098
道場の冷たい空気は心を締め直すには丁度いい。
道着に着替えた俺と小室絢はゆっくりと、丁寧に身体を解す。
すみません。付き合っていただいて。
「いやいや。実は私が動きたかったんだよ。」
毎年の事ながら巫女装束は肩が凝る。
新年会のお酌やらも気を使う。
子供相手に慣れすぎて大人達との接し方を忘れると笑った。
向き合い、お互いに礼をする。
試合ではない。
組手と言っても本気ではない。
動きをかなり抑えての「格闘ごっこ」に近い。
小室絢の得意とするジークンドーに合わせ
パンチや蹴りを受け、それを返す。
「そう言えばお前ちょっとだけキックやってたよな。」
ええ。少しだけ。(あまり思い出したくない過去だ)
「お前に向いているかもと思ってそのままにしたけど。」
「続ける気があるなら別に構わないぞ。」
これ以上何か習い事するにも時間が足りない。
「いやほら。佐代がいるじゃん。」
そうですね。彼女は経験者だ。しかも相当強い。
「私も少し教わりたいからダシにしていいぞ。」
判りました。帰ってきたら聞いてみます。
「うん。」
後日箱田佐代にそのまま尋ねると
「何言ってるのよ。あの人今すぐにでもキックで世界チャンプになれるわ。」
と呆れていた。
身体が温まってきた。
「少し上げるぞ。」
と、小室絢は動きの速度を上げた。
同時に威力が増す。
受ける腕が痺れる。
同じように返す。
「ったく。気を使いすぎだ。」
同じように返したつもりだったが気付かれた。
「判ったよ。防具を付けよう。お前も付けろ。」
再び対峙すると彼女は言った
「フリーでいい。私もそのつもりで攻めるから。」
判りました。と答えた俺の脚は震えていた。
軽やかなステップから一気に距離を詰めての右ハイキック。
と見せかけた右ローキック。
速すぎる。躱しきれない。ブロック。
道場に弾ける音が響く。
いつ脚が戻ったんだと常識離れしたタイミングで
左ハイキックが頭を刈りに飛んでくる。
バックステップがかろうじて間に合う。
がそのステップに合わせ踏み込み、右ローと見せた左ハイキック。
体勢が悪い。腕でガード。いや
ダメージ覚悟で掴め。
「危ねえ。」
小室絢は俺の狙いを知り脚を戻した。
「厄介な奴になったな。」
「今の投げようとした?それとも極めようとした?」
小室絢はとても楽しそうだ。
今は取ってサブミッションするつもりでした。
「あの体制でどうやるの。ちょっとやってみて。軽くな軽く。」
はい。
小室絢の長い脚を取り、
バックステップで体制が悪いのをそのまま利用し後ろに倒れ
膝十字かヒールホールドを。
「すげえ。」
「友維か?今の技教えたの。」
そうです。総合やっていたと仰っていました。
「楓のサンボもそうだけど間接使う奴は1対1に強いなぁ。」
小室絢の相手は1人とは限らない。
彼女は橘結から「格闘技マニア」と言われるほど
多くの格闘技術に精通している。
彼女はその中から「効率的に橘結を守る」方法として
自分の身体的特徴を踏まえ現在のスタイルを確立させている。
「先手必勝」
まさに空手道場の娘らしい発想ではあるがこれ以上なく正論。
相手が何かしかける前に、その手足を相手の急所に叩き込み戦闘不能に陥れる。
俺には判る。
この人の本気の速度はこんなものではない。
俺はその動きに気付いても、反応出来たとしても
避ける事も防ぐ事も叶わず意識を飛ばされるだろう。
凄いのは貴女です。
俺の狙いを把握して俺に何もさせない。
俺はこの人に勝つイメージが浮かばない。
腕や脚を掴めたとしても、その対応策は熟知しているだろう。
あ、もしかして。
ですがもう少し速度を上げても構いませんよ。
今の程度なら掴めます。
俺は小室絢に喧嘩を売った。
「言ったな。」
小室絢は道義を着ると本当に楽しそうに笑う。




