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14話

 大型討伐に参加するには、冒険者ランクB以上が必要である。ギルドの壁に貼られた依頼書には、そう明確に記されていた。


 そしてその隣にはギルドの掟が書かれた紙が貼られていた。その紙に目を通しながら、無意識に息を詰めていた。規則はどれも冒険者の命を守るために定められたもののようだった。ギルドの掟は、どの国でも共通であり、例外はないらしい。つまり、かつて臣下が語っていた情報は、この国でも通じるというわけだ。


 胸の奥で、わずかに何かが灯るのを感じた。あの記憶は、私が魔王として過ごした日々は、今もここで役に立っている。私は目を細め、再び紙に視線を落とす。


「……冒険者証の偽造については、特に書かれていない」


 内心で安堵しながらも、罪悪感がわずかに胸をかすめる。今の私は魔法適性を持っていない。使えないのではなく、持っていない。魔法の知識はある。人間族が魔法を使う際に唱える文言も知っていた。それでも、水晶玉が示したように私達の身体には魔法を扱う資格が無いのだ。


 おそらく、地球の人間とこの世界の人間では、根本的な構造が違うのだろう。この世界に転移したからといって、私達の身体が変わったわけじゃない。私達は私達のままだ。この世界では、どんなに小さな虫でさえ、微細な魔力を持っている。私達がいかに異様であり、異世界から来たという現実を押し付けられるような話だ。


 私は拳をぎゅっと握った。無力なままでは、何も守れない。それはカホが襲われた時、痛感していたじゃないか。


「――私に、冒険者証を貸してくれないか? もちろん、タダとは言わない。大型討伐の報酬の、倍でどうだ」


 声をかけたのは、先ほど龍の話をしていた男だった。彼の視線が私を測るように細められる。疑い、嘲り、そして少しの興味だ。


「貸す?お嬢ちゃん、命知らずにもほどがある。Bランクにもなってないなら、正直足手まといだぞ?」

「私なら、龍の弱点を見抜けると言ったら?」


 強気に出たのは、恐怖をごまかすためだった。もし断られたら、もう手段はなかったから。

「龍の性質って、まさか戦ったことがあるってのか?まあ、貸しただけで金がもらえるなら悪くはないが、あんたが死んだらどうすんだよ」

「死なないように努力する」


 相手はしばらく無言だった。やがて短く吐息をつくと、無言で小さな板を差し出した。冒険者証である。私はそれを両手で受け取り、そっと胸元へと仕舞い込んだ。


 この世界で冒険者証とは“自分の力”を示す証でもある。それを借りるということの重さも、危うさも、分かっていた。それでも、行かなければならない。これは、私にしかできないことだから。


 ギルドの規定によれば、魔族領との境界にある大門で、この証と依頼書を提示すれば、通行可能になる。そう明記されていた。


「これで、私は……」


 つぶやいた私に、男が怪訝そうな顔を向ける。


「お嬢ちゃん……あんた、一体何者なんだ?ガーネット王国のブローチもつけているし、お忍びで大型討伐なんて行くような柄じゃないだろ」


 私は肩をすくめ、曖昧に笑った。


「そうだな、シュガーとでも名乗っておこうか」


 この世界でも砂糖はある。魔王時代、よくタルト生地に牛乳や卵を流したお菓子を作っては臣下の一人と一緒に食べていたことを思い出した。材料は、小麦粉、卵、バター、牛乳、そして砂糖。転生した後もこのお菓子に似たものを作っていたが、この世界と同じ味の物は作れなかった。



 部屋に戻り、ベッドに身を沈める。大型討伐の遠征は、三週間にも及ぶらしい。ショウゴやハルトになんと説明すればいいのか、ずっと考えていた。だが、上手い言葉は見つからなかった。


 翌朝、私は二人と朝食を囲んでいた。乾いたパンと、素朴なスープが並んでいる。この世界の言葉を話すとき、自分が“魔王”だったときのような感覚になる。自然と背筋が伸び、視線も強くなる。だが、今の私はユーカであって、魔王ではない。ショウゴ達と話す間は、どうしても言葉を選んでしまう。


「私、少しの間、この町から離れようと思ってるんだけど……」


 それ以外に言いようがなかった。


「え……?」

「その間、カホのこと、よろしくお願いします」


 静まり返る空気。あまりに事務的すぎたかもしれない。カホへの想いが、軽く聞こえたかもしれない。それでも、私は行かなくてはいけなかった。この大型討伐の対象が、かつての臣下である可能性がある。今、この機を逃せば、もう二度と会えないかもしれない。


「ま、まあ……一人の方が落ち着くってこともあるしな」


 ショウゴは、戸惑いながらも笑ってくれた。その笑顔が痛かった。


「ユーカがそう決めたならいいんじゃない。俺らに止める理由もないしさ。でも……これだけは忘れないで」


 ハルトの声が、低く、真剣に響いた。


「俺らは魔法が使えない。無力だってこと」


 その言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。

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