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28話

 ダイヤモンド帝国の領土は想像以上に広大だった。アメシストに近い東部では、ダイヤモンド帝国からアメシストに向かう行商人を狙う山賊が時折現れると休憩中に王女が言っていたが、その心配は杞憂に終わった。不思議なほど人の気配がなく、魔族による侵攻も確認されていない。

 ガーネット王国の壊滅が与えた衝撃が、この地まで広まっているのだろうか。魔族が侵攻するかもしれないとなれば、不要な外出は避けるだろう。


「思ったより順調に進んでいますね。馬も、いつもよりスピードが出ているような気がしますし」


 ガーネット王国の王女の言葉にアメシスト王国の王女が軽く頷く。


「そうですわ。きっと、早くダイヤモンド帝国に着くようにと頑張ってくれているのですわ」


 馬のひづめが乾いた大地を叩く音だけが、一定のリズムで耳に届く。私たちは時折小休止を挟みながら、確実にダイヤモンド帝国の帝都へと近づいていた。境界線は地図の上にしか存在しない曖昧なものだが、王女によれば、ここは既に帝国の領内に入っているという。


「普段は山賊が出ると噂される場所ですが……その影さえ見えませんし」


 そして遂にダイヤモンド帝国の帝都近くに到着してみれば、そこには驚くほどいつも通りの日常が流れていた。路上には露店が並び、多くの人々が何食わぬ顔で過ごしていた。それはまるでガーネット陥落の一件を公表しておらず、国民の大半は何も知らないままの日々を送っているようだった。余計な混乱を避けるためだとしたら……その判断自体は間違っていないのだろう。それに、王女の話によればこの地は防御魔法で覆われているともいう。


「それにしても、ガーネット王国に魔族が出るとは……歴史を遡っても、このような事態はありませんでしたよね」

「ええ。アメシストに残された歴史の書を見ても、ガーネット王国に魔族が侵攻した記録はありません」


 重々しい顔つきで書物を繰りながら、アメシスト王国の王女は低く息を吐いた。



 ◆


 ダイヤモンド帝国はこの世界で最も大きな国家であり、人口も国力も全てにおいて頂点に立っている。その中でも帝都とされたこの地にある中央ギルドはいわゆるギルドの総本山でもある。全ての地域の情報を一括管理しているなんて噂もある。


「今回の魔王は、心してかかる必要があるな」

「ギルマスは勇者を見たことがあるんですよね。俺が魔王を討伐したって話を聞いた頃は、まだ子供だったので……」

「勇者というと聞こえは良いが、語り継がれる勇者とは、《《魔王を討伐した者》》に限られる。全属性を扱える人間は、数十年に一人くらいは現れるものだ」

「そうだったんですか……何百年に一度の逸材だと思っていました」


 勇者の条件は全属性に適性があること。おそらくこの認識はほぼ共通しているだろう、歴史に名を遺すような勇者というのはそれに加えて魔王を討伐していることが含まれる。Sランク冒険者と勇者が明確に区別されているのは、こういう理由があるからだとされている。

 基本的に魔法適性が多ければ多いほど魔力量は飛躍的に伸びる傾向がある。しかし魔力量は測定限界を超えると容赦なく「100」と表示されるため、同じ数値でも実際は天と地ほどの差がある。


「この歴史の書によると、この三百年は大きな衝突がなかったんですね」

「ああ。魔族側が衰退していた、という説もある。十七年前の魔王討伐に関しては、まぁ色々とあったものだ」

「魔王の魔石ですよね。聞いたことがあります。皇帝が激怒されたとか」

「ああ。皇帝陛下は古代魔法の研究家としても知られる方だ。魔王の魔石ともなれば、簡単に手に入る物ではない。それが失われたとなれば、怒りを覚えて当然だろう」


 中央ギルドのギルドマスターはそう言って静かに本を閉じた。厚い革表紙の上を埃が舞い、一瞬だけ陽の光を反射した。


「今回の皇帝からのダンジョン依頼についてもやはり何かあるということですかね?」

「どうだろうな。皇帝が日時は追って伝えると言われたが……それから1カ月近く、何も知らされなかったというのに、急に今日になって《《明日からダンジョンに向かってくれ》》だなんて、何かあるに決まっているだろう」



 ◆



 予定よりも数日早く、私たちはダイヤモンド帝国の中心街へ辿り着いた。帝都の門には厳つい鎧をまとった門番が立っていたが、王族を伴っていることもあって特に咎められることも魔法の話もなく、驚くほどあっさりと中へ通された。


 流石に帝都と言われるだけはある。目の前には。広い石畳の通り、そびえ立つ建造物の数々、街灯。何もかもがアメシストやガーネットとは比べものにならない規模と洗練された街並みだ。道中に小さな町はいくつかあったが、この中心街を見てしまえば比べ物にならなかった。


 そしてやはりガーネット王国が焦土化したという現実など存在しないかのように、人々は笑いながら行き交っている。やはり大々的には報じられていないのだろう。知らない方がいいことだって世の中にはあるしな。


 一際大きな城門をくぐると、私たちは馬車を降ろされた。城内には医務室のような施設があるらしく、そこには高位の回復魔法が使える者がいるという。女中たちが手際よく担架を取り寄せ、カホを慎重に乗せて運んでいった。例え私が以前の力を取り戻したとしても、治癒に関する魔法が使えない私ではカホを助けることは出来ない。回復魔法が使える者に任せるほかない。


 そして城の入り口に差しかかった瞬間、ひときわ強烈な存在感を持つ男が現れた。纏う気配だけで、萎縮してしまいそうな圧力だった。


「この度はお悔やみ申し上げます、ガーネット王国王女殿下。我がダイヤモンド帝国は、あなたの御身を魔族から守り抜くことをここに誓いましょう」

「この度はお世話になります、ダイヤモンド皇帝。ブラッドウルフに襲われた少女はアメシスト王国で上級回復魔法を掛けていただきましたが、効果はほとんどありませんでした。ぜひとも少女の治療も併せてお願いいたします」

「勿論ですとも。それはそうと王女殿下、赤魔導士の魔導書は焼失したと耳にしましたが」


 王女の肩がわずかに震えた。


「……それは」

「国を象徴するものだったというのに。写しも取らずに保管していたとは、少々不用心というものですな」


 皇帝は、憎々しいほど薄い笑みを浮かべながらその場を仕切り、やがて私たちをそれぞれの部屋へ導いた。歓迎されていないわけではない。ただ、こちら側の心情などどうでも良いといった態度だった。


「そうそう。そこの紫髪の小さい子」

「我なのじゃ?」

「随分と魔力量が高いようですが……護衛ですか?」

「そうじゃ。我はこの者たちの護衛なのじゃ」


 アメリアは胸を張って答える。


「いくらで護衛を引き受けているのですか?」

「買収には応じられんのじゃ。お金では買えぬ恩義があるのじゃ。例え皇帝であろうとも、我はこの者に仕える者。それでもというのなら、我と勝負せよ」


 真っ直ぐに放たれた言葉に、皇帝は一瞬だけ目を細めた。


「あはは、少し揶揄っただけですよ。それでは」


 言い捨てるように背を向け、彼は長い回廊を歩き去っていった。私たちは与えられた部屋の中に入る。重厚な扉の向こうには絨毯が敷かれ、ベッドも大きい。まるで高級ホテルの一室のようで、戦乱の中にいるという感覚が遠のいていく。


「あの男、鑑定魔法でも使えるのか?」


 部屋へ案内された直後、アメリアは小声で私に問うた。私も皇帝の事は注視していたつもりだったが、特に詠唱などはしていなかったようにみえる。


「鑑定魔法ではないな。人間なら詠唱が必要だが、あの男は詠唱をしていない。もっとも勇者や一部のSランク冒険者クラスなら詠唱を省略したり、無詠唱できる者もいるそうだが……」

「……気味が悪いのじゃ」


「そうだな。この町はどこか、ガーネットやアメシストには無い雰囲気を感じる。アメリア。とりあえず、街の様子をもう少し見たいから外に出よう」


 そう言ってドアノブに手をかけた瞬間、違和感が背筋を走った。押しても、引いても、扉はびくともしない。


「っ……まさか、閉じ込められた?」

「そんなの、ドア壊せばいいのじゃ」


 アメリアが片手をドアに掲げた瞬間、空気が震え、神話級の水属性魔法が放たれた。いとも簡単に水属性の最大火力の魔法を放っているが、これはアメリアであるからできることである。しかし──扉も、壁も、まるで何事もなかったかのようだ。


「防御魔法だな。しかもアメリアの魔法による傷が全くないということは、神話級クラス。これがいわゆる鉄壁の守りというわけか」

「これじゃあ外に出られないのじゃ」

「カホの様子さえ見に行けない。してやられたな」

「我は転移魔法が使えない。完全に詰みなのじゃ」


 私は部屋の隅、換気のために開けられている小窓に視線を向ける。


「換気用の窓があるだろ。そこからならギリギリ出られるかも」


 そう言って私は壁際の小さな窓を指差した。人間が通るには少し足りない幅だ。


「小さすぎるのじゃ。人が通れるような大きさではないのじゃ」


 アメリアは眉を寄せ、小さな窓をじっと見つめる。


「アメリアならいける。私は無理だけど」

「ここから外に出たとしても、かなりの高さなのじゃ……」


 窓の外は石造りの城壁がそのまま絶壁となり、下には深い堀が広がっている。人間なら足がすくんでもおかしくない高さだった。


「高度一万メートルから降ってきたんだから平気だ」

「あ、あれは、ユーカに早く会うために仕方が無く……」


 アメリアは頬を膨らませながら抗議する。とはいえ状況は切迫している。このまま城の中に閉じこめられれば、動くことすらできない。


「見張りもたくさんいる。城の門には門番もいるのじゃ」

「水属性の魔法でどうにかならない?」

「ならないのじゃ!」


 ピシャリと遮るような言い方だった。無理もない。アメリアの魔法適性は水属性のみであるし、水属性の魔法には隠密や欺瞞の類などはない。沈黙が数秒落ちたのち、私は小さく息を吐いた。


「どうしてそこまで外に出たいのじゃ。言葉は悪いが……ここは間違いなく安全なのじゃ。神話級の防御魔法まで施されておる。ユーカは魔法が使えぬのじゃから、こういう場所に居た方がよいと思うのじゃ」

「前にも言っただろ。カホを助けるには高位の回復魔法を使える存在に頼るしかない。当面の目標はホワイトドラゴンに会って、吸血鬼へ取り次いでもらうこと。人間の力を疑っているわけではない。ただ“治癒”に属する魔法は、私でも扱えなかった。ガーネットに回復魔法の使い手が少なかったように、回復魔法自体が稀少なんだ」

「つまり……ホワイトドラゴンに会うために、ギルドへ向かうということじゃな。なら我が行く。我なら冒険者証も簡単に作れるのじゃ」

「それで構わないなら、それでもいい。ただ……アメリアが普通に登録したら、確実にSランク冒険者になるだろう。Sランクは目立つ。登録するなら、Bランクくらいがちょうどいい」


 そう告げると、アメリアはきょとんとした顔で首を傾げた。


「Bランク……って、どうやってやるのじゃ。自己申告なのじゃ?」

「計測のときに、自分にデバフ魔法を掛ければいい」

「デバフと言われても……我はその類の魔法なんて使ったことないのじゃ」


 不安げに眉を寄せながらも、アメリアは真剣な眼差しでこちらを見ている。逃げる気はない。その覚悟だけは伝わってきた。


「大丈夫。魔族は人間と違って、イメージさえできれば魔法を使える種族だ。魔力がゆっくり吸い取られていく……そんな感覚を思い描いてみるんだ」


 アメリアは小さく息を吸い込み、目を閉じた。


「……やってみるのじゃ。上手くいくか分からんが、挑戦はしてみるのじゃ」


 その声は決して大きくはなかったが、確かな意志が込められていた。


「それはそうと、相変わらず教え方が下手なのじゃ……」



 ◆



 食事は決まった時間に扉越しに運ばれてくるようで、それ以外、扉が開くことは一度もなかった。試しに配膳係に話しかけてみたが、返事はなく、ただ俯いたまま食事を置いて去った。何も答えるな、と命じられているのだろう。


 配膳係は部屋の中へは入ってこない。つまり、扉から死角になる場所はいくらでもある。部屋に閉じ込められた初夜に脱走を試みるなんて想像もしないだろう。念のため、ベッドの上に服を丸めて膨らませ、アメリアが眠っているように見せかけた。


 夜、人影のない時間を見計らって、アメリアは換気用の小窓から外へ滑り出ていった。


「アメリア、くれぐれも無茶はしないこと」

「分かっているのじゃ」

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