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32話

 ホワイトドラゴンは、忠義を重んじる種であった。代々魔王に仕え、決して裏切ることのない従者とまで言われるくらいだ。しかも、ドラゴンの中で最も魔法に秀でた存在として知られ、その膨大な魔力を武器に長い年月、冒険者を蹂躙してきたともされている。


 ——はずだった。


 だが、我と同じ時期に四天王として選ばれたホワイトドラゴンは、異様なまでに異彩を放っていた。奴は確かにホワイトドラゴンの血統でありながら、魔法の才はほとんど無かったのだ。魔力量はたったの十九。辛うじて初級魔法が使える程度だと吸血鬼に聞かされていた。


 そして初めて四天王として顔を合わせたとき、我は吸血鬼が何かの間違いを言っていると本気にしていなかったが、本人の口から直接魔法が使えないと聞いた。魔族の軍を率いるにはあまりにも不釣り合いである。何かの冗談か、あるいは場違いな愚者が紛れ込んだ、我はそう思った。


 だが、その考えはすぐに覆される。


 我は試したのだ。正直魔族は魔法が全てだ。魔法が使えないのなら、勇者の出る前に散ってしまう。だから軽く実力を測ろうと思い、模擬戦を申し出た。その軽率さは、今でも思い出すたびに忘れたい黒歴史みたいなものだが。


 ホワイトドラゴンは、ドラゴンの姿を見せることなく、人の姿をとったまま剣を構えていた。最初は理解できなかった。ドラゴンが、魔族が、何故わざわざ人の姿で剣など……と。だがそれこそ、彼の真骨頂だった。


 どう考えても、我が神話級魔法の発動が先だった。魔族には詠唱はないが、発動までの時間はそれなりに差がある。我の場合はその発動時間がかなり短く、即座に放たれた。間違いなく、やつが剣を振るうより早い。勝負ありだと思った。


 ——だが奴は避けた。避けるなど不可能なほど即発動した魔法を、いとも容易く躱し、気付けば我の目前に迫っていた。あのときの感覚は今も鮮明に残っている。冷たい刃先が向けられたあの瞬間、生まれて初めて、我は理解した。


 魔法とは何だったのかと。


 それは常識を裏返す現実だった。魔族は詠唱せず魔法を扱えるがゆえに、物理的な武器を持つ必要がない。だが奴は違った。魔法が殆ど使えないからこそ、剣を選んだ。おそらく相当な努力を積んだのだろう。その節々が伝わってくる。


 我と奴とでは、次元が違う。


 我は井の中の蛙。そう呼ぶのも生温い。我がこれまで積み重ねてきた誇りや強さは、眼前に立つ奴の前ではただの幻想にすぎなかったのだ。



 ◆



 こうして奴は四天王最強と呼ばれるに至る。我のように主が変わるからという理由で辞めるようなことはないだろうから、四天王を続けているとは思っていたが、まさかこんなところで再び相まみえることになろうとは、夢にも思わなかった。


「みんなっ」


 気付けば、冒険者たちは床に突っ伏し、ことごとく動かなくなっていた。血を流している者もいれば、四肢がありえぬ方向に折れ曲がっている者もいる。


「フウ……どうすればよい? このままじゃ……」

「正直、あれを倒すのは並の冒険者じゃ不可能でしょうね」

「でも、こうしている間にも、ホワイトドラゴンが」


 ホワイトドラゴンから少し離れていた我らが襲われるのも、束の間の猶予にすぎないだろう。先陣を切ったSランクやAランク冒険者たちは魔族を視た瞬間、英雄気取りで飛び出し、そして動かぬ屍へと変わった。今残されているのは、我、フウ、Bランクの二人だ。二人は気絶して冷たい石床に横たわっている。つまり、実質的に我とフウでこの場を切り抜けなければ、いずれは全滅というわけだ。


「アメリアさん、そこの冒険者たちにこのポーションを。ところどころ傷は深いですが、まだ息があるはずです」

「分かったのじゃ」


 フウはどこからともなくポーションを取り出した。マジックバッグに入れていると聞いてはいたが、ここまで準備しているとは思わなかった量だ。この量があればこの場に居る全員にポーションを配ることが出来る。


 我が負傷者へ駆け寄った時、フウはすでにホワイトドラゴンへ歩み寄っていた。その手には剣が握られている。ホワイトドラゴン相手に剣で相対するというのか。ホワイトドラゴンは常軌を逸したスピードを持っている。そこら辺の人間ではどうにもできないだろう。


「くっ……」


 我はポーションを配り終えると同時に、水の魔法を思い浮かべた。人間は魔法を使う際に詠唱をする。勇者みたいな規格外な奴を除けば、一介の冒険者が無詠唱で魔法を打つことなどありえないのだ。魔法の詠唱など一切知らないが、まあ、適当にそれらしい言葉を吐けばいいだろう。


「水いっぱいなのじゃ!!!」


 声を張る。言葉には意味はないが、形だけでも人間の振りをしなければならない。我が魔法を放っていると、ポーションを飲んだ冒険者たちの顔色が良くなっていく。


「ポーション、ありがとうございます。皆さん、一斉に魔法を!彼が時間を稼いでくれている間に!」


 先ほどまで死人のように横たわっていた者たちが立ち上がり、藁にも縋る思いで詠唱を始める。声は震え、息は乱れている、それでも必死に詠唱する。ここで討伐するのが冒険者だと意地を見せるかのように。


 そういえば、ホワイトドラゴンが勇者に敗れた理由は何だったか。互角に戦ったはず。だが最後は敗れた。ホワイトドラゴンを倒したのは勇者が初めてだった。少し気分は悪いが勇者との戦いの話を思い出せば、この勝負、勝てなくとも負ける確率がぐっと下がるだろう。奴は何かしらの弱点があるのだ。


「はぁ……はぁ」



 ◆



 十七年前。我は、突如現れた勇者に瞬殺された。それは敗北というより、最初から同じ土俵に立ててすらいなかった。魔法の発動までの一瞬すら与えられず、気付けば我の意識は闇に落ちていた。


 これが勇者か。


 そう驚嘆した。我は死を覚悟したが、目を開けた時、目の前にいたのは吸血鬼だった。おそらく光属性の転移魔法で救出されたのだ。勇者の気配はこの魔族領の隅々にまで届く。魔法を放てば必ず魔王様に察知される。ゆえに、我が勇者と会った瞬間、魔王様に命令されて吸血鬼が我を助けに来たというわけだろう。


「負けたのじゃ……。勇者パーティーは五人。まさかこんな東部にまで足を踏み入れて来るとは思わなかったのじゃ」


 悔しさよりも先に、恐怖があった。勇者は平然と現れ、我を簡単に倒した。


「あなたの居た場所から少し進めば、龍属の住処ですよね。流石の勇者でも、龍の縄張りから生きて帰れるとは思えませんが」

「……いや、無理じゃ」


 我は力なく首を振る。


「今回の勇者の魔法……我よりも発動が早かったのじゃ。魔法を放つ前に、我は意識を失っておった」


 我が唯一誇っていた魔法発動までの速さ。四天王の中でも最速と謳われた発動。それすら、勇者には通じなかった。


「それは……意外ですね。あなたほどの方が、先を取られるとは」

「だから悔しいのじゃ」


 だが、それ以上に深いのは、絶望だった。自分がこうも簡単に敗れるということは、相当な実力者だと、敵ながらに認めよう。そんなものがこのまま魔族狩りをするだろうか?強い者を求めて、四天王や魔王様に近づく可能性が高い。


 案の定、数日後には悪魔が勇者に敗北した。魔族たちは混乱に沈み、戦意は萎え、空気には敗北の匂いが漂っていた。そして勇者は予定調和のように、次なる獲物、ホワイトドラゴンのもとへ現れた。


 だが、そこで我らはかすかな希望を見た。ホワイトドラゴンは勇者と互角以上の力を示したからだ。勇者を除いた四人の仲間など、ただの影にすぎず、攻撃というよりは防御や支援ばかりに徹していた。つまり、警戒すべきは勇者ただ一人である。


「……それでも、負けたのじゃな」

「いえ、未熟だったのは私でしょう」


 ホワイトドラゴンは淡々と告げた。


「ちげえだろ。あんたが負けるなんて、誰も思っちゃいなかった」

「いいえ、間違いありません。本来ならば短期決戦が望ましかった。勇者の長期戦は……支援に守られ続ける限り、終わりがない」


 その言葉は真実だった。勇者パーティーは一人ではなく、五人だった。彼を支える影は、決して斬り捨てられぬ壁だった。


「あなたは強かったですよ。大丈夫。たとえ魔王城に辿り着いたとしても、私と魔王様で何とかいたしますから」

「確かに……吸血鬼の魔力回復と、魔王様の治癒があれば、無敵かもしれぬ」


 あの時の我らの言葉が、どれほど虚ろだったことか。それは無敵であってほしいと願うだけの、弱者の呟きに過ぎなかったのだ。



 ◆



「時間じゃ。なるべく時間稼ぎをしてほしいのじゃ」


 そもそもこの冒険に出たのはホワイトドラゴンとの交渉が目的であった。だが、この状況で言葉など通じぬ。ならば、せめて弱らせてから話すしかない。ホワイトドラゴンが容易く死ぬとも思えぬのだから。


「結構これでも、全力なんだけどねぇ」


 Sランク冒険者たちは荒い息を吐き、なおも魔法を放ち続ける。だがホワイトドラゴンは舞うようにそれらを避け、フウとの戦いにすら余裕を残していた。


「それなら我がやるのじゃっ! 水いっぱい! 水いっぱい! 水いっぱい!」


 我は立て続けに魔法を放つ。だが、一発たりとも奴を捉えることはできなかった。砕けた水弾は壁を抉り、天井に開いた穴から見える上の階層の壁や天井を捉えた。瓦礫が落ち、ダンジョン全体が震える。


「おい、どこ撃ってるんだ!? って……」


 壁から天井に走った亀裂が崩落を呼び、岩が落下してくる。その下に、まだ意識を取り戻していない者たちがいた。


「危ないっ!」


 我は別にホワイトドラゴンのように素早く動けるわけではない。ましてや、普段の姿ではない以上、長距離歩くだけでも相当疲れる。


 ——間に合わない。


 そう悟った瞬間、閃光のような剣が岩を粉砕した。


「ゲホッ、ゲホッ」

「魔族が、人間を助けた?」

「まさか、自分の手で殺すために、助けたのか?」


 そして数階層上まで崩落した天井から微かに光が差し込んだ。どうやら我は、この広間に空いた空間から全ての階層の天井を落としてしまったらしい。光は血と瓦礫に満ちた空間を照らす。


 光に曝された仲間の蒼白な顔、震える肩。そのすべてが、この場がまだ地獄であることを思い知らせてくる。


 するとホワイトドラゴンは、光の差し込む裂け目を見上げ、一気に飛翔する。重苦しい風圧を残して、奴の姿は消えた。


「助かったのか?」

「う、うおおおおおっ!!!」


 歓声が上がる。だが、我の胸には冷たいものしか残らなかった。助かった?本当に?急に奴が攻撃を辞めるのだから、不気味さだけが後に残る。


「どうして……」

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