18.決別するのはスッキリするものです
「楊花!?なにしてるの!」
背後から母親の叫び声が聞こえる。
父親が必死に紫水と梓拍に謝り言い訳をしているが桜花の耳には入って来ない。
目の前で包丁を持って立っている楊花から目が離せなかった。
「アンタが…龍の花嫁なんて間違ってる…花嫁に相応しいのは私の方…お父さんもお母さんも…花嫁は私だってずっと言ってたもの…」
「小娘、我等に刃を向ける蛮行、覚悟は出来ているのであろうな」
楊花が震えながら訴えているが、梓拍は楊花の事など興味が無いとでも言う様に冷たく言い放つ。
「桜花…嘸かし気分がいいんでしょ?今まで散々私達に除け者にされて来た腹いせのつもり?被害者面して私から何もかも奪っておいて更には龍の花嫁?笑わせないでよ」
不満を抱えて過ごしていたのは桜花だと言うのに、自分が今までして来た事を棚に上げて楊花は桜花に不満をぶちまける。
「楊花…私はーーー」
「うるさい!!アンタさえ居なければ私が選ばれる筈だったの!そうよ!アンタが居なくなれば花嫁の座は私の物になるの!」
そう言うなり楊花は桜花に向かって突進して来た。
だが包丁は桜花に届くことは無かった。
桜花の目の前でヒイとスイがバリアの様な壁を作り、更に梓拍と紫水が同じ様な壁を作っていた。
「邪魔しないでよ!貴方の本当の花嫁は私なのに何で桜花なんか庇うの!?」
桜花は楊花に罵られる事は日常茶飯事だった為、今の楊花の言葉は苦では無かった。
しかし、刃を向けられるなどとは思って居なかったので、そちらに対してショックを受けていた。
そしてーーー
「アンタのせいで私の人生滅茶苦茶になったのよ!私だけじゃ無い、お父さんお母さんにまで迷惑かけるなんて何様!?アンタなんて居るだけで迷惑よ!いっそ生まれて来なければ良かっーーーガボッ」
「貴様…我が花嫁を害そうとしただけに飽き足らず、その存在まで否やを称えるか。ならば貴様の存在を我が否定してくれよう」
楊花の言葉が終わらない内に、梓拍が楊花の顔面に向かって水球を投げ付けた。
水球は楊花の頭全体をすっぽりと覆うと、楊花を宙に浮かばせる。
楊花は水球を外そうとするが、水なので手がすり抜けてしまい外せない。
「龍神様!娘にはきつく言い聞かせます!ですからどうかお許し下さい!」
母親が必死に許しを乞うが、梓拍は余程頭に来たのか水球を消そうとはしない。
次第に息が苦しくなって来たせいか、楊花のもがく手の動きが必死さを帯びて来る。
「梓拍…もういいんじゃ無い?楊花が死んじゃう」
「あんな妹いない方がマシだ」
流石にそろそろ止めないとまずいと思い桜花が止めに入るが、梓拍は止めようとしない。紫水を見るが、紫水も紫水で「いいぞもっとやれ」と言わんばかりの顔で見ているからどうしようもない。
そんなやり取りをしている内に、楊花は息が限界になったのかもがくのを止め、腕を下にダランと下げてしまった。
「楊花!!桜花!アンタは楊花がどうなってもいいの!?それでも姉なの!?早くやめさせなさい!」
母親のその言葉に、桜花は何かが切れた様な感覚になった。
もう親だとか妹だとか、こんな家族の為に頭を悩ませるのがバカらしくなり何もかもがどうでも良くなってしまった。
「梓拍、もういいよ。やめて」
「だから、お前は家族に甘いってーーー」
「違うの。こんな家族心底どうでも良くなったの。関わって悩むのは時間の無駄かなって思って」
梓拍にそう言うと、桜花は両親の方へ向き直る。
「もうあなた達に情も何もありません。確かに産んでここまで育ててくれたのはあなた達だけど…それだけ。愛情も何も無かったから感謝もしない。もうこれからは関わる事も無いだろうから、三人で仲良くどうぞ。さようなら」
そう告げて、桜花は梓拍、紫水と共に姿を消した。
消える直前、梓拍が指を鳴らし、水球を消していたのが見えたから、楊花は多分無事だろう。
今となってはどうでもいい事だが。
ヒイとスイに乗って移動する事になり、どうやって乗るのかと思っていたら、なんと二匹とも大きさを変えられる事が判明し、桜花と梓拍はヒイ、紫水がスイにそれぞれ乗る事になった。
隠世への入り口は、梓拍と出会った祠なのだそうなので、そこへ向かう。
「飛ぶの初めてか?大丈夫か?」
移動中梓拍が聞いてきたが、空を飛ぶ経験などした事が無い桜花は返事をする程の余裕が無く、ヒイの鬣に必死にしがみ付いていた。
五分程飛んで目的の祠に辿り着いたが、桜花はヨロヨロしてしまい、梓拍に支えてもらう。
「うぅ…怖かった…落ちるかと思った…」
「ヒイが落とす訳ないだろ。向こうに行ったらまた飛ぶからな」
容赦なく言われてしまい、桜花は覚悟を決めるしか無かった。
「それより、言いたい事あれだけだったのか?俺達が付いてたんだ、もっと言いたい事言って良かったんだぞ」
「そうだねぇ。桜花は今まで散々家族に無い者扱いされて来たんだ。もっと言ってやっても足りないくらいだと思うけど?」
梓拍と紫水が心配してくれる。
桜花も、もっと言ってやれば良かったと少し後悔しているが、あの家族の顔を見たいとも思わない。
ただ、心残りがあるとしたらーー。
「あの人達の事はもういいの。ただ、おじいちゃんおばあちゃんにさよなら言えなかったな…有紗にも…それが一番心残りかな」
「心配するな。祖父母殿と友人にはちゃんと合わせてやる。隠世に住むと言っても桜花はまだ学生だ。卒業まではちゃんと学校にも通わせてやるから安心しろ」
「本当!?なら安心かな。ありがとう」
「さて、そろそろ行こうか。話したい事は沢山あるだろうけど、続きは向こうに着いてからだ」
紫水がそう言って、懐から扇を取り出した。
それを一振りすると、祠の前に丸型の障子が現れた。
紅葉の模様が描かれていてとても綺麗だった。
「わぁ!綺麗!可愛い!」
「気に入ってくれた様だな。この丸障子は桜花専用の出入り口になる。本当はお前の好みを聞いた後から変えるつもりだったんだが…気に入ったなら良かった」
梓拍が少し照れた様に言ってきたので、桜花も少し恥ずかしくなる。
その様子に紫水は安心した様に微笑むと、もう一度扇を振った。すると、ゆっくりと障子が開いて行く。
「この扉を潜れば隠世だよ。準備はいいかい?」
紫水が聞いてくるが、桜花の覚悟は決まっている。
「はい!」
障子が開ききり、紫水が先に行く。
梓拍は障子の前で立ち止まり、桜花に向かって手を差し伸べた。
桜花はその手を取って、隠世への扉を潜っていった。
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ー聞かはりました?若様が遂に花嫁さん見つけたそうです
ーまぁ、ほんまです?
ーどないな花嫁様ですやろ?
ーお会いするんが楽しみですなぁ
クスクスクスクス
これで第一章は完結になりますが、まだまだ続く予定です。
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