25話
賑やかだった宴が静まり返ってから、どれほどの時が過ぎただろうか。先ほどまで響いていた笑い声は跡形もなく消え、広間には杯の触れ合う音すらない。ランプの光だけが壁に揺らめき、影を長く引き伸ばしている。
顔を伏せる者、遠くを見つめる者。それぞれが、現実を受け止めたのだろう。笑顔は消え、沈黙が満ちていた。
ガーネット王国出身の者は、頬を伝う涙を隠そうともせず、ただやるせないと言ったばかりに拳を握りしめている。故郷が焼け野原になった。この事実だけで嗚咽を漏らすのも無理はない。
「……とにかく、辛うじて生き延びた王女殿には申し訳ないが、この地もやがて戦場になるだろう。その前に、安全な地へ逃れていただかねば」
「ダイヤモンド帝国か」
その名が出る度、空気が重く沈んでいる。察するに両国の関係は芳しくないらしく、冒険者たちの表情は曇ったままだ。
ギルマスは宴の終わりを告げると、職員とともに奥の部屋へ姿を消した。残された空気はひどく冷え込み、先ほどまでの熱気が嘘のようだった。私は、入口に立っていたフウのもとへ歩み寄った。
「疲れているなら、休んだ方がよいだろう」
「……そこまでではありません。ポーションで魔力はほとんど回復しましたから。どちらかと言えば……酒のせいです」
「酒?さっきは牛乳を飲んでいたようだが」
「あなた様が来る前に、少し……」
酒に弱いと聞いてはいたが、まさか私が来る前に飲んでいたとは思わなかった。
「この地も安寧とは言えません。結局、ダイヤモンド帝国へ向かうしかないようですね」
「国家間の事情はよく知らないが……ダイヤモンド帝国には何か問題があるのか?」
「ダイヤモンド帝国は、魔法主義の国です。一定の魔力量や魔法適性がない者は、女や子供であろうと容赦なく迫害され、左遷されます」
まるで、魔力を持たぬ者は生きる資格すらないと言わんばかりだ。ガーネット王国では多少の貧富の差は感じていたが、それは現代日本でも起こりえることで、完全になくすことは出来ないものであると内心諦めている部分も多かった。
だが、ダイヤモンド帝国には、そういった貧富の差は殆ど無いらしい。実際には、魔法が使えない者を人として扱っていないだけだと、フウは付け加えた。
それでは、私たちのように魔力や適性を持たない者は入国の時点で突き返されるだろう。中に入れたとしても、良い待遇は期待できない。
「フウ?」
私がどうしたものかと考えていると、フウは静かに私の肩へ身を預けた。眠っているわけではない。ただ、酔いが回り、力が抜けているのだろう。
「おい……こんな場所で眠られては困る」
私はフウの体を抱き起こし、部屋まで運んだ。幸い、先日、フウが私たちの部屋を手配した際、自身の部屋番号を口にしていたため迷うことはなかった。扉を押し開けると、そこには驚くほど物の少ない空間が広がっていた。一瞬部屋を間違えたかと思ったが、机の上に置かれたマジックバッグが、この部屋がフウの部屋であると証明してくれた。
フウをそっとベッドに横たえ、毛布をかけ、私は静かに部屋を後にし、自室の扉を開ける。
「ユーカ。……遅かったのじゃ」
そこにはアメリアが、むすっとした表情で立っていた。
「緊急事態だったんだ、仕方がないだろう?」
扉を閉める音が、石造りの室内に低く響いた。蝋燭の炎がわずかに揺れ、アメリアの影が壁に伸びる。私は一歩踏み出し、視線を彼女に据えた。
「それよりアメリア。単刀直入に聞くが……アメリアは私の味方だよな?」
「そうじゃ」
即答だった。曇りのない晴れた顔で、とても嘘をついているようには思えない。アメリアは不思議そうに私を見上げている。
「我はもう四天王でもなんでもない。今の魔王のことも……何も知らないのじゃ」
「では聞くが、あの洞窟に私たち以外の冒険者や魔族が入ってきたことはあるか?」
「起きているときは特に……無かったと思うのじゃ。我が寝ている時は知らないのじゃ」
「八日前、ガーネット王国に赤龍の群れが現れたらしい。そして、一瞬で街を焼き尽くした」
私は言葉を吐き出すたび、胸の奥に鉛のような重みを感じた。魔王が君臨してたった三カ月、一つの国が今消えようとしているのだ。
「私は、今回の大型討伐で冒険者を人里から離し……ガーネット王国を確実に潰せるようにしたのだと思った。アメリアが私の味方でなかったとしたら、囮としてあの場に居たのかと考えたが……アメリアは利用されただけ、と考えるのが自然か」
「もしかして、我は何か……やらかしてしまったのじゃ?」
アメリアは伏し目がちに呟く。
「アメリアは悪くないよ。それよりなぜ人間族の領地から近いところに居を構えたんだ?もし勇者なる者が来たら危険だろう?」
アメリアは小さく息を吐き、遠くを見るように目を細めた。
「魔王様が、死んだなんて……あの時、思わなかったのじゃ。それでも無情に月日は経って……我は、人間に捕縛されたと思った。それなら、人間族の領地に近いところに居を構えて、いつでも魔王様に会えるようにしたのじゃ」
「そうか……それは、心配を掛けたな」
気づけば私はアメリアを抱き寄せていた。アメリアの体温が、石壁の冷たさと対照的に、胸の奥まで沁み込んでくる。アメリアは指先が震えながらも、背に手をまわした。長い年月、言葉にできなかった想いが、その仕草だけで伝わってきた。
「前にも言ったのじゃ。我にとっての魔王様はユーカだけじゃ。それに、もし赤龍と相まみえても、我は負けぬ。我は龍の中でも最も強き種なのじゃからな」
私だってアメリアの強さは分かっているつもりだ。四天王の中では弱かったかもしれないが、アメリアの純粋な魔力量の多さは四天王随一、その魔力量から繰り出される、神話級魔法の数々は一般的な魔族相手ではまず負けなしだろう。
「水属性最高峰の魔法を浴びせるまでじゃ」
アメリアはそう意気込んだ。戦うことはなるべく避けたいが、もし現れてしまったら、今の私にはどうすることもできない。アメリアに頼ることとなる。
「頼りにしてるぞ、アメリア」




