日常の裏側 【月夜譚No.158】
ビンゴの景品で貰った目覚まし時計は、今も健在だ。毎朝鳴るアラームを手探りで止めるのが、もう日課になっている。
いつものように時計の頭を叩いた彼は、まだ眠い目を擦りながら上体を起こした。薄暗い部屋に、カーテンの間から朝日が差し込んでいる。ベッドから立ち上がり、カーテンを開いて、その眩しさに目を細めた。
いつもの朝。いつもの光景。彼が取る行動も、全ていつも通り。
トイレに行き、顔を洗い、歯を磨き、スーツに着替えて、朝食のパンを齧る。
戸締りの確認をしてから玄関で革靴に足を突っ込んだ時、ふと何かを思い出したように顔を上げた。背後を振り返って、短い廊下の先のリビングの扉を見遣る。そして、その奥にある収納スペースを思った。
昨日の今日で、すっかり忘れてしまっていた。心の中で詫びながら、彼は微笑みを浮かべる。
「いってきます」
かけた声に返事はない。玄関が閉まり、鍵のかかる音が無人の室内に響く。
静寂の中にひっそりと存在するのは、もう声も光も持たない空っぽの身体だった。