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20話

 朝食を終えた一行は、再び洞窟へと足を踏み入れた。だが、そこは昨夜の気配をすっかり失せた、冷えた空間になっていた。湿った岩から滴る水音だけが響く。龍の影は、どこにもなかった。


 それもそのはず、夜中に私が紫龍……アメリアと密かに会い、事の次第を全て説明した。私が元魔王であると理解したアメリアは、私の命令通り街へ向かっている。勿論、魔道具で人間の姿になっているため、普通の人間なら、その正体を見抜くことなど到底できないだろう。


「逃げられたか」

「アメシスト王国の方に向かっていたら大変だ」

「もし、アメシストに向かっていれば、見張りの時に気付くはずです。龍の全長は二十メートルを超えていましたから」

「それもそうだが、こうしていなくなっているのは事実だ」


 昨夜の戦いで、皆は龍が水属性の魔法を操ることを知っている。だが、水属性に転移魔法の類が存在しないことも、熟練の冒険者であれば当然の知識だ。つまり、姿を消すなど不可能であると考えていたのだ。おそらく、紫龍は人間の姿で少し離れたところまで行き、そこから龍の姿で飛んだのだろう。


「ここで考えていても埒が明かないか……とにかく急いで戻るぞ」

「この中で転移魔法が使える冒険者はいるのか?」

「一応使えますが、この大人数を一気にアメシストのギルドまで送るのは難しいですね」

「流石にそうだよな……」


 フウが手を挙げて淡々と返した。十六名――それだけの人数を五百キロ先まで一度に送るとなれば、膨大な魔力を要する。フウはBランクの冒険者だ。以前、我々をガーネット王国からアメシスト王国へ送った時、距離はおよそ三百キロ程度で五名であった。今回はそれをはるかに上回る。


「でも、シュガーさんが私にバフを掛けてくれればできるかもしれません。体が軽く感じる……というのはおそらく、風属性のバフ魔法。同じ属性の魔法なら風属性の魔力をブーストするバフ魔法がありますから」


 フウの言うことは理にかなっていた。確かに、同じ属性であれば、相手の魔法を底上げする魔法は存在する。だが単に底上げしたところで、この人数を五百キロ先まで飛ばすことは可能なのだろうか?


「いや、私は……」


 魔法が使えない。胸の奥で重くのしかかった。龍と戦った時、確かに他の冒険者の動きは普段より俊敏で、誰かがバフ魔法を掛けていたのは間違いないだろう。つまり、この中にはバフ魔法を扱える者がいるというのは明白だ。


 だが、それを言わずに隠し、私がやった事になっていたとしても、静観しているのだ。そして降りかかるのは、私への熱い視線だった。ここで何もせずにいるのは、逆に危うい。冒険者証が偽物であると露見する可能性だってある。


 人間族は魔法を使う時、詠唱をする。魔族にも詠唱をする者はいるが、大半は無詠唱で魔法を放つことができる。これが両者の決定的な差だ。もちろん、人間の中にも無詠唱で魔法を扱える者はいるが、それは勇者やSランク冒険者といった、ごく一握りの才覚ある者に限られる。魔族に至っては、そこらのゴブリンやスライムですら詠唱なしで魔法を使える。それだけ、両者には魔法の才能に違いがあるのだ。


 私もまた、魔王として無詠唱で魔法を展開していた。そのため魔法の詠唱を知らない。


「簡単に手の内は明かせられない。耳を塞いでいてほしい。龍と戦った時も、皆から離れていたのはその理由だ」


 嘘だ。もしこの場で、バフ魔法を掛けた本人がフウにバフを掛けなかったとしても、それはフウの力量不足として処理できる。何より、十六人を五百キロも離れたアメシストのギルドまで送るなど、本来は無謀な話なのだ。


「掛けたぞ」

「それでは、皆集まってください。——転移魔法」


 フウが軽く呟くと、どこからともなく風が現れ、私達の身体を包み込んだ。次の瞬間にはアメシスト王国のギルドの中に居た。そのあまりの速さに他の冒険者も開いた口が塞がらないといった具合だ。私は思わず彼の背中を見つめる。あれほどの魔力消費を伴う転移魔法を、疲れも見せずやってのけるとは、やはり何者かがバフを掛けたというわけか。


 だがなぜだ。私がバフを掛けていないと分かっていながら、何故黙っているんだ?


「バフ、ありがとうございます」


 フウが私に素直に礼を告げる。その表情は、戦いの中で見せる鋭さとは違い、どこか柔らかい。


「とりあえず、皆が全員生存してここまで来られたことには感謝だな。今日の夜、ギルドで大型討伐終了の祝いの席を用意しておこう」

「おおおっ」


 仲間たちの歓声が石造りの広場に響く。目標であった洞窟の龍は既に外へ逃れ、討伐という形には至らなかった。それでも『龍を洞窟から退けた』ということは言い換えれば洞窟の龍はいないというわけだ。


「報酬はその時に渡そう。それでは解散」


 ギルマスの言葉を背に、私は静かにギルドを出た。風が頬を撫でる。深く被った帽子を脱ぎ、結っていた髪を解く。黒髪が風でなびきながら、陽を浴びた。表通りは人々が行き交い、声が飛び交うが、この裏通りまでは届かない。


 ギルドにアメリアの姿は見えなかった。転移魔法で戻る方が、流石に早かったか。そう考え、空を見つめた時だった。


 空の高みから、何かが——いや、“誰か”が降ってくる。


「どどどどんなのじゃ!」


 声と同時に、アメリアが人の姿で着地した。石畳に響く衝撃音が、狭い路地の壁に反響する。


「ここが裏路地だからよいものの、何故空から降るなんて真似を……」

「そっちの方が最短距離だと思ったのじゃ。落ちてくるとき、偶然魔王様……ユーカを見つけてここに落下しようと思ったのじゃ」


 雲のさらに上、高度一万メートルを龍の姿で飛び、ギリギリで人間の姿へと擬態し、落下の衝撃を水のベールで軽減して到着——そうアメリアが説明したが、普通の人間なら粉々になっている距離だ。


「何はともあれ、無事アメリアと合流できてよかったよ」

「人間も走れば速いのじゃ。見直したぞ。我より先に来ているとは思わなかったのじゃ」

「たまたま転移魔法が使える冒険者がいたんだよ」

「一度行った場所に行くことが出来るっていう魔法じゃな。それでよく悪魔に人間の領地に連れて行ってもらってたのじゃ」


 悪魔。彼はかつて人間の地にも住んでおり、その文化や道を熟知していた。私がこうして人間で暮らせるのも、かつての悪魔が教えてくれたおかげだ。


「そうだな……私が初めてこの人間の地に来たのも、悪魔が連れてきたんだったな」


 そのときの記憶が、昨日のことのように蘇る。アメリアから悪魔の消息が途絶えたと聞いたとき、私は深く悲しんだ。カホが襲われた時とはまた違った感情が胸の中で渦巻いた。


 私が死んだときはどうだっただろうか?私は、あの時、死ねば、臣下たちにこれ以上の危害は及ばない。そう信じて、勇者に立ち向かったような気がする。だが、それは愚かだった。私は抗いもせず、ただ受け入れ、そして……死んだ。その瞬間の記憶すら朧気である始末だ。きっと、本気で生きようとしていなかったのだろう。


「ユーカは自分の命を理解していな過ぎるのじゃ。もっと、自分に自信を持っていいと思うのじゃ。今だって魔力が無いとか魔法が使えないとか考えてるのじゃろ?それなら、頼ればいい話なのじゃ」


 紫龍の声は、路地の静寂にしっかりと響いた。


「魔法が全てじゃないのじゃ。それはきっとユーカが築いた我らとの絆が証明してくれる。魔王様の時もそうじゃったが、ユーカは何でも一人で解決しようとしているのじゃ。我と会って今の魔族の現状を知った後、自ら動こうとか考えていたのじゃろ?」

「そんなことは……ないが」

「嘘なのじゃ」


 鋭い言葉が胸に突き刺さる。アメリアはこういう部分には鋭い。私の心の奥底まで見透かしているようだ。


「吸血鬼に自分から会いに行こうとか思っていたのじゃろ。大丈夫。我がついてる。我はユーカに恩返しがしたい。我が今こうして生きているのはユーカが生かしてくれたから。勇者に負けた我を……」


 アメリアの紫色の瞳は、輝きを宿していた。その光を受け止めながら、私は初めて、自分が本当はどれほど一人で立とうとしていたのかを思い知った。


「大体、魔王様は勇者パーティーが魔王城に来た時、我らを安全な場所に避難させて一人で立ち向かうとか無謀なことするからなのじゃ。魔王様は少なくともあんなところで死んでいいような方じゃなかった。魔王様のおかげで魔族領は豊かになっていた」

「もう昔の事だ。あの時、私が何を想っていたのか、自分でも分からない。ただ、私がこうして記憶を持ち、ここに戻ってきたことには何らかの意味があるんだろうな」

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