29話
小窓から外に出たと言っても、我は吸血鬼やホワイトドラゴンのような翼を持たぬし、悪魔のように風属性の魔法で飛ぶこともできない。水属性のベールを身体に纏い、落下の衝撃をできる限り分散させながら、なんとか地面へ足をつける。空から降ってきたときと同じ原理だ。
最悪の場合は龍の姿になれと言われたが、そこで目撃されれば立場が悪くなるのはユーカの方だ。我は音を殺し、木陰を縫うようにして城壁へと走った。
「このくらいの壁なら……」
水属性魔法を放つ。しかし扉と同じく、壁全体に防御魔法が施されているのだろう。びくともしない。仕方なく地面に向けて水圧を集中させ、反動を利用して跳躍した。
「結構大立ち回りしたつもりじゃが……やはり夜だと気付かれにくいのじゃ」
闇に溶けるように身を滑り込ませ、城下街へと走る。ギルドの位置は到着した時に馬車の窓から見ていたため、すぐに見つけることができた。
「ここ……じゃな」
ダイヤモンド帝国中央ギルド。夜にもかかわらず建物の中は明るく、多くの冒険者が酒を片手に談笑していた。壁に貼られた依頼書を眺めている者、仲間同士で魔法の相談をしている者。だが、誰一人として、ガーネット王国の惨状について話している者はいなかった。ユーカが想像していた通り、おそらく国民には伝えられていないのだろう。
「とりあえず、まずは冒険者証なのじゃ」
我は意を決し、受付に向かった。
「冒険者証が欲しいのじゃ」
「えっと……お嬢ちゃん、何歳かな?」
「え?」
何歳?年のことか。本当の年齢は八百歳を超えているが、人間族はどれくらいで大人と見なされるのじゃ? 我の半分?いや、人間族は短命と言われるから百歳くらいか?
「……? 百歳なのじゃ」
「嘘は良くないなぁ。冒険者登録は十四歳以上じゃないと受け付けられないんだ」
「じゅ、十四歳!?」
それは幼子ではないか。人間族の成長はそこまで早いのか。受付の人間は露骨に面倒そうな顔をして我を追い返す素振りを見せた。擬態魔法の魔道具でこの姿になっているとはいえ、我は冒険者証も作れないのか。
「うっ……」
ため息を吐いた瞬間、無性に涙が溢れそうになった。今度こそは魔王様に恩返しができると思っていたのに、今のところ役に立てている場面はない。その時だった。横から我に声がかかった。
「冒険者証が作りたいんですか?」
「?」
声の方向に振り向くと、どこかで見た覚えのある冒険者が立っていた。洞窟でユーカ達の中にいた者。淡い若草色のさらりとした髪と柔らかな声をしている。
「そうなのじゃ。我は立派な大人なのに、跳ね返されてしまったのじゃ」
「そうですね、おそらく夜だからというのもあると思うのですが……頼み方というものがあります。ついてきてください」
「お主、良い奴じゃな。名は?」
「フウです。あなたは?」
「アメリアなのじゃ。よろしくなのじゃ」
我はフウに導かれ、再び受付へと向かう。
「こんばんは。冒険者証を発行したいみたいなので、この子の魔法の測定と試験お願いできますか?」
「未成年に見えるが」
受付の人間が眉を寄せ、我の身体をじっと見つめる。
「少し子供っぽいところはありますが、れっきとした大人ですよ。酒も飲んでいましたし」
「酒なら誰にも負けないのじゃ」
我は胸を張って言った。実際、これは事実である。四天王の中では酒豪と呼ばれた方であった。というより、吸血鬼は嗜むくらいで、ホワイトドラゴンはいつ人間族が現れてもいいようにと、酒は飲まなかった。悪魔は酒が弱いらしく、少し飲んだだけでふらふらになる始末だった。それ故に、乾杯仲間がおらず、魔王様とよく一緒に飲んだのだった。
しかしその姿に、受付は苦笑を漏らす。するとフウが一歩前に出て笑った。その笑顔は何だか恐怖を感じる。
「見た目で判断するよりも、まず適性検査をしてからではありませんか?」
「ひっ……申し訳ございません。それでは仕切り直して……」
受付の者は咳払いをひとつしてから淡々と説明を始めた。
「ダイヤモンド帝国中央ギルドでは、冒険者Cランク以上のみ登録可能です。口頭試問を実施するギルドもありますが、ここでは口頭試問はありません。では、この板に手を乗せてください」
「アメリアさん、この板は魔法の適性と魔力量を測定する機械です。基本的にはここで測定された魔法の才から冒険者ランクが決まります」
「なるほどなのじゃ」
ただの板かと思って手を置きそうになってしまったが、どうやらそうではないらしい。今こそデバフ魔法を試してみるときである。我は深く息を吸い、魔力がゆっくり吸われていく感覚を思い描く。吸い過ぎればBランクよりも下になってしまうかもしれないし、魔力が抜けていく……しかし、まだ余力はあるくらい。そう意識して魔力を抑え込む。
その時、フウがそっと肩に触れた。緊張をほぐそうとしただけなのだろうが――瞬間、脳裏に描いていたデバフのイメージがふっと崩れ、そのまま板に手をついていた。
し、失敗した??魔力量が可視化出来ればいいのだが、生憎、我には鑑定魔法のような魔法をもっていない。受付は板を食い入るように見つめ、やがて静かに告げた。
「水属性。魔力量、四十七レベル。Bランクですね」
「はぁ、はぁ……なんか疲れたのじゃ」
「お名前は?」
「アメリアなのじゃ」
「登録完了しました。こちらが冒険者証です。ギルドの規約は壁に掲示しておりますので、ご確認ください」
手渡された冒険者証は薄い銀色の縁で、中央にBの刻印が浮かび上がっている。受付の者はどこか安心したように、にっこりと笑って頭を下げた。
「おめでとうございます。Bランクは冒険者全体の上位一割程度です。胸を張っていいと思いますよ」
フウが穏やかな笑みを向けた。
「フウはどのランク帯なのじゃ?」
「私は風属性、魔力量四十一レベルのBランクです」
「なるほどなのじゃ。Bランクというと上級魔法くらいか?」
Bランクの冒険者がどれくらいの実力なのだろうか。魔力量によって操れる魔法のレベルは変化する。正直、魔力量四十七レベルと言われてもどれくらいの魔法が使えるのか見当がつかない。おそらく神話級クラスの魔法はまず使えないと判断し、とりあえず上級魔法という単語を出してみた。
「そうですね、魔法名で言えば……転移魔法やウィンドカッターを使います。アメリアさんはどのような魔法を使うのですか?」
「基本は水がいっぱい出るタイプのやつじゃな。ま、まぁ、水の壁とか、氷とかも出せるぞ」
魔法名はよくわからないので、なんとなくイメージを伝える。正直、我は魔力量だけ見れば四天王の中でも高い方であった。だからこそ、惜しみなく神話級クラスの魔法を複数一気に操れる。流石にここではしないが、Bランクの冒険者とは上位10パーセントと聞いたが、思ったよりも強くはなさそうである。
「そういえば、何か依頼を受けるつもりなんですか?」
「うーん……とりあえず今どんな依頼があるのか気になるのじゃ」
「今は各国のSランクパーティーが招集されて新興ダンジョン攻略という依頼が出ています。ダンジョン攻略は人数が必要になるので、Bランクでも参加できるようになっていまして。私もそれに参加しようと思っているんです。もしよければ……どうですか?今回見つかったダンジョンは、ダイヤモンド帝国から北へ百キロも離れていない場所です。ただ今日突如明日からと公表され、明日出発になりますけど」
「ダンジョンか。ダンジョンとは迷路みたいなやつじゃったな。遠い昔の魔王が人間の興味を引き寄せるために作った装置とか、宝を隠すために作ったとか、色々言い伝えがあるのじゃ」
言ってからハッとする。それは魔族側で語り継がれてきた起源の話だ。人間側でも同じ認識なのかは分からない。フウは少しだけ目を見開いたあと、ふっと柔らかい笑みを見せた。
「ええ、確かに宝の隠し場所とか人間を陥れる罠という説がありますね」
どうやら、とりあえずは通じたらしい。ダンジョンを人間もそういう認識で見ていたのか。
「どうやらダンジョンの内部には、多くの人の骸があったそうです。帝都からそう遠くありませんから、CランクやBランクの冒険者が興味本位で入り込んでしまったのかもしれません。今は立ち入り禁止の看板が置かれているそうですが、放っておくわけにもいかず……という状況です」
「なるほど。だからSランクパーティーがこの国に集っているわけじゃな。ありがとうなのじゃ」
「いえ。……では、参加でよろしいですね?」
「ああ。参加方法がよく分からんから、手引きしてくれると助かるのじゃ」
「参加の場合は明朝、このギルドに集まっていただくだけで結構です。それでは、夜も遅くなってきましたし、おやすみなさい」
フウは丁寧に頭を下げ、廊下の奥へと歩いていった。ギルドは宿泊施設も兼ねているというのはアメシストで得た知見だ。おそらくこのギルドも同じように宿泊所があるのだろう。
「今日はありがとうなのじゃ」
小さく礼を言い、我も踵を返す。行きは緊張でぎこちなく感じた街路も、帰り道は驚くほど静かで、迷うことなく城へ辿り着くことができた。
「ユーカ、冒険者証が出来たのじゃ。それと……北方百キロほど先に新興ダンジョンがあるらしくて、我はそこに向かおうと思うのじゃ」
「……人里に近いな」
ユーカの声は低く小声だった。確かに人間領に近いのは間違いない。
「そうなのじゃ。だから、各国のSランクパーティーが招集されているらしいのじゃ。それに噂では、人間の死体がたくさん転がっているとか」
静かな部屋の中で、その言葉だけが妙に重たく沈んだ。既に今回の魔王が率いる魔族たちはガーネット王国で多くの死者を出したというのに、ダンジョンでもまた死体。我は軽い口調で言ったことを後悔した。
「気を付けた方がいいかもしれないな。人里の近くにわざわざダンジョンを作ったということは、人間に入らせることが目的かもしれない。死体が多いとなれば、そこにいる魔族は相当な力を持っていると見るべきだろう」
「分かったのじゃ」
我は視線を落とし、冒険者証をそっと胸元で握りしめた。
「それと我は、人間を少し見直したのじゃ。ギルドに行ったら、優しい冒険者が色々手引きしてくれたのじゃ」
「そうか」
「ほら、あの時洞窟にも来ていたフウって冒険者なのじゃ……」
「っ——」
その名を聞いた瞬間、ユーカの表情が僅かに硬くなった。一瞬だけ何かを飲み込むように目を伏せ、それから淡々とした声色で言う。
「それで、明朝からダンジョン攻略に向かうつもりなんだな」
「うむ。でも、もちろん本来の目的はホワイトドラゴンと秘密裏に接触し、吸血鬼に繋いでもらうことじゃ。ダンジョン攻略はあくまでついでなのじゃ。もし冒険者に死なれたら困るからのぉ」
そう言うが、我の胸の内側に、小さな不安が残った。我は確かに魔力も魔法もそこらの魔族とは比べ物にならない。だが、ユーカの言うとおり、相当な力を持った魔族がいるとしたら?仮に今の四天王がダンジョンで待ち構えていて、Sランク冒険者をまとめて殺す算段だとしたら。その時は、その時だ。我の力で今の四天王にどれくらい対抗できるかは分からないが、少なくともホワイトドラゴンが敵に来なければと願うばかりだった。




