。今となっては、もはや遠い昔の話だが、アメリアよりは長い時を生きているし、悪魔なんかは子供みたいなものだ。


「そういえば、翼が怪我してるんだっけ?このポーションでも飲んどけ。これは上級回復魔法に相当する治癒草から作ったポーションだ」

「これ、人間族の地ではかなり高い代物ではありませんか?」


 この治癒草というのは、魔族領でもごくわずかな土地にしか生息しない希少な草だった。澄んだ水を必要とし、熱に弱いというのに、日差しを多く浴びなければ育たないという厳しい条件をクリアしなければすぐに枯れてしまう。


「ああ。鑑定魔法を使わず見た目だけで判別できる奴は少ないだろうな。本来なら一瓶で金貨数十枚は下らない代物だぜ」

「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」

「変なことを聞くけどよ……お前、ダイヤモンド帝国の皇帝と一戦交えたのか?鑑定魔法で見たあいつの魔法適性や魔力量は、Sランク冒険者に匹敵してた。だからギルドで会った時、冗談半分に言ったんだよ。それならお前も一緒に行けばどうだ、ってな。そしたら一瞬で顔が真っ青になった。あれは、お前の実力を知ってる顔だ」

「いえ。私が人間と剣を交えたのは、勇者パーティーと今回の一件だけですから」

「もしかしたら、皇帝は元勇者パーティーの一人だったりして、なんてな」

「あり得るかもしれません。人間の寿命は四十から五十ほど。当時二十から三十だった勇者パーティーの面々が、まだ生きていても不思議ではありません」

「だが俺も勇者パーティーと戦った。だが、あんな見た目の奴は見たことねえ。せめて心眼魔法があれば、擬態しているかどうか見破れるんだが……。お前、光属性の適性があるんだろ?なんで心眼魔法が使えねえんだよ」

「心眼魔法は、そもそも高位の魔法です。私の魔力量、あなたも知っているでしょう?」


 おそらく悪魔が言いたいのは、今のダイヤモンド帝国皇帝が擬態魔法を用いている、ということだろう。なぜ身分を隠す必要があるのかは不明だが、擬態魔法は姿だけでなく、ステータスまでも偽装できる。


 通常は外見だけを変えるが、高位の擬態魔法であれば数値そのものも隠せる。ただし、そこまでの擬態となれば高度な魔法が必要で、魔道具の類ではせいぜい外見を誤魔化す程度にしかならない。ステータスがSランク冒険者に匹敵するというのなら、おそらくステータス偽造はしていない。姿だけの偽造ならば前述のように魔道具の類でも同様のことが出来る。


「あの皇帝が何かを隠しているのは事実だ。気をつけろよ」

「分かりました。あなたもお気をつけください」

「ああ」


 悪魔から受け取ったポーションのおかげで傷は癒え、私は夜明けとともに、眠る悪魔を残してその場を後にした。天高く舞い上がり、そのまま一気に魔族領へと侵入する。空を飛ぶ魔族は数多いが、ここまで高度を取れば、ほとんど姿を見かけることはない。私は速度をさらに上げた。一刻も早く、ユーカ様のご友人を救うために。


「っ……!」


 その瞬間、私のさらに上空から、大量の魔法が降り注いだ。それは神話級に匹敵する威力を持つ六属性の魔法。火、水、風、土、光、闇。全てが重なるように、私に降り注ぐ。


「この多重展開魔法に加えて、魔法発動速度……やはり、私を許すつもりはないのですね」


 全てを避けることなど不可能だった。降り注ぐ魔法はあまりに密度が高く、逃げ場など存在しない。私の弱点の一つだ。どれほど回避に長けていようと、勇者や魔王のように桁外れの物量を前にすれば、ただ押し潰されるしかない


 私に届かなかった魔法は、魔族領の大地へと落ちた。そこに生きる魔族たちの命などは全く考慮していない。どうやら、私さえ屠れれば、それでよいらしい。


「ユーカ様……申し訳ありません……。悪魔、あとは……頼みましたよ」


 多くの魔法を被弾した私は制御を失った身体のまま墜落した。受け身を取ろうにも、四肢はもはや言うことを聞かず、木々に打ち付けられながら崩れ落ちてゆく。


 ドスン。


「……こんな最後で、ごめんなさい……」

「本当はこんなこと、したくないんだけど、君はこの森を大切にしてくれていたし……恩返しってことで」


 遠ざかる意識の中、誰かの声を聞いた気がした。その声音は懐かしく、どこか安堵を誘う響きだった。

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