30話
我は朝が苦手じゃ。そのため結局ユーカに揺り起こされ、半ばぼんやりした頭のまま昨夜と同じように城を抜け出した。不思議なもので、一度やってしまえば出口までの道筋は驚くほ度簡単だった。
「……はぁ、はぁ。間に合ったのじゃ」
冒険者証を握りしめ、まだ少し冷たい朝の空気をまといながらギルドに入る。中には既に大勢の冒険者が集まっていた。どの顔も引き締まっており、余計な冗談すら浮かべていない。覚悟が決まっているといった感じだ。
「フウ。おはようなのじゃ」
「おはようございます。アメリアさんの荷物は……」
「荷物?特に持っていないのじゃ」
そうか、冒険には荷物が必要だ。人間なら食料に水、衣類と持つ物が多い。
「一応、食料などは多く持ってますから、大丈夫だとは思いますが、昨日言っておくべきでしたね」
「ありがとう。水は魔法で幾らでも生成できるから、欲しくなったら言ってほしいのじゃ」
「魔力は出来るだけ温存ですよ。一応魔力回復のポーションもいくつか持っていますが」
「用意周到じゃ、もしかして結構冒険者歴長かったりするのじゃ?」
そのとき、輪の中心に立っていた男が静かに手を上げた。
「今回のダンジョン攻略のリーダーを務めるヘスだ。参加者はSランク冒険者二十四名、Aランク十七名、Bランク十五名だ。全員が無事に帰還できるよう、最善を尽くしダンジョンを攻略する」
「おお!」
揃った声が天井に響く。やや男の方が多いくらいだが、皆闘気を感じるほど熱く燃えていた。我の洞窟に来た冒険者の人数とは比べ物にならないほどの人がそこにはいる。
「えっと、全員で」
我は人間の手を見つめながら、指を折って数を数える。
(二十四って……どう表現するのじゃ)
龍の時は指が片手で三本しかなかったが、人間の手は五本もある。それでも、両手併せて十本。今回の参加人数は、Sランク冒険者二十四名、Aランク十七名、Bランク十五名……とにかくいっぱいいる。すると隣にいるフウが耳打ちした。
「五十六名ですね。SランクやAランク冒険者ともなると、二属性、三属性使える人がいますし、中には闇属性や光属性に適性を持つ人もいます。これだけの人数いるなら、ダンジョン突破は可能、だと思います」
淡々とした口調だったが、その最後だけわずかに間があった。フウもまた、心のどこかで何かを警戒しているのだろうか。おそらくこの者は見た目に反してかなり冒険者としての歴は長い部類。人里に近いダンジョンというのに違和感を抱いているのだろう。
「ではダンジョン前まで転移する。Sランクの風属性使い三名が、事前に下見を済ませてある」
歩きで百キロを進む覚悟をしていたが、その必要はないらしい。本来ならば門をくぐらなければ魔族領へ入ることは禁じられている。だが今回は“緊急性が高く、かつ国の伝令による特例”として転移での侵入が許可されているのだという。なお、今回の依頼によって得られた魔石は依頼主であるダイヤモンド帝国の皇帝に収める決まりとなっているが、それ以外の物はギルドで売却してもよいという。
通常、転移魔法で魔族領に入って得たものは不正と見なされ、売却どころか処罰の対象となるそうなので、いかにこの依頼が特例であるかがわかる。
「……ここが、例のダンジョンか」
転移された先は、木々が生い茂った場所だった。岩肌の割れ目から不自然に開いた穴。これこそがダンジョンの入り口らしい。冒険者たちの噂によると一カ月と少し前に発見されたと言っていた。
「気を引き締めて行くぞ」
ダンジョン内では、あらかじめギルドから通達されていた参加者の魔力量と属性によるグループ分けに従って行動することになった。もっとも、ほとんどの冒険者が既にパーティー単位で参加しているため、実際には相性の良さそうなパーティー同士を寄せ集めただけだ。
我が割り振られたのは、アメシスト王国一を名乗るSランクパーティー五名の一団だった。そしてそのパーティーと一線を画すように、フウの姿もあった。おそらく、登録の際に我がフウと並んでいたことで同一パーティーとして見なされたのだろう。知らない人と組まされるよりは一人でも顔見知りがいるだけで安心である。
「Bランクか。まあせいぜい死なないようにな」
けして刺すような言い方ではないが、そこに余裕の色が滲んでいる。
「……フウってもしかして、ガーネットでブラッドウルフが病院に現れた時、アメシストから転移魔法で向かって助けたっていう冒険者?噂になってたよ」
「別にブラッドウルフを倒したわけではありませんが」
フウは静かに首を振った。
「病院に現れた個体を転移魔法で魔族領へ送っただけです。ブラッドウルフは高い知能を持った闇属性の魔族。Bランクの私では到底かないませんから」
「まあな。とはいえ転移魔法が使えるってだけでありがたいよ。うちは一応Sランクパーティーとは言ってるけど、風属性はいないからな」
一人が肩をすくめて笑い、次に視線を我へと向けた。
「そっちの小っちゃい子は……?」
「我はアメリアじゃ。水属性が得意なのじゃ」
「ほう水属性か。……まあ飲料水に困らずに済みそうだな」
気軽な冗談のようにも聞こえる。少しでも緊張の糸をほぐしたかったのだろう。そしてパーティー側の自己紹介も聞き、我々は先行する他のグループに続くようにダンジョン内を歩き始めた。魔族が出没する、と事前に聞かされていたが、実際のところ、魔族の気配は一切感じられない。
あまりにもスムーズに進んでいくものだから、むしろ「どうぞ奥へ進んでください」と誘われているようでそれが余計に不気味だった。
「こう見えてダンジョン潜るのは初めてなんよな。というか、そもそもダンジョン系の依頼って国全体でも久しぶりなんじゃないか?」
「そりゃ当然なのじゃ。ダンジョンというのは本来、人里近くに作るものではないのじゃ。普通は魔王城の地下か、辺境の地に造られるものじゃ。古には魔王が宝物を隠すために造ったとも言われるし、中には性格の悪い魔王が人間の好奇心を誘うためだけに造った例もあるのじゃ」
「そういうのに詳しいんだな。さっきは素っ気ない態度とって悪かった。正直、そういう情報って助かるよ」
「え……?」
フウに言ったときはあまりに普通の表情で何も驚かなかったから、人間であれば誰でも知っている知識だと思っていた。だが、このSランクたちでさえ頷きながら聞いていた。つまり、一般的な冒険者の常識ではないということだ。
「ダンジョンに出る魔族というのは宝を護るための守護者ですから、むしろ魔族が出る方が自然です。単に人間を誘き寄せる目的で造られたダンジョンでも、普通は魔族を配置して襲わせますから……これだけ気配が無いというのは、かなり異常な事態と見るべきでしょうね」
フウの声は淡々としているが、その表情からは緊張がまったく抜けていない。
「だよな。枝分かれもほとんど無いし、ダンジョンって感じがしない。これじゃあ洞窟だぜ……こりゃ本格的にヤバいかもな」
ザッザッ
靴底が石床を擦る音だけが、長い通路の奥へ、ひどく不吉な余韻を引きずっていった。




