3話
「一応、異世界から来た皆さんの魔法適性と魔力量を測定しますね。誰からやりましょうか?」
奥から水晶玉を手にした女がやってくると私たちの目の前に差し出した。
その玉を見た瞬間、胸の奥に棘のような記憶が刺さった。かつて赤子として目覚めた時に喉から手が出るほど欲しかった魔道具の一種だ。水晶玉に手をかざすだけで自身の魔法適性が浮かび上がるという物で、人間族には広く使用されていたはずだ。
「水晶玉に手を置けってことか?」
使い方としては説明などなくても分かるくらいシンプルなものだ。この魔道具について何も知らなくても、なんとなく使い方が分かったのだろう。田中は手を差し出した。
私はその様子を見ながら、ほんの少し、期待していたのだと思う。地球で魔法が使えないだけで実際は使えるのではないかと。だが、水晶玉は何も応えなかった。
魔力量ゼロ、魔法適性無し。田中に続いて皆が各々手を乗せていくが結果は変わらなかった。勿論、魔王としての記憶を持っている私でも魔力の適性が無かった。
「全員、適性なしですか……」
ざわめきが、周囲に広がる。
魔力量も魔法適性も、生まれながらに決まっている。魔力量だけは、ほんのわずか、道具によって増やすことができるが、自分の使える属性、即ち魔法適性は生まれ持った才能である。加えて魔法を使えば魔力を消耗する。魔力量が多ければ魔法を沢山使えるというわけだ。
「何か質問などはありますか?——とはいっても、言葉が通じないですからね……本来ならば念話ができる人を呼ぶべきだとは分かっているのですが」
念話とは、声を発さずとも、思考を特定の者に届ける魔法だ。この魔法の便利なところは、言葉が通じなくとも意思疎通が可能になる点だ。人間族がどのように使っているかは分からないが、魔王としては、遠くに離れた者とのやり取りや、言葉を発さない魔族との意思疎通に使ったことがある。属性としては光属性に分類される。現代で言いかえるならば、携帯電話のようなものかもしれない。
「とりあえず、今日はこれくらいにしておきましょうか。急な出来事で疲れているでしょう」
私たちはそのまま、部屋へと案内された。
男女別に一つずつ部屋を貸与してくれるらしい。天蓋付きのベッド、柔らかな絨毯、窓辺に置かれた水差し。不手際で私たちはこの世界に呼ばれてしまったと説明があったように、あちら側からしてみれば、重大な失態だ。これくらい歓迎しなければ汚点になるということなのだろう。
高橋はベッドの縁に腰を下ろし、微かに息を吐いた。
「……なんか、すごいことになっちゃったね」
その声の奥にあるものは、間違いなく疲労だった。肉体的というよりも、もっと深く、根に染みるような精神的な疲労だ。高橋はそうしてゆっくりと私の方を見た。だが、何も言葉は出ない。あまりにも現実離れした出来事を必死に整理しようとしているのだろう。
「うん」
よくよく考えてみれば、高橋とこうして向かい合って話すのは、これが初めてだったのかもしれない。教室では最低限の挨拶を交わす程度の関係で、それ以上の間柄ではなかった。
私はふと、喉の奥で言葉がこわばる。この世界のことを知らなくても、私の前世が魔王であることを知られてしまったら、怖れられてしまうのではないかと。
「戻れるのかな、私たち」
そう呟いた声は、小さく今にも消えそうだった。
「戻れると思うよ」
私は、慰めのつもりでそう言った。根拠はない。保証もない。ただ、私はこの世界を知っているからこうして現実を受け入れられているが、高橋はそうではない。少しでもポジティブな意見を言うべきだろう。
私のこの体には、かつて魔王だったという記憶こそあるが、魔力のひとかけらも宿ってはいない。呪文を唱えても風ひとつ動かない。だが、それでも――知識だけは、残っている。
膨大な魔法、魔族に関する知識、魔族領のこと。魔王として見てきたすべてを私は覚えている。
もし、この転移がただの不手際ではなく、意図された転移だとしたら、間違いなく三人は無関係だろう。この世界に所縁がある人間がこうも都合よく転移するわけがない。そうなれば、私の近くに居たというだけで三人は生きて地球に帰れるかも分からない異世界に飛ばされたということになる。この地を知る私がどうにかしなくてはいけないのは明白だ。
勿論、三人に私の正体を気取られないように。