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21話

 私は久方ぶりに、カホと対面することになった。その傍らには、アメリアが立っている。紫の髪を三つ編みに結い、歩くたびにわずかに揺らしていた。


「やはり、あまりよくはなっていないようだな」


 静まり返った部屋で、私の声が響いた。カホは苦しむ表情もなく眠っているが、またあの時のように急にもがき始めるかもしれないと思うと、私は一刻も早くカホを助ける方法を模索しなければならないと思った。


 医者によると一、二週間経っても変化がなければ、アメシストでの治療は諦めるべきだと告げていた。私も薄々、悟ってはいた。おそらく、上級の回復魔法であっても効果は望めないのだろう。


「こんな魔法は見たことがないのじゃ。魔法は、せいぜい持って数分。ユーカの話では、もう十数日経っておるのじゃろう?それならとっくに魔法の効果は切れているはずなのじゃ。……例えばずっと近くで魔法を掛け続けているなら話は別じゃが」

「それは限りなく低いだろう。元々、ガーネット王国からここまで転移魔法で移動しているし、滞在先も城内や病院など、安全な場所ばかりだ」

「確かに魔族の気配も特にないのじゃ。やはり、ここは吸血鬼に見てもらう他ないのじゃ。光属性の魔法で、吸血鬼に勝る者はいないからの」

「だが、現実的に見れば、吸血鬼は私の時と同じく四天王の座にいる可能性が高い。たとえ私の前世で仕えていた者でも、今は魔王に仕える身だ。そう易々と会えるとは思えない。吸血鬼は基本、事務仕事に徹しているしな」

「そうじゃな……一番良いのは、ホワイトドラゴンに会って事情を説明し、吸血鬼へ繋いでもらうことじゃろうな」

「確かに、ホワイトドラゴンなら各地を巡っている。会える可能性は高い」

「力になれることがあまりなくて、すまぬのじゃ」

「いや、そんなことはない」


 私はアメリアの方を見た。彼女は、こう見えても私より遥かに長い時を生きている。私が魔王として魔族を統べていたのはおよそ三百年。魔族は人間のように事細かく記録を残す習慣はないため正確ではないが、魔王としての生涯は三百歳ほどで終えた計算になる。一方、四天王に選出される前からこの地に長く生きていたというアメリアは現在八百歳近い。魔石を砕かれたり、取り出されない限り、彼女に寿命はない。アメリアから見れば、私など、まだ人生の途上に過ぎぬのだ。


 ――ぐぅぅううう。


 不意に、腹の音が静かな室内を破った。そういえば、朝飯を食べた後何も食べていなかった。魔族というのは前述のように魔石があれば不死みたいなものだ。故に、人間のように食事を摂る必要もない。食事は一種の娯楽みたいなもので、美味しいものを食べるという行為にすぎず、栄養のためといったことには一切関係しない。そのせいか、人間に転生したというのに、時折、食事を摂るという行為を忘れてしまうのだった。

 私はアメリアと共にギルドの台所へ向かうことにした。ここは簡易な食事処も兼ねており、注文をすれば料理が運ばれてくる。しかし、調理場は開放されており、必要があれば自ら手を動かすこともできる。


「ここで、あのお菓子を作ったんだ」

「なるほど、なのじゃ」

「食事処も兼ねているらしく、簡単なものであれば注文すればすぐ作ってくれるらしい」

「ふむ、便利じゃな。とはいえ、我は金を持っておらん」

「それは大丈夫。実はいくら金を持っているんだ。慰謝料という名の口止め料だろうな」


 私はお金を出した。そして職員に料理を注文する。と言っても本当に簡単なもので、現代で言うところのフレンチトーストのようなものだ。

 乾いたパンを厚く切り、牛乳などが入った液に浸して、鉄製の格子に置いて軽く焼き目をつけた。たちまち甘い匂いが立ち上る。木の皿にそれを乗せると職員が私達の机に運んだ。


「ほう……これは、なかなか美味しそうなのじゃ」

「そうだな」

「人間は食事を摂らないと死ぬんじゃったな」

「正確に言えば、魔族以外の生き物はそういうものだ」

「なるほどなのじゃ」


 私たちは食事を終え、外の空気を吸いに街へと出た。石畳を渡る風が肌を刺す。これまであまりアメシストの街並みに目を向けていなかったせいか、妙に新鮮な心持ちだった。


 通りを行き交う人々の多くは、旅装束に身を包んでいた。ガーネット王国よりも、明らかに冒険者の姿が目立つ。露店には、その客層に合わせたのか、動きやすい布服や革靴、磨き込まれた短剣、柄の飾り彫りが施された長剣などが並んでいる。


「ここまで栄えているのに、何故魔族領に人間族は入るのじゃ?」


 アメリアが横目で通りを眺めながら問う。


「魔族領にしかない薬草などがあるからと言われているな。……よく考えてみろ。この大陸の七割は魔族領と言っても過言じゃない。それなら、魔族領にしかないものがあっても不思議じゃ……」


 言いかけて、私は足を止めた。目の前に、ショウゴが立っていた。


 もし、今の会話を聞かれていたとしたら、私はこの世界に来てまだ一か月も経たぬうちに、この世界の言語を使いこなせていることになる。面倒な詮索は避けたい。


「どうしたのじゃ?」


 アメリアが小声で問う。


「前に話した、一緒に転移してきた人間だ。……私がこの世界について知っているということは隠している。上手く合わせてほしい」

「分かったのじゃ」


 短く耳打ちし、私は歩を進めた。


「久しぶり。カホの様子はどう? 良くなっているといいんだけど」

「あっ、ああ。その、後ろの子……」

「あの子は旅先で会ったんだ。アメリアって言うんだって」

「そっか。俺はちょっと買い出しに行ってたんだ。いざとなったとき戦えた方がいいと思って、武器を」


 ショウゴは腰から剣を抜き、鞘ごと軽く持ち上げて見せた。鈍色の刃先が日差しを反射し、一瞬だけ私の目を刺す。彼なりに、魔族への対抗策を考えているのだろう。


「身を守れるに越したことはないからね」

「変なこと聞くけどさ、ユーカは、もし願いが一つかなえられるっていうなら、何を願う?」

「っ……」


 胸の奥が微かに揺れた。カホを助けたい。日本に戻りたい。ふたつの願いが頭をよぎる。だが、日本に帰るという願いは、この状況ではほとんど夢物語に近い。一方、カホを救うことは、吸血鬼に会うことさえ叶えば、まだ望みがある。


「日本に……」


「俺も日本に帰ることだと思う。ここじゃ無理でも、日本の医療ならカホを助けられるかもしれない。そうだろ?確かにここは魔法みたいな非科学的なものが存在する。それはここが地球と違う異世界だから。もしかしたら、地球じゃ無効かもしれねえし」

「最初から、私たちの願いはただ一つ――あの日に戻ることでしょう?」

「いや、わりぃな。ちょっと聞きたかっただけだ。それじゃあ」


 ショウゴは私に手を振ると、群衆の中へと足早に消えていった。

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