23話
ショウゴのあの奇妙な問いが、まだ脳裏に絡みついて離れなかった。
私はアメリアと共にアメリアに似合いそうな服を探し、通りを歩いた。石畳の街路は昼の熱を失いかけ、影が長く伸びていた。商人たちの声が遠くで反響し、どこかからは良いにおいがした。
カホの服を選んだあの日のことが、まるで昨日のように頭から離れない。もう二度と一緒に笑いあえないかもしれないというのに。
「夕方からギルドで大型討伐の報奨金の分配や食事があるらしい。私はそこに参加する。アメリアはギルドに併設された旅籠でくつろいでいてくれ。部屋の番号はこれだ」
「分かったのじゃ」
日はすでに傾き、空は鈍色の雲を帯び始めていた。私はアメリアと別れてギルドへ戻る。扉を押し開けると、乾いた木と古い酒の匂いが鼻を突いた。受付近くで、かつて冒険者証を貸してくれた男と目が合う。
「冒険者証、ありがとう」
「まさか、全員生きて帰るとは思わなかったぜ。龍が逃げたとか、姿を消したとか噂は聞いたが……いや、余計な詮索は野暮ってもんだな」
彼はそれ以上何も問わず、酒を一息に喉へ流し込んだ。
彼と別れると大型討伐の賞金分配と宴の会場にもなっている併設された食事処へと向かった。今宵ばかりは他の客は締め出され、大型討伐に参加した者たちだけの空間となっている。梁の下に灯されたランプが、黄昏のような光で室内を照らし、木製の長卓には肉の塊や香草を散らした煮込み料理、焼きたての黒パンが並んでいた。
「シュガーか、これで揃ったな。それでは、報奨金として金貨三十枚を各冒険者に配布する。討伐は叶わなかったが、洞窟の龍が消えたという面で依頼書通りの額面を支払おう」
金貨三十枚。その場に広がった笑みや歓声が、これがかなりの金額であることを雄弁に物語っていた。ガーネット王国から貰った金貨はそれをはるかに上回っている。やはりあれはかなりの大金だったことを思い知らされた。
「そして今夜は飲み放題、食べ放題だ。存分に楽しんでいけ!」
「おおおおおお!」
酒の香りが一気に満ち、肉を裂く音と笑い声が交錯する。私は未成年であることもあり、酒ではなく絞った果実の汁を頼んだ。日本とは違う世界とはいえ、この身体が酒に耐えうる保証はない。それに、別に魔王時代だって酒を浴びるように飲んでいたわけではない。
私は人の輪から自然と距離を置き、壁際へと歩く。そこに、同じく群れから離れているフウの姿があった。
「シュガーさんも、お酒は弱いのですか?」
「そんなところだ」
「私もです」
フウは白いミルクを口にし、控えめに笑った。その身体は他の冒険者たちのように逞しくはない。転移魔法という切り札を持つ彼には、筋力など必要ないのかもしれない。逃げようと思えば転移魔法で逃げることが出来るし、転移魔法とは便利なものだ。
「それでは、私はこの辺で」
「もういいのか?」
「はい」
フウは木のコップを卓に置き、静かに立ち去った。あの夜、全員を洞窟から転移させたのは彼だ。おそらく、魔力を使い果たしたのだろう。あの時、バフ魔法を必要としたのも彼の魔力の限界を上げるためだったはずだ。魔力を使い果たしても別に死ぬとかそういうわけではないが、疲れはくるものだ。
私は腹が満たされたらこの場を離れるつもりで、香草のスープや黒パン、燻製肉を少し皿に取った。その時だった。
息を荒げ、額に汗を滲ませたギルド職員が、食事処の扉を勢いよく開け放った。
「アメシスト王国東方ギルドより、緊急連絡——!」
その声は、酒の匂いに満ちた食事処の空気を裂くように響いた。全員の視線が扉口に立つ職員へと注がれる。息は荒く、肩は大きく上下している。
「ガーネット王国に複数の魔族が現れ……」
彼は一瞬、言葉を飲み込み、喉を鳴らす。
「ガーネット王国の王都は全焼。辛うじて逃げ延びた王女の証言によれば、赤い龍が街を焼き尽くしたと」
その場のざわめきは、一瞬で静まり返った。誰かが持っていた杯が、卓の上に転がり、鈍い音を立てる。
赤い龍——龍の強さを思い知った冒険者たちは、あの洞窟で出会った紫龍の事を思い出しただろう。龍の眼前で、我々はあまりにも無力だったことを。




