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小指  作者: 次郎
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第四話

 城下町の郊外に、寂れた寺があった。

 普段人があまり寄りつくことがないこの寺に、この日は数名の藩士が屯している。

「本当に見つからないんだろうな?」

 不安げな表情の陣之介が、隣の伝三郎に尋ねる。

「珍しいな。いつも冷静なおぬしらしくないぞ」

 伝三郎はそう言って笑う。

 出会って以来、泰然自若な姿しか見せなかった陣之介のその落ち着かない様子は、伝三郎の目に新鮮であった。

 倉田政方を密かに待ち受ける二人は、寺の広間の床下にいた。幸い寺の床下は高く、大の男でも少し屈めば余裕があった。

 藩士らはまだ寺の周囲におり、広間にはまだ誰もいない。多少の会話は問題がなかった。

「心配するな。こういう場合、あとから近づいて来る者は警戒するが、初めから床下にいるとは思わんものだ。間違いない」

「それはそうかも知れぬが……」

「某を抱き込んだのは、おぬしだぞ。覚悟を決めてもらおうか」

 そう言った伝三郎は、陣之介の隣にちらりと視線を向ける。

 朝、薄暗いうちからやって来た陣之介は、一人ではなかった。

 その深編笠を被った男は、やや落ち着かない様子で地面に腰を下ろしていた。出会った時からここに来るまで、一言も言葉を発していない。

「神谷殿、深く詮索してくれるなよ。どうしてもこの者に、倉田政方の正体を知ってもらいたいのでな」

 初めにそう釘を刺された伝三郎は、深編笠をのぞき込むこともしなかった。ここまでくればもう、一蓮托生なのだ。

「しかし倉田め、わざわざこんなところまで出向いてくるとはな。一体、何をする気なのだ」

「普段は屋敷で会合しているがな……来たぞ!」

 床の隙間からうかがっていた伝三郎の目に、数人の家臣を連れた政方の姿がわずかに見えた。

「おぬしは、ここにいていいのか?」

 陣之介が声を潜めて尋ねる。

「外で周りを固めると言ってある。某一人のことなど、誰も気に留めん」

 伝三郎はそう言って、口に人差し指を当てた。

 しばらく床下で息を潜めていると、別の人物が入って来た。その人物を見て、伝三郎と陣之介が目を見合わせる。

(藤巻殿ではないか……!)

 入って来たのは孝信派の中心、藤巻長広であった。本来、倉田政方の最大の政敵と呼べるはずの男である。

「藤巻殿、ここに来られたということは……例の話、お受け下さると考えてよろしいか?」

「……どうしても信成君をお世継ぎにすると?」

「今、我が藩の財政はひっ迫しておる。孝信君では、身内を切る改革などできまい。その点、信成君は英明にして御英断を下されるに迷いのない御方。信成君ならば間違いなく、我が藩を立て直す中興の祖となろう」

「しかし、物事には道義というものがある。長幼の序を乱して、天下に面目が施せようか」

 長広はそう言ったが、その声は弱々しい。

「長幼の序と申されるが、わずか数日しか違わぬ上、お二方とも御生母は側室。そこに優劣はござるまい」

「……ううむ」

「その上、孝信君は嫁いできた鷹月の姫君の言うがままであろう。鷹月藩は譜代の大藩、我らは外様の小藩に過ぎぬ。その鷹月の姫を孝信君に娶わせた、公儀の思惑は見え透いておる。我らが一丸とならねば、先祖代々の土地は守れませぬぞ」

 その政方の言葉に、長い沈黙が続いた。床下の三人も、固唾を呑んで身動き一つしない。 

「……条件がある」

 長広は長い沈黙を破り、静かに口を開いた。おそらくここに来た時点で、腹は決まっていたのだろう。

「何なりと申されよ」

「……孝信君の、身の安全を確約していただきたい」

「それは無論にござる。公儀には病と称し、新たに建立する寺で悠々自適に御暮らしいただく。御懸念に及ばぬ」

「今一つ、我が藤巻家のこと……」

「それも、懸念に及ばず。孝信君を説得いただければ、それは救国の大勲。藤巻家の家格は、未来永劫変わることはござらぬ」

 長広は、苦悶の表情で頷いた。

「では、御同意いただけるか」

「……孝信君はお優しく、争いごとを好まぬ。家臣の総意となれば、御納得いただけるだろう」

 政方は満足げに頷いた。

 短時間の会合は、それで終わった。


 伝三郎ら三人は念のため、寺が無人になったあと、夕暮れまで待ってから床下を出てきた。

 しばらく座っていたせいか、足腰が痛い。ふらつく深編笠の男を、陣之介が支えた。

「まさか、藤巻殿まで抱き込んでおるとはな。大したものだ」

 素直に感心する伝三郎を見て、陣之介が首を振る。

「倉田政方は口が達者だ。もっともらしいことを言っておるが、あの男は娘婿の信成君を操って、藩政を思うままにしたいだけだ。藤巻殿も老いたな」

「まあしかし、藩の財政だの鷹月の姫だの、新参の某には分からぬが……色々と複雑なようだな」

「複雑なものか。大殿の御病気をいいことに、都合のいい人物を祭り上げようとしているだけのことよ」

 この日の陣之介の言葉は、いつもより容赦がない。

「それだ。某は大殿に一度だけしかお目にかかったことがないが、そのお心はどうなのだ。孝信君か、信成君か?」

「もちろん孝信君に決まっておる。そのために譜代の大藩である、鷹月の姫を娶らせたのだからな」

「ほう……」

 はっきりと答えた陣之介の言葉に、伝三郎は曖昧な返事を返した。もとよりすべてが分かるほど、藩の内情に精通しているわけではない。

「さて……そろそろ、我々も退散するとするか。神谷殿、今日はおぬしのおかげで良いものが見れた。これで近々、決着がつくことになろう。ではな」

 そう言って振り返る陣之介の隣で、深編笠の男がわずかに頭を下げた。結局その男は、一言も言葉を発しなかった。

(あの御方はもしかしたら……孝信君だったのかも知れぬ)

 二人が去ったあと、伝三郎は何となくそう思い至った。

(さりとて……孝信君が、あの二人の重臣の言葉をはねつけることができようか?)

 伝三郎は孝信をよく知らない。

 ただ話の結末が、楽しみになっていた。

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