097
1時間ほどすると再び黒猫のノトが現れる。
寒いだろうに。
同じようにしゃがみ、彼女を胸の中に抱いていると
参拝客の中の女性がそれを見付け駆け寄り
ノトさんを見つめていた。
「確か三原さんのとこの子よね。」
その女性は以前三原紹実に世話になった「魔女」。
「久しぶりーノトー。」
魔女と暮らす黒猫は縁起がいいと聞きます。
ご利益があるかもしれませんよ。
「あなたも魔女ね。」
見習い中です。
前の人が何やら「右側通行」と書かれたプラカードを持った人に近付き
とても幸せそうな顔をしているな。と同じように俺に近付く。
すると胸元からノトさんが小さく「うにゃ」と挨拶をする。
もう贖え無い。
その後の流れがまるで「参拝前の手洗い」であるかのように
「階段を登る前の行事」として
俺の胸の中で幸せを振りまくノトさんを撫でるようになってしまった。
撫でられるノトさんも喉を鳴らし目を細めうっとりしてまんざらでは無さそうだ。
1月1日の夕方。行列はまだ残っているが終わりは見える。
暗くなる頃には列はなくなるだろう。
参拝客に対して神社のキャパが足りていない。
駐車場の確保が出来ないから交通の便は悪い。
それでもこうして駅から並び続け参拝に挑む。
町の人達もその並びの商店は店を開けトイレを貸したり
お茶を振る舞ったり。
「またお前かっ。」
はい?
突然俺を叱りつけたのは小室絢だった。
何ですか唐突に。何かミスをしていましたか?
看板を持って立ち続けていただけで何がどうこうなるのか。
「胸元のそれだよっ。くそカワイイなあもうっ。」
何ですか一体。
「上でちょっとした騒ぎになっているんだよ。」
聞くと、この神社の守り神は黒猫なのかと質問が複数寄せられ
神巫女が美しいのは実は魔女だからではないかと聞かれたと。
「そりゃまあそんな事もあったよ。」
「クリスマスには魔女がはびこるよ。」
「でもだからってこの神社まで魔女のモンにするなよ。」
それは俺の責任なのか?
「とにかくっノトは魔女の猫だとか言わない事っ。いいな。」
判りました。
言いながら小室絢はずっとノトさんの喉をゴロゴロ鳴らしていた。
「本当にご利益あるかな。」
神巫女に仕える巫女が何を言っている。
2日の朝方、まだまだ人は多いが行列は無くなった。
流石に冷える。ノトが風邪でも引いたら可哀想だ。
境内にはまだ多くの参拝客。
客間を覗くと巫女達がそのままの格好でだらしなく伸びていた。
参拝客には間違っても見せられない姿だな。
ノトさんを居間のコタツの中にでもと入ると
橘結と南室綴がお茶を啜っていた。
「お疲れ様。」
お疲れ様です。すみません。コタツ少しいいですか。
「いいよホラ。寒かったでしょ。」
いえ。ノトさんが。
胸の中で眠るノトをそっとコタツに押し込む。
目を覚まして伸びをするがそのまま丸まった。
「それか。」
それって?
「絢ちゃんに怒られたでしょ。」
はい。
「姫が魔女にされちまうって慌てて飛び出して行ったのに。」
「帰ってきたらものすごくほっこりして。」
魔女の猫だって言うなよと言いながらこれでもかって撫でてましたから。
3日は地元住民が初詣を兼ねた新年会。
俺達は小室家を借りて鍋を囲む。
しかし参加者は少々少なくなった。
箱田佐代が家族と父方の実家へ帰省。
敷島楓は久々の帰国でもあり残りの休みを家族と過ごす。
宮田柚は家族と過ごさなくていいのか?
「荷物替えに帰ったけど騒がしくてダメだ。」
「今うち姉ちゃん帰ってきてて椿姉ちゃんと梢姉ちゃんが入り浸り。」
何やらよからぬ事を企てていなければいいが。
滝沢伊紀は?
「両親に帰ってくるなと言われました。」
とてもがっかりした言い方をしたので
そうなのか?どうしてと心配になった。
「半分冗談です。申し訳ありません。」
「橘家の新年を是非とも体験させていただけと言われただけです。」
そうか。それなら良かった。
お腹を満たし、年越しの慌ただしさからの開放感からか
巫女達は揃ってそのまま横になり眠ってしまった。
後片付けをしていると小室絢が様子を見に現れた。
「お前イイ奴だなぁ。」
小室絢はいつも唐突に何か言い出す。
「お前は休まなくて大丈夫なのか?」
「年末から殆ど寝ていないだろ。」
ヴァンパイアとしてか個人としてなのか判らないが
あまり眠らなくても差し支えがない。
普段は放課後の日々の修練で疲れ切って眠ります。
それでも3時間ほどで充分です。
「ショートスリーパーって奴かな。少ない時間で熟睡できるとか。」
「年末年始はその修業が無いから疲れてないのかもな。」
そうかもしれません。
「道場で少し動くか?」
