27話
「……あの国は魔法主義の国と聞いたが、ここでカホが治せなければ、ダイヤモンド帝国しかないと医者が言っていた」
言葉にしながら、胸の奥が鈍く痛んだ。
「だが、私たちは魔法が使えない。元の世界に戻る云々は一旦置いて、カホだけでも治療させたい。どうにかダイヤモンド帝国に入国する手立ては無いか?」
「王族の連れともなれば、おそらくダイヤモンド帝国も無視はできないはずです。……ガーネット王国とダイヤモンド帝国の仲はあまり良くないのですが」
「何故仲が悪いのだ?冒険者の引き抜きの話は聞いたが、ガーネット王国にはあまり関係がないのではないか?」
仮にアメシスト王国のように冒険者で溢れる国ならば、自ずと冒険者を相手にした商売も盛んとなる。現に、街には冒険者向けの店がいくつも並んでいた。他にも、冒険者が魔族で採取する薬草や魔石なんかも加工されて売られているのだろう。ここら辺はよくわからないが、とにかく、冒険者が減ることはアメシスト王国にとっては大打撃であろう。一方で、ガーネット王国は魔族領に接していない故に客層も変わってくる。
「十七年前、赤魔導士様方が魔王を討伐された時のことです」
王女はゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「討ち取った魔王の魔石が、跡形もなく消えてしまうという事件が起きました。魔王の魔石は、討伐の証であり、人間にとっては勝利を決定づけるようなものです。当時、勇者パーティーはダイヤモンド帝国のギルドに登録しておりました。そのため、魔石を隠したのではないかという疑いをかけられ、激しい非難を受けました。そして……それと同時期に赤魔導士様が姿を消され、勇者様たちは……赤魔導士様が魔石を奪ったのではないかと考えてしまったのです。本来ならばダイヤモンド帝国に収められるはずだった魔石ですから、皇帝が取り乱され……今に至るまで、関係は修復されておりません」
「……なるほどな」
私が言うのも奇妙な話だが、魔王の魔石の価値はそこらの魔石とは比べ物にならないことくらいは何となく察せる。人間族が魔石を用いて何をするのかは知らないが、それを失い、さらに赤魔導士の失踪が重なったのなら、赤魔導士が隠したという疑いが向けられるのも無理はない。
「ですが、カホさんの件については、出来る限り尽力することをお約束します」
王女は小さく頭を下げた。その指先は震えていたが、瞳だけはまっすぐだった。
「ああ。頼んだ」
私が肩の力を少し抜いた瞬間だった。背後から、糸を織り込んで小さな花柄になっている衣を纏った女が勢いよく王女に駆け寄り、その身を抱きしめた。王女もそこまで不快な顔をしていないことから、仲の良い間柄であることが伺える。
「無事で何よりですわ!」
「ですが、お父様たちは……」
「ガーネット王国の国民の無念は必ずや冒険者様たちが晴らしてくれるでしょう。魔王討伐をもって」
女は悔しそうに唇を噛みしめ、絹の袖を震わせた。
「ガーネット王国は魔族の姿すら見たことがない国民も多かったでしょう。それを魔族は一夜にして……焼き払った。我々は忘れてしまっていたのです、魔族の恐ろしさを。話は変わりますが、“平和を司る者”とやらは召喚できましたの?以前そんな話をされていた気がしますが」
「……それが、失敗してしまったのです」
王女は目を伏せ、声を細くした。
「代わりに別の世界の人間を召喚してしまいました。見たことのない服装、顔立ち……そして私の鑑定魔法では“魔法適性無し”と出たのです。初めは間違いかと思いましたが、かの者たちが目覚めた後再度水晶玉で測定し事実であることがわかりました。私は……大変な罪を犯してしまったのではないかと、あの時は本気で思いました」
そう言えば、目覚めた私たちに放った言葉は、『元の世界への帰還手段は、我が王国が責任を持ってお探しいたします』だった。初めから別世界がまるであるような言い方だったが、この王女はどうやら闇属性の魔法である鑑定魔法が使えるらしい。水晶玉なんて使わなくとも私たちに魔法の適性が無い事を見抜いていたというわけか。
「ですが、彼女は……いえ、きっと平和なんて難しい話なのでしょう」
「後ろに居る方はその異世界から来た方ということですか?」
「……そうです。なるべくこれ以上負傷しないよう、安全な地に移ってもらいたいのですが」
王女の言葉に、豪奢な飾りを身に着けた女性はゆっくりと頷いた。その瞳には私たちへの同情と決意が混ざっている。
「それでしたら、わたくしたちと一緒にダイヤモンド帝国へ向かうしかありませんわ。安心なさい。王族の“親戚”という名目であれば、あちらも無視できません。少なくとも、この戦乱が終わるまでは」
「それでいいのか?アメシストはダイヤモンドに冒険者を買収されているのだろう?」
「それは仕方がないことなのです。我々が金を渋っていたのも原因の一つですから。それに聞くところによれば、ダイヤモンド帝国で近々ダンジョン攻略が行われるとか。近隣国にも呼び掛けていますので、大掛かりなダンジョン攻略となりそうですわ」
「それではご厚意に甘えよう。仲間にも伝えてよいか?」
「ええ。勿論ですわ」
◆
私はそのままショウゴとハルトの部屋へと赴き、今の状況を伝えることにした。
「ガーネット王国が魔族に滅ぼされたらしい」
「は……??」
最初、二人は冗談だと思ったのか、目を丸くして固まっていた。だが、やがて現実がゆっくりと染み込むように表情を曇らせ、黙って頷いた。
「アメシストも、遅かれ早かれ戦場になるかもしれない。その前に、王女さんたちがより安全な地であるダイヤモンド帝国に避難するって話になってる」
「ちょっと待て。ここだって安全……なんじゃないのか?」
ショウゴが焦ったように言う。ようやく腰を据えてきたというのに、また移動。たらいまわしのように感じるのも無理はない。
「それはこれまでの話だよ、ショウゴ。おそらく魔王は、ガーネットを墜とすことで自分の力を誇示したんだ。やれるものならやってみろって」
ハルトはこの事実を受け入れたのか、ショウゴにそう言った。
「よく分からねぇけど、また転移魔法でひょいっと移動するってことか?」
「無理だよ。ダイヤモンド帝国はかなり遠いみたいだし。それに王女達も一緒に行く。おそらく馬車だと思うんだけど……幸い道中の準備は王女側が整えてくれるらしいから、私たちはついていくだけで大丈夫」
「その間、カホはどうするんだよ。移動中に何かあったら……」
「大丈夫。回復用のポーションも出来るだけ持って行ってくれるみたい。今は一刻も早くこの地を離れて安全なところに行った方がいいと思う」
「……そうだな、ユーカの言う通りだ。」
ハルトが小さく息を吐きながら頷く。
「それにしてもガーネット王国が、あっけなく……。魔王ってのは、俺たちが思っていたよりずっと危険な存在なのかもしれないな」
ファンタジーなら、ここで勇者が現れて魔王を倒すのだろう。でも、現実にはまだ勇者という存在すらまだ生まれていない。魔法の才能は生まれつきで決まる。仮に今勇者が生まれたとしても、まともに戦場に立てるまでには十年以上かかるだろう。このペースで魔族が侵攻していれば到底間に合わない。
もし赤魔導士が本当に「平和を司る者」を召喚するために私を選んだのだとしたら、私がこの世界に転移した理由にも筋が通る。だが人間族が魔王のことを「平和を司る者」と呼んでいたと知れたら、冗談抜きで首が飛ぶくらいの事態である。
私の時代は戦がなかっただけで、別に人間族と仲が良かったわけではないし、向こうも同じだ。魔族と共に歩む、などという思想はこの世界では最も忌避されている。私の時代が特に衝突が無かっただけで、歴史を鑑みれば至極当たり前の話なのかもしれない。
そもそも、赤魔導士は私が記憶を持ったまま転生することを見越していなければ、あの召喚は成立しないし、やはり王女が言うように魔法が失敗してしまったということだろうか。本来ならば本人に直接聞きたいところだが、本人は行方不明で、問いただすことすらできない。ただ最悪な筋書きだけが、頭の片隅で静かに脈打っていた。
◆
支度を整え、私たちは病室に向かった。室内では、医師が額に汗を滲ませながら、何度も回復魔法を重ねていた。
「……これで、少し持つかどうか……」
弱々しい声が白い天井に吸い込まれていく。カホの胸は小さく上下している。かすかに温かい息を吐き出すその姿は生きたいという気持ちの表れだろうか。私はカホの手をぎゅっと握る。移動中、もし魔族に襲われたとしても、アメリアがいる。アメリアなら並の魔族は敵じゃない。おそらく大丈夫だろう。
ただ、今もなお、黒い何かがカホを渦巻くようにまとわりつき、そしてカホの顔は真っ青になっている。誰が見ても、残された時間は僅かであることが分かる。それがいつなのかは分からないが、上級回復魔法では意味をなしていないということだ。
◆
「君は……?」
ハルトがカホを抱きかかえ、馬車へと乗り込もうとしたそのとき、不意にアメリアへ視線を向けた。
「あ、この子はね、私が旅先で会った子だよ。アメリアって言うんだ」
咄嗟に口を挟む。ショウゴにはすでに説明していたが、ハルトにはまだ伝えていなかった。
アメリアは無言のまま小さく会釈をし、その紫の瞳を静かに伏せた。
「……ふーん」
ハルトはそれ以上追及しなかった。
「この子もついていきたいって顔してるし、それに、結構魔法が使えるらしいから大丈夫」
何がどう大丈夫なのか突っ込まれたら厄介だったが、それ以上のことは聞いてこなかった。アメリアの力が役立つのは移動中のことだけでない。水属性の魔法には天候操作の魔法もある。雨を降らせることができるのなら、逆のこともできるというわけで、天候が崩れてしまうと旅程が狂ってしまう。つまり、最速で行くならダイヤモンド帝国に向かうまでの時間は何としてでも天候が悪くなってはいけないのだ。
王女たちは急ごしらえの支度を終え、最低限の荷だけを抱えて馬車に乗り込んでいた。
「それは……?」
「魔導書ですわ」
王女はマジックバッグを開けて何冊かをバッグに入れた。
「アメシストに保存されていたものは全て、この中に。……道中、退屈でしょうから。ダイヤモンド帝国中心街までは馬車で一月ほど掛かりますの。舗装されていない街道と山道ばかりで……よろしければ私と一緒の馬車に乗りませんか?異世界でのお話も聞いてみたいですわ」
「私は、仲間と乗りたい。心配の種もあるしな。でも、休憩がてらに話すことは出来る。ダイヤモンド帝国までよろしく頼む」
「分かりました」
フウが転移魔法は無理だと言っていた理由がようやく腑に落ちた。ダイヤモンド帝国まで馬車で一月。想像より遥かに遠い。もっとスムーズに迎えると思っていた自分があほらしい。
「この馬は風属性の魔法が使えるので、普通の馬車よりは幾分早く進めますけれどね」
その言葉を証明するかのように、馬車は街路を滑るように加速した。挨拶を交わす間もなく、私たちはアメシストの石造りの門を抜け、王都を後にする。アメシストの王族を乗せた馬車、ガーネットの王族を乗せた馬車、そして私たちの馬車。三台が列を成して走り抜けていく。
「意外と揺れるんだなっ。馬車って!」
ショウゴはどこか楽しげに声を上げる。まるで遊園地のアトラクションにでも乗っているような口振りだった。
「それにしても……ガーネット王国が魔族に焼かれて、跡形も無くなっただなんて……まだ信じられねえよ。もし俺らがアメシストに来てなかったら……」
「……そうだね。ある意味、不幸中の幸いだったのかもしれない」
カホが襲われていなければ、私たちはここに来ようとは思わなかった。
「……カホが、守ってくれたのかもな。俺らのこと」
ショウゴの言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。私は横で眠るカホの髪をそっと撫でた。
「……うん。そうかもしれないね」
馬車は途中休みを入れつつ、静かな大地をひたすら西へと走り続けていった。




