33話
「フウ、お主、結構強かったのじゃな」
「そんなことはありませんよ。アメリアさんも、我々が落ちて、壊れた天井に向かって魔法を放ち、その上にある数層の天井まで崩すとは、なかなか豪快でした」
これは意図せず起きたことである。壁や天井が崩壊し、最終的にホワイトドラゴンが逃亡したので、良い結果となったが、あの時ホワイトドラゴンが助けなければ、冒険者は瓦礫の下敷きになっていた。奴は今まで冒険者を瀕死の状態まで追い込んでいたというのに、崩壊と同時に我の知るホワイトドラゴンに戻ったようにみえた。
「ま、まぁ、あの時はあれが最善だと思ったのじゃ」
「そういえば、そこの紫髪の子。戦闘中にホワイトドラゴンと口にしていたが、あれは本当にドラゴンなのか?人の姿をして翼が生えていたから、てっきりおとぎ話に出てくる吸血鬼とかの類かと思ったよ」
「し、白い翼が見えたから、一瞬そう思っただけじゃ。気にしないでほしいのじゃ」
普通に考えれば、人の姿をとるドラゴンなど聞いたことがない。我とて、奴が四天王としてユーカに仕えていなければ、おそらくあの姿を見てドラゴンなどとは気づけなかっただろう。
フウは肩で荒く息をし、疲れ切った様子を見せていた。だが、それでも確かにあのホワイトドラゴンと刃を交え、こうして生き延びている。我が思っていたよりも、人間という存在は強いのかもしれないと少しでも思う。
「剣を使う魔族だなんて、聞いたことがないな」
「しかも魔法もほとんど使っていませんでしたね」
「そこの冒険者。ポーションをありがとう」
冒険者たちは誇らしげな顔で我に礼を述べた。もっとも、我はフウから受け取ったポーションを手渡しただけに過ぎぬのだが。
「まだ少し痛むが、このダンジョンを抜けよう」
ヘスの声を合図に、Sランクの風属性の冒険者が長い詠唱を始めた。今まであまり気にしていなかったが、本来、魔法の詠唱とは、これほどまでに時間を要するものなのかと感心しながら、我はじっと待つ。
やがて風が渦を巻き、我らの身体は一瞬にしてダンジョンの外へと運ばれていた。ただし街までの転移は叶わなかった。戦闘での魔力消耗が激しかったのだろう。確かに回復用のポーションを与えはしたが、皆の身体は傷だらけであった。ポーションだけでは全快とまではいかないだろう。
「今日は一旦休むか」
怪我人への応急処置を終えた者がそう告げる。確かに誰もが疲弊していた。正直に言えば、我はホワイトドラゴンと真正面から戦っていないし、魔法も数弾、神話級の魔法を放っただけである。途中まではBランクの冒険者らしく振舞おうと思っていたが、ホワイトドラゴンと相対した時、そのことを忘れるほど、我はひっ迫していたのだ。幸いにも特に他の冒険者から突っ込まれることは無かったので、バレてはいないだろう。
今日はここで一夜を過ごすらしい。初めに決められた班ごとに固まり、各々が寝床を用意する。少しでも眠れば、魔力は自然と回復するものらしい。
「大丈夫なのじゃ?」
「ああ、大丈夫だ。俺はあいつ相手に何もできなかった。化け物だ。あれはおそらく四天王だ。間違いない」
「そうですね。おそらく四天王の一人でしょう」
アメシスト一の冒険者パーティーの一人がそういうと、フウは同意した。
「今日はお休みください。見張りは私が引き受けますから」
「申し訳ないな……それでいいなら、そうさせてもらうよ」
「待つのじゃ、フウ。お主も疲れているじゃろう。我が見張りをする」
ユーカが我に会うために抜け出したのは、この見張りの時だったと聞いている。ホワイトドラゴンがダンジョンに戻ってくる可能性は低いかもしれぬ。だが今なら、我が起こした崩落で開いた天井の穴から、一気に奴のいた場所まで辿れるはずだ。
「本当に、それでよいのですか?」
「ああ、問題ないのじゃ」
「……分かりました。あなたがそう言うのなら」
我は夜が深くなるのをしばし待った。疲労に沈んだ冒険者たちは、泥のように眠り込んでいた。闇が濃くなった頃、我は音を立てぬようその場を離れた。
少し離れたところで、手にしたアクセサリーに触れ、擬態の魔法を解く。月光を受けた我が鱗は煌めいた。この姿は久しぶりだ。我はその姿で一気に空から穴を探す。ダンジョンがどれほど横に伸びていたかは分からないが、やがて、地底にぽっかりと口を開けた大穴が現れた。どこまでも暗く、底は見えない。だが、あの場所に違いないと直感が告げていた。
我はその大穴に向かって降りる。すると、そこには人影が一つあった。
「ホワイトドラゴン! 戻ってきていたのじゃな!」
しばしの沈黙の後、深淵から澄んだ声が返ってくる。
「……紫龍。なぜ、あなたがここに」
「よかったのじゃ」
とりあえずいつものホワイトドラゴンである。
「あなたは東部にある洞窟で主を待つと言っていたはず。なぜここに」
「主が復活したのじゃ。いや、正確には……転生、とでも言うべきか。今は人間の姿をしておる。話せば長いのじゃが……。とにかく、我はその主のために、どうしてもホワイトドラゴンに会う必要があったのじゃ。今の魔王の意向など我は知った事ではないし、それに反抗するわけでもない。ただ、吸血鬼を連れてきてほしい」
ホワイトドラゴンは少しの間沈黙した。やがて、苦悶を含んだ声が返る。
「……私は今の四天王ではありません」
「なんじゃと?」
「四カ月前、今の魔王様が君臨されました。そして、その日に私は魔王様にクビを言い渡されたのです。そしてその後の記憶がありません。ただ、気がついた時には、天井が崩れ落ち、大勢の人間から殺意を浴びせられていた。それが、私のすべてです」
「お主が……クビ、だと!?」
ホワイトドラゴンは魔王に絶対服従するくらいには忠義に厚い。魔法は使えなくとも、戦闘力は申し分ないくらいの剣技がある。そんな奴がクビになるなどありえない話なのだ。それとも、ホワイトドラゴンを敢えて首にするほど強い魔族が居たのか?
だが、それなら不思議な点が残る。四天王をクビにしたというのにこのダンジョンで冒険者を待ち構えていた点だ。
「何故ここに戻ってきたのじゃ?」
「怪我をした冒険者がいないか確認に来たのです。私はきっと、あのお方の考えに染まってしまっていたのでしょうね。クビになったのも、そのような考えが、現魔王様の癇に障った。それだけのことなのでしょう」
ホワイトドラゴンの声には、諦念と自嘲が混じっていた。だが、不思議と未練が無いようにも思える。
「紫龍。あなたが言う、我らが仕えた魔王様が転生したというのは真の話なのですか?」
「ああ、間違いないのじゃ。我に作ってくれたお菓子、その味で、確信したのじゃ。お主も会えばすぐに分かるはずじゃ」
我は懐かしい温もりを思い出すように目を伏せた。もちろんお菓子だけでなく、我に対する態度や言葉の節々から感じられる、あの日の記憶。全てが我の仕えた魔王であるという証だった。
「じゃが、それより先に吸血鬼じゃ。お主がまだ四天王を続けておると思って頼りに来たのじゃが、どうやらホワイトドラゴンは魔王城出禁ということか。となれば、吸血鬼に会うのは難しいかの」
「大丈夫です」
ホワイトドラゴンはわずかに首を振った。
「吸血鬼は私よりも前に、四天王を辞めています。新しい魔王が君臨する数日前、新たな四天王候補を連れてきた後、あっさりと新しく建設された魔王城を去ってしまったのです」
「なんと……では今は、どこに?」
我はかすかに焦りを帯びた。
「まさか音信不通というわけではあるまいな」
悪魔と同様に音信不通だとしたら生死すら分からないではないか。さすがに回復魔法の手段を持つ吸血鬼が簡単に死ぬとは思えないが。
「いえ。今は魔族領の最北端で村長をしていると思います。去り際に教えてくださいましたから。ここからなら半日もあれば行けるでしょう。ただ先ほどの戦闘で翼を痛めてしまいまして」
「……つまり今すぐは無理、ということか」
「ええ。短距離なら何とか片翼で飛べますが」
「そうなると……我が行くしかないのじゃな。どれほどの距離なのじゃ?」
「……約九千キロメートルです」
その答えは、岩壁の冷気よりも重く我の胸にのしかかった。一瞬、呼吸の仕方を忘れるくらいだ。
「……九千キロ……」
言葉が震える。思わず吐き出した声は、自分でも情けないと思うほど小さかった。暗い天井の穴から、夜風が吹き込む。静寂に包まれたダンジョンの一画で、ただ呆然と受け止めるしかなかった。
魔族領は広い。それくらいは当然知っている。だが、ここから約九千キロメートルとはどういうことじゃ?このダンジョンが確か人里から約百キロメートル、我がいた洞窟が約五百キロメートルである。我はその洞窟から龍の姿になって約五時間程度でギルドまで着いた。つまり……。
「えっと、五百キロメートルを五時間で行ったから」
我が呟くと、ホワイトドラゴンは即座に計算を口にした。
「あなたがその速度で飛ぶとしたら、休憩なしで九十時間ですね。三日半以上飛び続けることになります」
「お、お主なら……半日あれば行けるのじゃ?」
思わず声が裏返る。
「私なら……九時間もあれば着きます」
淡々とした返答だった。我でも分かる、これは尋常じゃない速度である。
「……その、戦闘していた時も思っていたのじゃが。お主めちゃくちゃ速いのじゃな」
「自分には魔法の才がありませんから。その分は力で補うしかなかったのです」
補い過ぎだ。常軌を逸した努力の果てに生まれた速さなのだろう。想像するだけで、背筋に寒気が走った。我は息を吐き、頭を振る。
「分かったのじゃ。とりあえず、明日にはここを離れて帝都に戻る。その時、本人の口から直接聞いた方が正しく伝わるじゃろう。百キロくらいは飛べるのじゃ?」
「はい、飛べますが、帝都に戻るとは?」
「我は今、こういう姿で、人間に転生した主の護衛をしているのじゃ」
そう言いながら、我は飾りに触れる。すると瞬く間に鱗も爪も消え、アメリアの姿が現れる。そこにいるのは、どこからどう見ても人間の娘だった。
「……擬態魔法の魔道具ですか」
「お主が使っているのと同じじゃ。ところで、その翼、どうにかならんのじゃ?」
「な、なんとかって」
「その姿で街に出る気か? 魔族と知れたら、主様の立場が危ういのじゃ」
ホワイトドラゴンは傷ついた翼を折りたたむ。色が少し変わった箇所が痛々しい。おそらく、魔法によるものではない。奴は魔法を全て避けていた。だとするなら、冒険者を助けた時に瓦礫を少し浴びたということだろうか。
「ですが、擬態魔法の魔道具は一度決めた姿に固定されてしまいますから」
「ならば服で隠せばよい」
我はホワイトドラゴンのチュニックを脱がし、翼で突き破った布地を寄せ集めては引き寄せる。応急処置のような粗末な細工だが、ないよりはましだ。
「とりあえず、人間の地に入ったら翼を包帯で固定しろ。その上からこれを羽織れば、目立たぬはずじゃ」
「分かりました」
ホワイトドラゴンの声はわずかに震えていた。翼の痛みによるものだろうか。
「場所は城の近くにあった酒場でどうじゃ? ギルドでは、お主の顔を覚えている者がおるかもしれぬ」
「分かりました。紫龍のことは、何と呼べばよろしいでしょうか?」
「アメリアじゃ。魔王様に付けてもらった名なのじゃ。そして、魔王様のことは“ユーカ”と呼ぶのじゃぞ」
「ユーカ様、ですね。……分かりました」
そう答えるホワイトドラゴンの目には、警戒の色が滲んでいた。信頼にはまだ遠いということか。だが、きっと一目見れば奴が前魔王、つまり我らが仕えた魔王様であると分かるだろう。




