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13話

二章スタートです♪

カホを助けてくれた冒険者のフウに連れられてアメシスト王国に転移したユーカ達。

待ち受けるのは死か、絶望か、それとも幸せか。

果たしてカホを助けることは出来るのか?元の世界に戻れるのか??

「ここはアメシスト王国中央ギルドです。隣に病院も併設されていますから、そちらに行きましょうか」


 フウは迷いのない足取りで、私たちを病院へと導いた。街の中心に位置するその建物は、石造りの重厚な造りで、無機質な灰色が曇天とよく調和していた。建物の陰に入ると、肌に触れる空気が幾分ひやりと冷たくなった気がした。


 病院の中へ入ると、受付にいた人物が私の胸元のブローチに目を留めたのか、すぐに医者を呼んだ。すると数刻もせずに医者が慌ただしく現れる。——医者。けれどこの世界におけるそれは、私達の知るような医学を学んだ者ではなく、光属性の魔法、回復魔法を行使できる者たちを指す。回復魔法というものが、この世界では治療の本質とされ、回復魔法で治せないものは一生治せないとも言われている。


「いつから、こんな状態なのかな?」


 医者が問いかける。問いは柔らかく、しかしその瞳には淡い警戒心のようなものが揺れていた。フウがちらりとこちらを見る。彼はただ少しかかわりが出来ただけの冒険者で私たちの正体を知らない。当然だろう。異世界から来たなどと、普通は考えないのだから。


「えっと——」


 私が口ごもったその時、フウが静かに口を開いた。


「私が初めに発見しました。昨日、ガーネット王国の病院で魔族が現れた件は既にご存じかと思いますが、その際、彼女は倒れていたのです」


 この短い出会いの中で、彼がここまでしてくれるとは思わなかった。その言葉の端に、責任と誠意のようなものが滲んでいた。医者は無言でカホの腹部に手を置いた。次の瞬間、呪文が唱えられ、淡い金色の光が医者の手からあふれ出した。光はゆらりと揺れて、カホの身体を包み込むように流れ込んでいく。


「顔色は変わらないようだね。これが私の使える最大出力、上級回復魔法だ。一、二週間経っても状態が変わらないようなら、アメシストよりも設備の整ったダイヤモンド帝国の病院を勧めるよ」


 私たちはカホを病院に預けると、外へと出た。空はすでに鈍色の雲に覆われ、街路の石畳に重たい影を落としていた。病院での手続きは滞りなく終わったが、宿の目星はついていない。


「寝るだけならギルドが良いでしょう。ベッドは簡素なものですが、無料ですし、安全性でここ以上の旅籠はありませんよ」


 そう言って、フウは私たちを再びギルドへと導いた。彼はこのギルドで行われる大型討伐のためにアメシストに滞在しているといっていた。つまりはフウ自身もこのギルドに泊まっているのだろうか。


「いい冒険者だったな。詐欺かもしれないとか、魔族だったらどうしようとか、少しは疑ってたけど」

「そうだね。とりあえずは、安心できる相手だと思う」

「部屋は二つでよろしいですか?」


 フウが指で「二」を示して尋ねる。あまりに自然なその仕草に、私は言葉も出せず、コクリと頷いた。


「何かあったら、一〇二号室に来てください」


 板に書かれているのは私の部屋の番号らしい。板を受け取った手の中で、フウから感じる温もりが心にしみた。階段を上がると一日の疲労が一気に押し寄せ、足取りが重くなる。


 自室の扉を開けると思いがけず広い空間が広がっていた。私は硬いベッドに腰を下ろした。粗末なベッドとは聞いていたが、無料である以上、文句を言える立場ではない。むしろ、横になれる場所があるだけで幸運なのだ。


 ……なのに。この胸の奥にぽっかりと空いた穴。この感情の名前を私は思い出せない。


 私は、カホの症状について改めて思いを巡らせていた。数時間おきに彼女はまるで誰かに怯えるように叫び声を上げる。その声は、言葉というよりは唸り声のようなものだった。こちらからの問いかけに返事はなく、目もこちらを見ているようで、焦点が合っていないように見える。


 長きにわたってこの症状が続いている、それだけで、魔法はおおよそ絞り込める。——付与魔法。発動後、瞬間ではなく、効果を一定時間持続させることのできる魔法体系のことだ。自身の力を増強するための魔法として、筋力を一時的に引き上げたり、五感を増強したりと様々なものがある。


 だが、その一端には厄介なものも含まれている。対象の神経に干渉して麻痺を与えるもの。精神を侵し、混乱や幻覚を引き起こすもの。そういった状態異常の付与魔法も存在する。だが、これらの付与魔法はどれも一時的のものに過ぎない。長くても数分くらいだろう。これを持続させるためにはもう一度魔法を付与しなければならないのだ。


 私は窓辺に立ち、漆黒の帳が降りるアメシストの街をぼんやりと眺めた。重苦しい雲が月の輪郭を滲ませている。夜は深く、静寂が濃くなるほど、私は改めて力が無いことを実感させられる。


 私の知らない魔法だろうか。あるいは、私たちがこの世界にとって異質な存在であるがゆえ、身体の構造そのものが干渉を受けやすいのかもしれない。そんな考えすら浮かんでは消える。


 眠ろうと床に就いても、まぶたの裏に浮かぶのは、カホの笑顔だけだった。


 私は寝台を抜け出し、ギルドの受付まで足を運んだ。かすかな灯りが、石造りの廊下を頼りなく照らしている。アメシストのギルドは、ガーネット王国とはまるで空気が違った。全体的に人間が多いだけでない、今宵も討伐のための酒を酌み交わし、盛り上がっていた。


「大型討伐って、どういう魔族が出るんだ?」


 気付けば私は、長椅子の端でグラスを傾けていた冒険者に声を掛けていた。


「話によると、洞窟の奥に龍がいるらしい。龍って言えば、四天王クラスの化け物だよな」


 私は思わず息を呑んだ。


「龍だと? 種はなんだ?」

「種……? いや、龍は龍だろ。赤とか青とか、色の違いくらいだ」


 人間族の知識は、その程度か。——龍は種ではない。属名だ。


 私は、かつての記憶を呼び起こす。硬い鱗を纏い、全長十数メートルの巨体。属性に応じた魔法耐性を持ち、傷すらつけることは難しい。そして彼らは、知恵を持っているのだ。ブラッドウルフの時もそうだったが、魔族には人間同等の知能を持つものとそうでない者がいる。前者は限りなく少なく、殆どの魔族は後者に当てはまるのだ。知能を持った魔族は非常に強力な魔法を放つだけではない。狡猾な方法で戦う魔族や群れを成している魔族など多岐に渡る。


 その中でも私の記憶に色濃く残っているのは紫の鱗を持つ紫龍。私の四天王のひとりだった。

 多少、子どもっぽいところはあったが、非常に高い魔力量を持った魔族だった。


 この世界で、再び“龍”の名を聞いたことに、私は無意識のうちに淡い希望を抱いていた。かつての仲間と出会えるのではないかという。


 私は椅子を立ち、礼を言ってから、掲示板に貼られた依頼書へと向かった。洞窟に出現した大型魔族の討伐、冒険者ランクBランク以上。私はその紙を見つめたまま、小さく息を吐いた。


 ——私の知っている紫龍が、もしそこにいるのなら。今の魔族や魔王について何か知っているかもしれない。前世の記憶を生かせるのは、これくらいしかない。


 私がこの世界に転移してきた意味を果たすならここしかない。元の世界に戻るためなら、なんだってしよう。私は自身の弱さに蓋をするように奮い立つのだった。

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